803 :
書いた人:
―――― 発表日
カチカチカチカチ・・・・・・
更新ボタンをクリックしまくる。
私はインターネットカフェで画面に張り付いていた。
合格者は朝10時から、審判協会のサイト上でも発表・・・って言ってたから、さっきからアクセスしてるのに。
ちっとも更新されてないんだから、もう。
今日は10時からお仕事だけど、みんなにはもう遅刻することは言ってある。
もしも受かってたら、このまま協会まで行って合格証を奪い取って、それからみんなのところへ行く。
まこっちゃんを止める一番の早道がこれだからって、私が主張したんだ。
804 :
書いた人:03/09/25 03:01 ID:5OBsQP/x
あれから結局まこっちゃんは酷くなる一方だし・・・・・・もし落ちてたらどうしよう?
この2週間、考えまいとしてたけど、それでもどうしても浮かんで来た不安。
落ちてたら・・・・・・このままお仕事サボりたいなぁ。
そんなことを考えながらクリックを続けていると、画面がさっきのから切り替わった。
更新・・・・・・されたんだ。
息を呑んだまま、【準1級合格者発表】のリンクをクリックする。
東京会場・・・・・・私の番号・・・
まこっちゃんを取り戻せるのは私だけ。
口に溜まった唾を飲む。
!!
あった・・・
これ・・・だよね。私の番号と同じ。これ・・・・・・だね!
よし、よくやった! 私!
私はポーチを引っ掴むとブラウザを閉じるのも忘れて、カフェから飛び出した。
805 :
書いた人:03/09/25 03:02 ID:5OBsQP/x
―――
息が上がる。
電車を降りて、そして局の通用門から入って、さっきからずっと走りっぱなしだから当たり前。
それでも私は走るのをやめない。
エレベーターが来るのを待ちきれずに、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
早く・・・早く、まこっちゃんを元に戻すんだ。
【モーニング娘。様】
と書かれた楽屋のドアを、走ってきた勢いそのままに押し開けた。
バァン!!
楽屋に辿り着いた途端安心感が出たのか、両手を膝について乱れた息を整える。
額から流れ落ちる汗は、頬を伝って鼻の頭から床にポタポタと落ちる。
床の浅い緑色が汗で深緑に変わるのをずっと見ながら、最後の息を大きくつくと首だけを上げた。
806 :
書いた人:03/09/25 03:02 ID:5OBsQP/x
私のほうを一斉に見ている14人。
鏡に向かっていた人、窓辺で話をしていた人、おやつを食べていた人、
みんなが私のほうを見たまま固まっていた。
いや、ただ一人まこっちゃんだけは私が首を上げたのを認めると、つかつかと歩み寄ってくる。
何が楽しいのかニコニコと笑いながら、まこっちゃんは私に向かって右手を差し出した。
息をついている私に、彼女が手を差し伸べたんじゃないことくらいは分かってる。
開いていた右の掌を一瞬グーにすると、まこっちゃんは親指だけを天に突き出した。
「あさ美ちゃぁ〜ん、アウトだよぉ。ダメだって、30分も遅刻しちゃ」
「ン・・・・・・と・・・・・・あのね・・・まこっちゃん・・・」
「言い訳なんか通用しないよぉ。
全く・・・飯田さんもついさっき来たばっかだし、みんなホントダメだなぁ。
言い訳じゃ、判定は絶対覆んないよぉ」
まこっちゃん越しにみんなに目をやる。
『紺野、試験どうだったの?』
みんなが私にそう聞いているのが、まるで声に出して貰っているみたいによく分かる。
ハイ、私は・・・やりますよ。
みんなに頷くと、疲れきった背筋をもう一度使って体を真っ直ぐに起こした。
807 :
書いた人:03/09/25 03:04 ID:DSoB1oSK
私の頷きが自分の判定への降伏だと思ったんだろう、まこっちゃんは首を左に傾けてニコッともう一度微笑んだ。
この一瞬のために・・・・・・私は努力してきたんだ。
息が完璧に整ったのをもう一度確認して、私は静かに息を吸った。
「まこっちゃん・・・・・・もうそんな風に、審判やるのやめて」
声には出さなかったけど、まこっちゃんは目を大きく見開いて口を半開きにして。
まこっちゃんの後ろでは、みんながまるで今すぐにパーティーでも開きそうな輝いた顔をしていた。
「あさ美ちゃぁ〜ん? どうしたの? ダメだよぉ、ちゃぁんとジャッジには従わないと、ね?」
驚きを一瞬で笑顔に変えると、まこっちゃんはもう一度私にアウトサインをした。
私はゆっくりと右腕を伸ばして、まこっちゃんの突き出した右手をつかまえる。
まこっちゃんの笑顔が凍りついた。
808 :
書いた人:03/09/25 03:05 ID:DSoB1oSK
「あさ美ちゃん? 何やってもジャッジは変わんないよ? これ以上やると、退場だよ?」
「あのね・・・もう一度言わせて? まこっちゃんもうこんなこと、止めて」
まこっちゃんはさっきよりも声のトーンは上ずり、心なしか早口になっている。
捕まえたまこっちゃんの右手が、プルプルと震えている。
私は左腕も伸ばすと、両手でまこっちゃんの手を包み込んだ。
矢口さんが唾を飲み込んだ音が、耳元で聞こえたような気がした。
「まこっちゃん・・・お願いだから、ね?」
「あさ美ちゃん、審判は絶大なんだよ」
意外な出来事に焦りを浮かべつつも、圧倒的優位を保っている余裕だろうか、まこっちゃんはまだ笑っている。
右手を離して、私はポーチを探る。
今日すぐに貰ってきた証明書・・・そして諸悪の権化。
左手でまこっちゃんの手をつかんだまま、真っ直ぐに薄茶色のカバーで包まれたそれをかざす。
一瞬不審な顔をしたまこっちゃんの目が、それを読んでキッと鋭いものになった。
809 :
書いた人:03/09/25 03:05 ID:DSoB1oSK
なるべく毅然とした態度で、まこっちゃんを見つめて言い放つ。
「じゃあ、私も準1級野球型審判として言うから。
まこっちゃん、そんな風に人を判定して回るのは間違ってるよ・・・」
「・・・・・・」
「お願いだから・・・もうそんな風に、自分や人を判定していくのは止めて」
のんつぁんと藤本さんがガッツポーズを決めた。
豆と愛ちゃんが抱き合って、飯田さんが優しく微笑んでいた。
でも・・・違うんです、皆さん。
みなさんからはまこっちゃんの顔が見えないから、もう決着がついたと思うんでしょ?
