778 :
書いた人:
――― 翌日
会場の入り口を前に、思わず私は溜息をついた。
こんなに大規模だったなんて・・・
一つのイベントビルを借り切った会場は、開場30分前なのにもう人でごった返している。
手近なベンチを見つけてさっさと居場所を確保すると、熱心に参考書を読んでいるライバルたちを見回す。
おじさん、おじさん、おじさん、おじさん、おじさん・・・・・・
はっきり言って、私みたいな年代の女の子なんて一人もいない。
ハハァ・・・書店の店員さんが驚いたのは、このことだったんだなぁ。
審判歴が長いんだろう、真っ黒に日焼けして太い二の腕をした人たちの中で、明らかに私だけが浮いている。
でも私みたいに止むを得ないから受けるんじゃなくて、自分からこの試験を受けたまこっちゃん・・・
ちょっとだけ、まこっちゃんの度胸を見直した。
779 :
書いた人:03/09/22 22:50 ID:Ch2+vTFK
【準一級・野球型】の試験場に入ってからも、私みたいな人は一人もいない。
って言うか、女の人が殆どいない。
まるで動物園に入れられた珍獣のように、周りの視線がチクチクと痛い。
自分の席に座ると、周りからの視線に耐え切れずに私はずっと前を向いていた。
「おい・・・・・・あの子、受験生か?」
「まさか、試験官の助手かなんかだろ?」
「いや、受験票持ってるぜ?・・・受かると思ってんのかなぁ?」
ささやき声も、丸聞こえ。
ちったぁ聞こえないように喋れよ、と思うけど、おじさんだからしょうがないのかなぁ。
それ以前にモーニング娘。だって気付かれないことも、少し悲しい。
周りが殆どおじさんだから、気付かれないのも当然と言えばそうなんだけどさ。
一旦耳をそばだててしまうと、その人たちの声は斜め後ろから、聞くまいとしても容赦なく聞こえてくる。
780 :
書いた人:03/09/22 22:51 ID:Ch2+vTFK
「あぁ・・・でもさぁ、何か最近、若い女も受けてるらしいよ」
「へぇ・・・俺、初めて試験場で見たけどなぁ、女」
「さっきさ、1級のラグビー型受けてる奴から電話あって、向こうじゃ二十歳過ぎくらいの女居たらしいよ」
「ウソだろ?ラグビーって、一番難しいって有名じゃねえか・・・・・」
そのあとの言葉は、試験前のごちゃごちゃした空気に誤魔化されて聞こえなくなった。
でも女の人も私以外に受けてるって聞いて、凄く嬉しい。
多分大学の部活かなんかで、マネージャーとかしてて詳しい人なんだろう。
さっきまでは彼らの話し声に身を切り裂かれるような気持ちだったけど、でも今は彼らに感謝する。
と、試験官が壇上に入り、冒頭の注意を流し始めた。
私は試験官に言われる前に、携帯の電源を落とす・・・の前に、
もう一度みんなからのメールを見返した。
よし、がんばってきますね。
781 :
書いた人:03/09/22 22:52 ID:Ch2+vTFK
―――――
試験官の声が室内で響く。
「・・・・・・携帯電話、PHS、ポケットベルの電源は予め切っておくように・・・」
机の上に並べた鉛筆を見つめながら、じっとその声を聞く。
左胸がまるで飛び出しちゃうんじゃないかってくらい、心臓のドキドキが大きくなる。
もう一人の試験官が机の間を靴音を響かせて見回っていて。
「・・・・・・時計は計算機能のない物のみ、その使用を認めます。尚、アラームは解除して・・・」
あれ?私、ちゃんと携帯の電源切ったかな?
一瞬気になったその考えは、もう不安から確信に変わってしまう。
慌てて携帯を取り出そうとした私の肘に鉛筆が当たって、ゆっくりと落ちる。
「・・・・・・不正があった場合には、直ちに退出を命じます。その時は今後の受験資格にも・・・」
カラン
説明が私の出した音で一瞬止まる。
鉛筆の軽やかな音とは正反対に、私はもう泣き出したいくらい。
えっと・・・どうしよう・・・
782 :
書いた人:03/09/22 22:52 ID:Ch2+vTFK
と、私の隣まで来ていたもう一人の試験官が身を屈めて、鉛筆を拾い集める。
その様子を遠目に見て、何事も無かったかのように説明が再開。
拾ってくれたのは頭がつるっつるの、もうおじいちゃんって言って良いくらいの人。
あたふたする私を尻目に、彼は手際よく鉛筆を取りまとめて、私に笑顔で渡してくれる。
「はい・・・」
「え、ア、えっと・・・・・・ありがとうございます」
お礼すらまともに言えない私に、おじいちゃんはにこっと微笑むと、声を潜めた。
「もしも緊張してどうしようもなかったら、胸に手を置いて、鼓動がゆっくりになるのを確認してご覧」
「え・・・?」
私が反応するよりも前に、おじいちゃんは後ろ手に組んで颯爽と行ってしまう。
そうだよね・・・周りから見てどんなに浮いていても、私自身がどれくらいできるかが大切。
緊張しないわけないけど、緊張したらしたで、その時に落ち着いてみれば良いんだ。
783 :
書いた人:03/09/22 22:52 ID:Ch2+vTFK
注意事項は全てを説明し終わった。
あとは時計の長い針が12に辿り着くのをじっと待つだけ。
じっと見たって裏返した問題文が透けてくれるわけじゃないけど、それでも見つめてしまう。
試験官はじっと時計を睨みつけたまま。
私には、彼の持っている時計の秒針の音さえも聞こえるみたいで。
この一ヶ月の苦労はこれからの三時間次第で報われる。
モーニング娘。で私が得た集中力、見せてやる。
・・・と、試験官が時計から目を離した。
784 :
書いた人:03/09/22 22:54 ID:rhymbRfL
「始めてください!」
一斉に問題用紙を裏返す音。
でも私は一人問題用紙を裏返さずに、右手を左胸に当てた。
1回、2回、3回・・・・・・・・・
まるでプレストみたいなテンポだった心拍数は、次第に落ちていく。
今まで勉強したことを出せば、絶対大丈夫だから。
まこっちゃんは、絶対に元に戻るんだから。
12回・・・13回・・・14回・・・・・・
みんなが応援してくれた。
私には、頼もしい13人が付いてくれてる。
18回・・・・・・19回・・・・・・20回・・・
よし!心臓のバクバクは治まった!
遅れて問題用紙をひっくり返す。
隣のおじさんが私の行動に驚いた顔をしていたけど、もう気にもしなかった。