【1094】迷うなぁ【0910】

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198ミスト

何人かの熱中症を出したものの無事ケガもなく、最後の大イベント、
色別対抗リレーを残すのみとなった。
絵里もれいなもリレーの選手に選ばれていた。

さすがにそれぞれの色を代表した走者たちなので、肥満で悩んでいそうな体格の方は、
見当たらない。
あっという間に半周すると、次々とバトンを渡していく。

れいなの出番はすぐに回ってきた。他の走者が足をたたいたり、屈伸運動するなか、
群集のなかに青年を見つけると、手をあげて応える余裕もみせた。

( リレーに集中しなさい )
青年は目で注意した。そんな青年の気持ちが伝わったのか、れいなの表情がひきしまった。
バトンを受け取ると、猛然とダッシュし、前の走者を一気に抜き去り、トップに踊り出た。
そして、そのまま後続をつき放し、次の走者にバトンを渡す。
れいなが属する赤組から大歓声が起こった。

199ミスト:03/09/23 19:50 ID:7mr9NGgb

れいなが仲間から熱い祝福を受けているころ、絵里は白線の上に立って、
何度も太ももを叩いていた。緊張から呼吸もしずらいほどだった。
周りの期待や声援も絵里にとっては、苦しめるだけのものでしかない。

走者はすぐにやって来た。絵里はバトンを落とさないように全集中力を指先にかける。
しかしバトンは絵里の手からすべり落ち、地面を何度かバウンドしながら転がっていった。

( !! )
絵里の頭は、文字通り真っ白になった。最悪な予感が現実となって襲いかかってきたのだ。
絵里は急いでバトンを拾うと走り出した。何か無音の世界を一人で走っているような感覚だった。
自分の息遣いだけが、妙にリアルに聴こえた。

最後のアンカーにバトンを渡したようだが、覚えていなかった。
走り終え、座りこむなり、絵里は声を殺して泣いた。

200ミスト:03/09/23 19:51 ID:7mr9NGgb

全員が自分を非難の視線で見ているような気がした。
ただ、大部分の人間の視線は、アンカーの木下に向けられていた。

木下は絵里からバトンを受け取ると、ものすごいスピードで一気に先頭集団に追いつくと、
そのままの勢いでトップに踊り出たのだった。
グランド内に女生徒たちの黄色い歓声がとどろいた。

201ミスト:03/09/23 19:53 ID:7mr9NGgb

「もー、めっちゃ悔しいですぅー」
今日、3回目のれいなのグチ・・・というか、某銀メダリストの物まねを、なかば強制的に聞かされながら、
青年は次々とかたずけられていくテントを眺めていた。

れいなが属する赤組は、青組の木下が1位を取ってしまったため、れいなの健闘もむなしく、
総合で2位になっていた。

「ま、しょうがないですよ。2位なんてすばらしい成績じゃないですか」

もはや120%の義務感で言っているのを自覚しながら、青年は言った。

「・・・・・・全然だよ。もーっ最悪」
れいなは叫ぶと、ちらっと青年の方を見た。

「先生は絵里のこと応援してたし・・・・・・」
独り言のように言うと、グッと青年をにらんだ。
どうやら体育祭の結果より、そのことが気に入らないようだ。

202ミスト:03/09/23 19:55 ID:7mr9NGgb

「・・・・・・ああ、あのバトンを落とした子ですか?しょうがないですよ、かわいそすぎじゃないですか」

浮気がバレた男の気分に似たものを満喫しながら、青年は答えた。
れいなの応援に来たものの、不幸に見舞われた絵里をついつい応援してしまったのだ。

「・・・・・・泣くほどのことじゃないよ。あれくらいで落ちこんでたら、人生つらいことばっかりになっちゃうよ」
「れいなだったら、どうしてました?」
「わたしなら・・・落としちゃったハハハ・・・って笑ってごまかすかな」

確かにそう言いそうであった。そして、それを言っても許されてしまうのが、この娘のうらやましいところだろう。

「先生、明日は塾あるの?」
「今日のれいなは、大変がんばっていたので、明日もこの調子でがんばりましょうか」
「えーっ、もうヘトヘトなのに・・・」

れいなは弱々しく抗議の声をあげた。さすがの彼女も少々お疲れのようだ。

203ミスト:03/09/23 19:57 ID:7mr9NGgb

「と言うのは冗談ですよ。ただ親御さんから授業料はしっかりいただいているので、休みというわけには・・・
 なので、明日は参考書でも買いに近くの本屋でも行ってみますか」

「先生、品揃えとか考えたら、街の本屋のがいいよ」

急に元気になったれいなを見ながら、青年は少しのあいだ、思案した。

「ま、そうですけど・・・・・・どうも、不純な動機が見え隠れしてるような・・・・・・・
 言っとくけど、参考書を買いに行くだけで、遊びにいくんじゃないですよ」

「分かってるよ。別に観覧車に乗りたいとか、ボーリングやりたいなんて言わないから。
 でも洋服を見たりするくらいならいいよね」

ある意味、それが一番イヤかもしれない。
女の買い物、とくに洋服に関しては、おそろしいほど時間を費やすらしいので。

「・・・・・・それぐらいならいいでしょう」

ただそういう経験も知識もない青年は、容易に認めてしまうのだった。