【モー娘。矢口の問題疑惑写真】

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843書いた人

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朝一番にこんなことがあって、まともに収録をこなせる人なんていない。
みんながみんな、収録の後に待ち構えている一大事を想っているのか、どこか虚ろ。
少しずつ収録が押していくのは、まるでその瞬間が来るのを怖がっているみたい。

ちょっと遅めのお弁当タイムになっても、いつもみたいな喧騒は楽屋には無かった。
チラチラと私とまこっちゃんを見比べるみんな。
いつもだったらそんなことをしてたら即座にアウト判定を下すまこっちゃんも、今日は静かにおかずの鮭を摘む。

いや・・・一人だけ・・・

「よしッ、小川、ちょっと来なさい」

一人元気に昼食を終えた飯田さんは、まこっちゃんを楽屋の外に連れ出す。
まるで市場に売られていく仔牛のように、それについて行く。
思わず私は、その背中を目で追った。
多分・・・さっき私と話したようなことを、まこっちゃんにも伝えておくんだろう。
844書いた人:03/09/29 21:29 ID:JeqUQoFa

二人が外に出た途端、椅子を引きずって矢口さんが凄い勢いで迫ってくる。

「ちょっと、紺野! 勝てる・・・・・・よね?」
「え? さぁ・・・?」
「圭織もさぁ・・・なんでいきなり試合にしちゃうんだろ? 
紺野の方が上なんだろ? だったら、紺野が小川に『アウトォーーーッ!!』ってやれば終わるんじゃないの?」

少し声を抑えながら、それでも興奮気味に一気に話すと、矢口さんは親指を立てる。
私たちの方に目を遣らずに、みんなが聞き耳を立てているのが雰囲気で分かる。
やっぱ・・・そう考えちゃいますかぁ。

「あの・・・まこっちゃんの言ってたことが、審判界では普通なんです。
別に級が上だからって、いつも正しいジャッジをするとは限らない・・・って。
私のほうが級が上だから、判定が正しい可能性は高いですけど、
でも『まこっちゃんがアウト』って判定そのものが正しいって訳じゃありませんし」

頭を抱える矢口さん。
ふと向こうを見ると、加護ちゃんやのんつぁんも、一緒に首を捻っていた。
845書いた人:03/09/29 21:30 ID:JeqUQoFa

「だから一番いいのは、まこっちゃんよりも私の方が『正しい判定が出来る』
っていうのを直に見せ付けて、そこで初めてアウトにしないと・・・・・・
『級』って言うのはあくまでも目安ですから。お互いの実力の上下じゃなくって・・・」
「ダメだ・・・・・・おいらの頭じゃ分かんない」
「えっと・・・・・・つまり級の上下じゃなくて、
『紺野が小川よりも判定が上手い』ってことが大切なんでしょ?」

いつの間にか矢口さんの横に陣取った吉澤さんが、眉間に皺を寄せたまま人さし指を立てた。
朝から悪いものでも食べたのか、まともすぎる発言に少しビックリ。
『乳首コリコリ』とか言ってないで、こっちの吉澤さんの割合多くしてくださいね、ホントに。
その言葉で要領を得たのか、唇を少し曲げて矢口さんは私を覗き込んだ。

「紺野さ、ホントに私らは頑張れしか言えないけど・・・私らのことは気に病まなくていいからさ」

ちょっと意外なその言葉に、私は思わず目を見開いて口を開けっ放しにしてしまう。
待っていたかのように、今まで聞き耳を立てているだけだった他の面子も、私を中心に集まってきて。
846書いた人:03/09/29 21:31 ID:JeqUQoFa

「そぉだよ、紺野。別に上手くいかなくっても・・・・・・って、上手く行かないって思ってないけど。
リラックスしてやればいいんだよ」
「うん、石川の言う通りだべ。小川には審判止めて欲しいけど、最近結構合わせるのにも慣れてきたし」
「結構楽ですよねぇ、意外と」
「うん、だからあんま緊張すんなって!! な?」

こういう時に声援をひたすら送られることの辛さはみんな経験済みなんだろう、私を気遣う言葉に私も笑みが漏れる。
確かに・・・・・・まこっちゃんのジャッジは『アイドルとしてダメだ』とかが多いから、意識的に合わせれば何とかなる。
それでもホントは、合わせないで自然体でいられるのが一番。
私を緊張させないための言葉だから、そこは呑み込んだんだろう。
847書いた人:03/09/29 21:31 ID:JeqUQoFa

