886 :
書いた人:
歩道では私たちのことなんか思いもよらないんだろう、学校帰りの女子高生がキャピキャピと騒いでいた。
もしモーニング娘。に入っていなかったら、私も札幌であんな風な午後を送っていたんだろうか?
!!
そんなことを考えていると、突然こめかみの辺りにイタ気持ちいい感覚。
頭を抑えられてるから振り向けないけど・・・
多分のんつぁんだろう、私をマッサージしてくれてるみたい。
しばらくその圧に身を委ねて、目の疲れを癒す。
・・・・・・のんつぁん、ちょびっと痛いかも。
「あのさぁ・・・・・・のんつぁん」
「うん?」
887 :
書いた人:03/10/02 01:42 ID:uM1OMJrM
やっとまともな反応を返したのが意外だったのか、マッサージを続けたまま上ずった声で返事。
「あのさぁ・・・のんつぁんって、この世界で何が一番正しいっておもう?」
「え? さぁ・・・・・・どしたの? いきなり」
急に禅問答みたいなことをしちゃったのは気の毒だったかな?
分かるわけないもの。
それは相手がのんつぁんだから、ってことじゃない。
多分、矢口さんに安倍さんに藤本さん、飯田さんだって分からないだろう。
私だって分からない・・・・・・。
「じゃあさぁ、のんつぁんは色々お仕事してる時に、何を基準にしてる?」
今度はのんつぁんは返事をしてくれなかった。
代わりに手を離すと、椅子の前にしゃがみこんで私を見上げる。
888 :
書いた人:03/10/02 01:42 ID:uM1OMJrM
「ねえ、紺野ちゃん、だいじょーぶ? もしかしてすっごく疲れちゃたの?」
「え? いや・・・別に。そんなことないけど」
「そう・・・なら、いいけどさぁ。いきなり変なこと聞いてくるんだもん」
「変かなぁ?」
「変だよ」
「あ、ゴメンね、のんつぁん。さっきの気持ちイイから、もっとやって欲しいんだけど・・・」
「うん、いいよ」
私の思考がおかしな問答から離れたと思って安心したのか、
のんつぁんはてへてへと笑うと、再び後ろに廻り込む。
『まこっちゃん、そんな審判の基準なんかに従わなくていいんだよ!!』
って言うのはカンタンだ。
勝ったらそう言うと思う。
でも・・・・・・じゃあ、どうすればいいって言おうか?
私だって、そんな答え見つかってないじゃない。
889 :
書いた人:03/10/02 01:44 ID:o8AL4u5Q
「お客さ〜ん、凝ってますねぇ〜?」
いつの間にか肩揉みに切り替えたのんつぁんが冗談っぽく言う声も、左耳から右耳へ素通り。
まこっちゃんに審判を止めさせたら・・・まこっちゃんは何に頼るんだろう?
折角見つけた拠り所を、私たちに取り上げる権利なんてあるんだろうか?
窓から見える景色は、15分前と何にも変わらなくて。
それがなんだかとっても、恨めしい。
ダメだダメだダメだ。
頭をブンブン振って、自分の外に答えを探そうとした思考を追い出す。
景色が答えなんかくれるはずが無い、考えなくっちゃ。
890 :
書いた人:03/10/02 01:44 ID:o8AL4u5Q
「ハイ、終わりッ!!」
小気味よい声で言うと、トンッと肩をチョップで叩くのんつぁん。
私の顔を後ろから覗き込んで、ちょっときつめの声を出す。
「紺野ちゃんさぁ・・・あと15分もあるんだから。
あんまし色んなこと考えてると・・・・・・負けちゃうよ?」
『負ける』という言葉を怖がるように、そこだけ声が低くなる。
そうだよね・・・今は試合中だもん。
飯田さんが立ち上がって、手首をコキコキ鳴らしている。
そろそろハーフタイムも終了かな?
胸に引っ掛かるものは置いといて、もうちょっと頑張るしかないかぁ・・・
「そだね・・・・・・ゴメンね、のんつぁん。変なことばっか言って」
「いいよ、別に。あ、でもね・・・」
891 :
書いた人:03/10/02 01:45 ID:o8AL4u5Q
中腰になっていた私は、その体勢のままのんつぁんに振り向く。
のんつぁんは少し照れたように、指先で頬を掻きながら俯いた。
「あの・・・ね、基準? だっけ? さっきのヤツ。
あれさ・・・私は何にも基準になんかしてないよ・・・けど」
「けど?」
「私は・・・『あの人みたいになりたい!』って思うんじゃなくって、
『あんな風になれるように、努力したい!』って思うようにしてる」
・・・・・・・・・
そうだよ・・・・・
何で気付かなかったんだろう。
返事もしないで唇の端から笑い声を漏らす私を、のんつぁんが一歩退いて見ていた。
私はまこっちゃんじゃなくて、まこっちゃんは私じゃない。
勿論、私はのんつぁんでも、お豆でも、飯田さんでも、矢口さんでもない。
お互いが全く違うのに、みんな素敵なアイドルやってるじゃない。
892 :
書いた人:03/10/02 01:46 ID:MaKubHZP
のんつぁんは、どんなに頑張ってものんつぁんだ。
でもそれは、けして悪いことじゃない。むしろとっても素敵なこと。
―― 『正しい』アイドルなんていないよ。
じゃあ? どうしていけばいいのか?
―― 頑張ってる自分自身が、それだけで、素敵なアイドルなんじゃない?
頭の中の折角の考えを崩さないように、静かに立ち上がる。
「ありがとね」
のんつぁんに振り返ると、さっきまで私の反応を訝しげに見ていたのに、
「いいってことよ」
彼女は冗談っぽくそう言って、右手で軽く敬礼した。
893 :
書いた人:03/10/02 01:47 ID:MaKubHZP
まだ・・・まこっちゃんに伝えるには、考えがまとまっていない。
でも試合中には、何とかまとまるだろう。
今はとにかくこの結論を伝えられるように、『勝つこと』に集中しなくちゃ。
・・・・・・絶対負けないよ、まこっちゃん。
まこっちゃんは私の顔を見ると、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
その様子を見て、飯田さんが前に歩み寄る。
「二人とも・・・・・・大丈夫ね?」
「「はいッ!!」」
満足そうに飯田さんは頷いた。
「スコアは27対24で、小川のリード。残り15分。
終了5分前から、シゲさんに分刻みでカウントダウンしてもらうから・・・・・・イイね?」
「はい」
「分かりました」
シゲさんはまるで柱時計にでもなっちゃったみたいに、飯田さんから受け取った腕時計を睨みながら棒立ち。
まだあと10分は、リラックスしてて良いんだよぉ。
894 :
書いた人:03/10/02 01:47 ID:MaKubHZP
「そんじゃお互いに、悔いの無いように試合しなさいね・・・・・」
飯田さんが静かに右手を上げた。
シゲさんが差し出した腕時計の文字盤を睨みつける。
まるでその秒針の音が、私の耳にまで聞こえてくるみたい。
みなさん、絶対勝ちますからね・・・・・・
後ろをチラッと見た瞬間、
「始めッ!」
「あのマンホール! 歩道のタイルととってもよく調和してます!
ツーベースヒットッ!」
「よし、小川トライ! 32対24」
しまったぁ〜
油断した・・・
「コラッ! 紺野ぉ〜! 余所見してんじゃないの!」
矢口さんの怒声が耳に痛かった。