731 :
書いた人:
――――――
まこっちゃんが来た時には何事もなかったかのように、既にリハが始まっていた。
みんなまるで七日振りにお通じが来たみたいな晴れやかな顔。
そんな中私の心だけはブルー。
月曜日でも雨の日でも、勿論あの日でもないけど、ブルー。
この一週間でまこっちゃんがアウト判定をすることは少なくなっていた。
みんながまこっちゃんの考えに合うような行動を、無意識でもとりはじめていたのが原因。
衣装や台本も、それとなくマネージャーに含んでおいたおかげで、
取り敢えずはまこっちゃんの許容範囲のものが多くなっていた。
それでもやっぱり、誰かにいつも監視されているというのはキツイ。
それに段々物足りなくなってきたんだろう、隣の楽屋の人にまで審判をしに行き掛けたので、
のんつぁんと私で、次藤君(九州男児)並みのタックルを決めたりもして。
・・・・・・やっぱり早く、やめさせたい。
732 :
書いた人:03/09/18 12:24 ID:OPfnYGe1
「ハイ、それじゃ今日のお仕事はここまでね。
明日も朝早いから、みんなしっかり休んでおくように・・・・・・で、紺野は残ってね。じゃ、解散!」
「お疲れ様でした〜」と大声で挨拶をした後で、何人かが私の顔をちらりと見る。
私を救世主のように拝むシゲさん・・・・・・うん、先輩としてがんばるからね。
もうことが終わったみたいな澄ました顔をしてる愛ちゃん・・・・・・いつかシメてやるんだから。
そして私を心配そうに見つめてくれる、のんつぁん。
と、私の前に飛び込んできたは、心底残念そうなまこっちゃんの渋面。
「なんだぁ〜、あさ美ちゃん居残りなのかぁ」
「う、うん・・・ゴメンね。ちょっとダンスレッスンの補習があるみたいだから」
まこっちゃんのせいだよ、って言うわけにいかないもんなぁ。
733 :
書いた人:03/09/18 12:25 ID:OPfnYGe1
「折角さぁ、いい甘物屋さん見つけたんだけどなぁ・・・・・・
じゃあ今度、のんつぁんやお豆も一緒に、みんなで行こうよぉ」
「うん・・・・・そう、だね」
頷くのに少し躊躇ったのは、今のまこっちゃんとは多分、誰も行きたがらないから。
この間ケーキの上の苺を外して食べていたら、「そんなんアイドルじゃない」って言われて、
アウトを喰らった覚えがある。
これで一緒に何か食べに行ったら、何が起こるか分かったもんじゃない。
でも・・・・・・
残念そうに楽屋を出て行ったまこっちゃんの後姿を見ていると、なんだか断ったのが申し訳ない。
別に私のせいじゃないってことは分かってるけど、
早く今までみたいに、一緒にお買い物したり、お食事したりしたい。
734 :
書いた人:03/09/18 12:26 ID:OPfnYGe1
うん、やっぱりがんばらなくっちゃ。
そう心の中で呟くと、思わず拳を握り締めてしまう。
最後まで楽屋に残っていた飯田さんが、少し笑ったように見えた。
「よ〜し紺野、そんじゃ私たちも行こっか?」
「え?どこへ・・・・・・ですか?」
てっきり審判試験について、ちょっと注意を受けるだけだと思ってたのに。
ふふっと笑って長い髪を掻き揚げると、飯田さんは出口の方を向く。
私はただ、その背中を追いかけるだけ。
「参考書・・・・・買わないといけないでしょ?