まるでお通夜みたいな暗さから一変した楽屋の空気に、私はますます頑張らなくっちゃって思う。
それは気負いとは違う、気合い。
でも、気になることが一つ。

「あ、でも・・・・・・」

一斉に振り向く12人。

「もし・・・私が勝って、まこっちゃんの審判止めさせることができたとしても・・・
それからもずっと、まこっちゃんと普通に接していってあげてくださいね?」
「分かってる・・・・・・けど・・・」

藤本さんの『けど』に被せられる、眉の辺りの憂い。
848書いた人:03/09/29 21:31 ID:JeqUQoFa

この人たちなら、きっと何にも無かったみたいに翌日から普通にやっていける。
だって、脳味噌が鳥みたいな人たちの集まりだから・・・ってのは冗談で、
みんなそれ位のデリカシーはあるもの。
藤本さんが言っているのは、『出来ない』って意味じゃない。
まこっちゃんが、そう出来るかってこと。

今まで自分のやっていた行為を全否定された時、
それでもまこっちゃんは、ホントに今までのまこっちゃんのままでいてくれるんだろうか。
そこにいるのは、勝者と敗者だけ。
私たちの間には目に見えない、分厚い越えられない壁が出来ちゃうんだ・・・

「大丈夫だよ、きっと・・・」
「ンだべ・・・」

矢口さんと安倍さんの言葉に根拠も自信も無いことはすぐに分かった。
それでも、今はみんなを不安にさせておく必要は無いから・・・
849書いた人:03/09/29 21:33 ID:M1fHRMxT

「はい」

頷いた私に、みんなが頷き返す。
終わった後、そこにいるのが勝者と敗者だけだとしても・・・それでも私はまこっちゃんと全力で戦おう。
だって、まこっちゃんを元に戻す唯一の手段なんだから。
この第一歩を踏み出さない限り、まこっちゃんは戻ってくれないんだから。
要らない心配は、勝った後にすればいいから。

「出来れば、まこっちゃんのことも応援してあげてくださいね?」
「え? なんでぇ?」

加護ちゃんが声に出すのも無理は無い。
そうだけど・・・15人もいるのに、13人対1人の試合なんて悲しすぎるじゃない。

「ううん、まこっちゃんがもし、とってもいいジャッジをしたら、その時はちゃんと歓声を上げてね、ってこと」
「あさ美ちゃん、どれがいいジャッジなのか、見ててもさっぱり分かんないよ」

お豆のあっさりした言葉がなんだかおかしくて。
私は笑いながら、自分も「こっち」の世界に来てしまったんだぁ、とちょっぴり頭を抱えた。
850書いた人:03/09/29 21:34 ID:M1fHRMxT

――――― 収録後、路上

「ねえ、なっち! ホントにこの道で合ってんの?」
「ちょっと・・・あんま大声出すと、周りの人にばれますよ、矢口さん・・・」
「うーんとねぇ・・・もうちょっとかなぁ?」
「他のやつら・・・ちゃんと来れるのかなぁ?」
「だから声がでかいですって・・・・・・裏道だけど、ここ一応渋谷なんですよ?」

収録後、まるで何かいけないことをしているみたいに、こそこそと裏道を急ぐ私たちの姿があった。
一応変装はしてるけど、5人集まると一気に怪しい。
安倍さんと矢口さん、石川さんに、シゲさんと私。
15人一緒に移動は怪しいからって、5人ずつにしたけど・・・

「ッたくもぅ・・・圭織のヤツ、なんで場所変えんだよ?」
「しょうがないですよ・・・スタジオじゃ試合が出来ないらしいですから」
「だからってさぁ・・・渋谷のど真ん中を指定するのってどうなのよ?」
「15人一緒に移動するわけにいかないもんねぇ・・・
ところでさぁ、圭織の描いた地図、なんだかすっごく読みにくいんだけど」
「・・・・・・安倍さん・・・地図、上下逆です」
851書いた人:03/09/29 21:34 ID:M1fHRMxT

シゲさんの言葉に、慌てて地図をひっくり返す安倍さん。
道理ですぐに辿り着けなかったわけだ・・・
駅から5分って言われてたのに、もう15分は歩いてるもんなぁ・・・

「なっちが天然記念物ものの方向音痴ってこと忘れてたわ・・・」
「ちょっと矢口、それじゃあまるで、なっちに地図読ませたのがいけなかった、って言ってるみたいだべ」
「『みたい』じゃなくて、そう言ってる」
「地図を読めないのが女の人は普通なんだよ!
なっちは矢口みたく、男っぽくないからいいの!」
「はぁ〜い、なつみちゃんもまりちゃんも、もうケンカは止めまちょうねぇ〜」
「・・・・・・石川、それなんかムカツクから止めて」