まこっちゃんの顔色は、一瞬真っ赤になると徐々に青くなっていった。
まこっちゃんはさっきみたいに笑ってもいなかったら、泣いてもいない。
ただじっと目を伏せて、口を真一文字に結んだままで。
突然信じていたものを奪われた恐ろしさに見舞われて、まこっちゃんはガクガクと震えていた。
それが握った右手からも伝わってきて、私の腕まで揺れ始める。
810 :
書いた人:03/09/25 03:06 ID:DSoB1oSK
流石に様子がおかしいことに気付いたんだろうか、安倍さんが私たちのほうに近寄ってこようとした。
その刹那、
「級が上だからって、正しいジャッジだって限らないよ!!
あさ美ちゃん・・・私がしているジャッジは、絶対にあさ美ちゃんのジャッジより正しい!」
そう叫ぶと、まこっちゃんは私の左手を振り放した。
大声に驚いて、安倍さんが肩を竦めて棒立ちになる。
「まこっちゃん・・・・・・まだ分かってくれないの?
そんな風に全てのことに審判してまわるのは、絶対間違ってるって!」
「違う!」
「私からしたら、そんな風にやってるまこっちゃんにアウト出しちゃうよ・・・」
「違う! 違うもん!」
まこっちゃんは下を向いたまま、ただ首をひたすら横に振りつづける。
811 :
書いた人:03/09/25 03:08 ID:upN1TzBj
楽屋の中の時が止まったみたいに、誰も動こうとしない・・・・・・いや、動けなかった。
まこっちゃんはずっと下を向いてるし、私はそれを睨みつけたまま。
他のみんなはただおろおろとしているだけで。
「そうか・・・・・・じゃ、しょうがないね」
さっきまで椅子にかけたまま見守っていた飯田さんが、おもむろに立ち上がる。
私とまこっちゃんの間に来ると、
飯田さんは今までどんなお説教の時にも見たことが無い、キツイ眼差しでまこっちゃんを見据えた。
「小川、顔上げなさい」
「・・・・・・・・・」
「小川ッ!!」
怒鳴られて、まこっちゃんがゆっくりと顔を上げた。
青ざめたままの顔の中で、血走った眼だけが異様に際立つ。
薄紫色に染まった唇が痛々しい。
飯田さんは顔を上げたまこっちゃんに、『よし』と頷いた。
812 :
書いた人:03/09/25 03:09 ID:upN1TzBj
「・・・小川は、級が上だからって、紺野の方が実力があるとは思わないんだね?」
「・・・・・・ハイ」
「それじゃ・・・・・・二人で勝負すればいいでしょ?」
「えぇ? 何をですか・・・」
飯田さんが言ってることが一瞬分からずに間の抜けた受け答えをしてしまう。
「何をって・・・勿論、審判の勝負。審判同士でその腕を勝負して、勝った方が上ってことでいいでしょ?」
「・・・・・・?」
まこっちゃんも意味が分からないんだろう、不審な顔で飯田さんを見上げる。
ただ一人突っ走る飯田さんに、なんとか私は食い下がってみる。
「いやだからですね、審判の勝負って・・・・・・どうやるんですか?」
「どうって・・・お互いに色んなことに判定しあって、どんだけ正しかったか競えばいいでしょ?」
813 :
書いた人:03/09/25 03:11 ID:upN1TzBj
何を当たり前のことを・・・って感じで、飯田さんは落ち着き払って応える。
「いや・・・誰が判定するんですか? どっちも自分の方が正しいって言い張りますよ?」
「そんなら心配いらない」
私の反論なんか折りこみ済みなんだろう、飯田さんは唇の端をニッと上げると私に掌をかざした。
手の中にはどこかで見た茶色い皮のケース。
【証 飯田圭織 右の者 審判1級であると認める】
「圭織が審判やるから・・・・・・文句ないっしょ?
紺野よりも早く来るのに、ハロモニ運動会の時よりも必死に走ったんだからね」
少し照れたように俯く飯田さん。
わたしもまこっちゃんも、いや、楽屋にいる飯田さん以外の全ての人間が、
信じられないように目を剥いて、立ち尽くしていた。