それに試験の日程だって・・・調べないと」
「あぁ・・・そうですねぇ。でもそれくらいだったら、私一人でやってきます・・・」
735 :
書いた人:03/09/18 12:27 ID:Ad6SIOKd
その刹那、私の方を向かないまま、飯田さんは手を大きくパーに開いて言葉を遮った。
何があったか一瞬分からなくて、きょとんと止まってしまう。
そんな私に構わずに、飯田さんはドアノブを見ながら呟く。
今まで聞いたことない、優しくて、それでいて寂しげな声。
「それくらいはさぁ・・・圭織にリーダーらしいことさせてよ、ね?」
ありがとうございます。
何故かそう言いたかったけど言葉には出ずに、私はただ小さく首を縦に振っただけで。
それを見たのか分からないけれど、満足したような飯田さんに続いて私たちは部屋を出た。
736 :
書いた人:03/09/18 12:28 ID:Ad6SIOKd
――――――
「あぁ・・・・・・審判なら、あそこの棚全部そうですよ。
それにしても・・・・・・お客様が受けられるんですか?」
「いえ、受けるのはこの子の方です」
「えぇ!?」
絶句した店員さんを残して、私と飯田さんはさっさと本棚に移動。
でもあの反応・・・私みたいな歳の人が受けて通る資格じゃないんじゃ?
本棚一つ、全て審判関係の本で埋まった棚を見て、思わず溜息が出る。
「いつの間に、こんな資格できたのかなぁ?しかも結構メジャーそうだし」
「ですよねぇ」
間抜けな相槌しか打てないほど、私たちは世間知らず。
やっぱりアイドルだからって、外の情報に目を向けないでいるのは問題だなぁ。
飯田さんは目の前の一冊を適当に手に取って、パラパラとページを捲る。
737 :
書いた人:03/09/18 12:29 ID:Ad6SIOKd
「えーと・・・ねえ紺野、審判は野球型、サッカー型、ラグビー型の三種類があります・・・だって。
型の併願は不可能で、各型によって問題は異なります・・・型によって審判の格が違う、ということはありません。
・・・・・・どうする?選ばなくちゃなんないみたいだけど」
「空手型はないんですかぁ・・・あればすぐ飲み込めそうなんですけど」
はっきり言って、野球やサッカーのルールなんてよく知らない。ラグビーなんてもっての他だ。
「あぁ・・・でも、まこっちゃんにあわせた方が良くないですかね?」
「そう?小川は多分・・・アウトとかセーフとか言ってたから、野球型だと思うよ?」
「じゃあ、それが良いですね」
どれも良く知らないルールだから、結局どれを選んでも同じなのだ。
石川さん並みにポジティブにそう考えれば、結構やる気も出てくる。
738 :
書いた人:03/09/18 12:30 ID:Ad6SIOKd
野球型は・・・背表紙の上の部分が青色かぁ。
並んだ本の背表紙を指でなぞり、青色の、そして準一級の表示がある本を抜き出す。
まあ、問題集ならこんなもんかな?って感じの厚さ。
薄過ぎず、厚過ぎず。
邪魔な注文票を取って一つのページに挟むと、ペラペラ・・・と適当にページを捲って、とりあえず一問やってみる。
えーと・・・数学か。
これなら何とかなりそうかな?
739 :
書いた人:03/09/18 12:31 ID:2LdhSOlg
【問七 今日は彼女の誕生日。
A君はケーキが大好きな彼女のために、ケーキをホールで買って帰りました。
A君と彼女はケーキを半分ずつにして、仲良く食べました】
740 :
書いた人:03/09/18 12:32 ID:2LdhSOlg
・・・・・・で?
ゴシック文字で書かれた問題文はそこで終わり。
あとは○と×を書く欄と、理由欄だけ。
・・・・・・まったくもって意味が分からない。
えぇ?こんなのが問題なの?
ケーキを買ってきて、二人で分けたんでしょ?
とりあえず・・・「仲良く」分けたんなら、半分ずつで○じゃないの?
741 :
書いた人:03/09/18 12:33 ID:2LdhSOlg
「問七○と・・・」心の中で呟きながら、ページを指で抑えて巻末の解答欄を捲る。
えーと・・・・・・数学の問七の答えは・・・・・・×?
なんで?
【問七 ×
理由:本当に彼女のことを好きな彼氏なら、『お前が好きなだけ、食べていいよ』と言う筈です。
と言うことで、この場合ハンブンコするような彼氏の行動は、人として×です】
・・・・・・意味が分からないんだけど。
一問目から自信がなくなってきた。
でも・・・・・・私ならホールで食べてみたいもんなぁ・・・これはこれでいいかも。
「どうした?紺野、ヨダレ垂らして」
気が付くと、眉間に深い皺を刻んだ飯田さんが私を心配そうに見ていた。