馬鹿丸出しのやりとりを前に、顔がにやける。
にやける・・・けど、やっぱり試合のことを考えると、少し気が重い。

このまま着かなければいいのになぁ・・・
そんなことを考えながら、私とシゲさんは暴走3人組の背中を追った。
852書いた人:03/09/29 21:35 ID:M1fHRMxT

―――――

「あんたら5人、遅すぎッ!!」

合流場所・・・何の変哲もない喫茶店では、
飯田さんが東大寺南大門に並べられてもおかしくない勢いで待ち構えていた。
多分おもいっきり無理を言ったんだろう、店内には誰もいない。

「しょうがないべ・・・矢口がなっちにいちゃもんつけるから・・・」
「何それ? なっちが樹海に入った勢いで迷うからいけねーんだよ!!」
「はぁ〜い、飯田さん。迷ったのは私たち5人の責任です、ゴメンなさい!」

『お前、そのにやけ方はちっとも悪いと思ってねーだろ』って感じで頭を下げる石川さんに、飯田さんは諦めの吐息を漏らした。
ハイ、そこ、シゲさん。『私は悪くないのに・・・』とか言わない方がいいよぅ?
853書いた人:03/09/29 21:35 ID:M1fHRMxT

「小川と紺野・・・・・・前に」

飯田さんに言われて、私たちは窓際に一歩踏み出す。
まこっちゃんと向き合っても、目を見れない。
まこっちゃんも私の方を見ようともせず、飯田さんをじっと睨んでいた。

「ここさぁ・・・窓、全部マジックミラーになってんのよ」

飯田さんに言われて振り返る。
道路側の壁は、全面一枚ガラスになっていて、外を行き交う人の流れが手に取るように分かる。
午後3時をまわった辺り、外には学生が出始めて、いよいよ活気を増してきた感じ。
向こうからはこちらは見えないから、みんな私たちの視線なんか気にせず通り過ぎる。

「小川・・・審判三原則、公平性と正確性と・・・あと、何?」
「迅速性です」

軍隊みたいに、毅然と答えるまこっちゃん。
854書いた人:03/09/29 21:37 ID:KTZ05Buq

その答えに満足したみたいに、飯田さんは大きく頷いた。

「そだね・・・・・・でね、あなたたちは世界の全てのことをジャッジできる審判でしょ?
だから、この窓に映る全てのことを、ジャッジしなさい」
「「ハァ?」」

思わず声を揃える私とまこっちゃん。
いつもならそんなことがあればすぐに目を見て笑い合うのに、今はできないのが悲しい。
飯田さんは私たちの疑問を聞いてなかったみたいに、訥々(とつとつ)と説明を続ける。

「圭織はラグビー型の審判だから、一応その方式でやるから。
時間はラグビーの通りだと長いから、15分ハーフの前・後半制ね。
あなたたちは野球型の通りに、道行く人をジャッジしなさい。
圭織はあなたたちの判定を見て、いいジャッジだったらトライと認定するから」
「・・・で、時間終了の時に点数が高かった方の、勝ち・・・ですか?」
「そ」
855書いた人:03/09/29 21:38 ID:KTZ05Buq

闘志満々の目をしたまこっちゃんに、飯田さんは笑って応える。
出来るかなぁ・・・頭が痛くなりそうなルールに、思わず後ろを振り返る。

そこにはみんなの顔。
安倍さん、矢口さん、シゲさん、亀ちゃん、レイナちゃん、吉澤さん、
石川さん、お豆、愛ちゃん、加護ちゃん、のんつぁん、藤本さん

みんながみんな、祈るような、泣き出しそうな、そしてどこか物静かな目をして。
悩んでる場合じゃなかったね・・・私は窓に向き直る。
「ごめんなさい、少しの間みなさんをジャッジさせてもらいます」
私たちのことなんか想像もできないだろう、行き交う人たちに心の中で謝罪。
まだ資格をとって一度もジャッジをしたこと無いけど、それでも今なら出来る気がする。

まこっちゃんがしているのに倣って、私も真正面に窓に対峙する。
どこから出したのか、笛を咥えて腕時計を睨んでいる飯田さん。
じっと窓の先に目を凝らすまこっちゃん。
見えないけれど、後ろで息を凝らして見つめている、12人。

思わず左胸に手を当てて、私は自分の鼓動を数えていた。