68 :
書いた人:
お客が10人も入れないんじゃないか、と思えるような喫茶店の店内にはマスターの他は誰もいなかった。
それでも清潔感がある、そして決して若い人間に媚びた風ではない雰囲気が、私をほっとさせた。
日頃から『若くあること』を求められる中で生活しているから、その反動なんだろう。
ここまで来るのにすれ違った、そしてもう二度と会うことは無い人たちと違って、
私の顔を見てもマスターは顔色一つ変えなかった。
「紺野さんですね・・・・・・伺っております、こちらへどうぞ」
69 :
書いた人:03/06/20 02:45 ID:ra04FXcf
案内されたのは、通りが見渡せる、窓際の席。
運ばれてきたお冷に手を伸ばしたときに、いつものあれが私を襲った。
今日もか・・・多分、明日も来週も来月も、来年も私はこれに襲われるんだろう。
それでも世間一般の人がこれに持っている感想とは違って、私はこれに愛着すら感じている。
こんなことを言うと、まるで性的倒錯があるみたいだけど、それでも私はこの痛みが心地よい。
この、毎日右側頭部に突然走る痛みと付き合いを始めたあの日から、もう5年が経つ。
70 :
書いた人:03/06/20 02:46 ID:ra04FXcf
どんなに頭のいい人も、どんなに記憶力がずば抜けている人も。
『すべて』を完璧に覚えていられるはずが無い。
記憶は誇張され歪められ、理想化されて、そしてかすれて・・・・・・想い出になる。
でも・・・・・・・・・
どんな人にだって、まるでその場面だけフラッシュが焚かれたみたいに、
すべてがはっきりと残っている記憶もあるんだと思う。
太陽の眩しさや陽炎の揺らめき、髪を撫でる風、目の前の人の言葉、自分の感情、全てが鮮明な記憶。
私にも・・・・・・たった一つだけど、そんな記憶がある。
71 :
書いた人:03/06/20 02:47 ID:ra04FXcf
「記憶の中の『あの人』」
72 :
書いた人:03/06/20 02:49 ID:zLJlkEom
気が付けば、テーブルを指でこつこつと弾いている自分がいた。
少し緊張する。
約束の時間10分前。
あの人はまだ来ていなかった。
あの人と会うのは5年ぶりだ。
そんなに離れた所にいるわけじゃない、
それなのに私たちは5年の間一切の連絡をとらなかった。
それを忙しさのせいだけにするのは、少し調子が良すぎるのかもしれない。
かつて私があの人に持っていた感情、そしてあの人が私に持っていた感情・・・・・・
最後の最後に解消されたとしても、やっぱりその余韻が私たちをこういう行動にとらせたのかもしれない。
73 :
書いた人:03/06/20 02:50 ID:zLJlkEom
だからこそ5年の年月を経ても、私があの人に対して抱く緊張感は変わらない。
そう、正確に言えば最初の頃の緊張感。
少なくともあの人とちゃんと話せるようになった、最後の僅かな期間だけは、
こんな風に緊張することは無かったのだから。
74 :
書いた人:03/06/20 02:51 ID:zLJlkEom
ついつい、先に運ばれているお冷に手が伸びる。
口から喉、そしてまるでその冷たさは私の心臓すら冷やしていってくれるようで。
待ち合わせのこの店に入ってまだそんなに経っていないというのに、
私には異様に長く感じられた。
時計の針がまるで意図的に怠けているみたい。
その『長い』時間、私の心の中ではひたすら同じことが繰り返されていた。
次の瞬間、あの人があの扉を開いて入ってくるかもしれない。
そのとき私はどんな表情をすればいいのか。
さっきからそればっかりを考えている。
21歳を半年過ぎた人間が困惑するには、ちょっとおかしいかな。
75 :
書いた人:03/06/20 02:52 ID:hicNwBeu
そう気付いて、ふぅ、と息を吐く。
「・・・・・・・・・もう、5年経つんだ」
最初、私はあの人が苦手だった。
・・・・・・どうしてだろう?
私の想い出の中に、あの人の笑顔はほとんどない。
あるのは、眉間の皺や苛立たしげな声。
しかもそういう要素が断片的に残っているだけで、あの人全体的としての想い出がない。
それもどうしてか、私には分からない。
76 :
書いた人:03/06/20 02:53 ID:hicNwBeu
それでも私の心の中で一番大きく残っているのは、彼女の眩しいほどの笑顔なのだ。
3年間一緒の時間を過ごして、ホントに最後の最後に、彼女は最高の笑顔を私に見せてくれた。
あの時の彼女のかすかに開いた口元、優しい目、弾む声・・・・・・
その全てが私の中で、まるでついさっき見たように、残っている。
それは断片的ではない、ホントに『彼女』全体としての笑顔。
あのときのことを思い出すと、今でも表情が緩む。
77 :
書いた人:03/06/20 02:54 ID:hicNwBeu
−ブゥゥゥン・・・
バッグの中の携帯のバイブに、私は意識を突然引き戻された。
慌てて取り出した携帯には、あの人からのメールが入っていた。
『ごめん!!ちょっと仕事が押しちゃった。
あと20分くらいでそっち行けるけど、大丈夫かな?』
忙しい中打ったメールの筈なのに、その文面は昔と変わらず絵文字で飾られていた。
・・・・・・変わってないな。
私は少しそれが可笑しくて、にやけたまま返信を打つ。
『大丈夫です、待ちますよ。
急がないでも、全然オッケーです!』
78 :
書いた人:03/06/20 02:55 ID:htccBntr
ホント大丈夫ですよ。待つことには慣れていますから。
あの時だって、私はずっと待ってたんですからね。
私はチラッと携帯電話の時刻を確かめて、マスターを席に呼んだ。
「すいません・・・・・・オレンジジュース、頂けますか?」
79 :
書いた人:03/06/20 02:55 ID:htccBntr
―――――――
つけ爪を付けているにしては、恐ろしい速さであの子にメールを打った。
手馴れているとは言え、冷静に観察してみると怖い。
「ごめんなさーい!もう大丈夫です――!!」
電源を切った携帯をバッグに押し込み、私はスタジオに振り返る。
スタッフのみんなは私を笑顔で迎えてくれるけど、その笑顔が少し心に刺さる。
仕事中に私用メールを打つ、こんなことが非常識なんてことは分かってる。
それなりの時間、私はこの環境で生きているから。
それでも私は、今だけはこっちを優先しなくっちゃいけない。
もう、あの子を待たせることは、できないから。
80 :
書いた人:03/06/20 02:56 ID:htccBntr
そう考えている自分に気付いて、自分の唇の端が上がったのが分かった。
むかしの私は、あの子のことをここまで思い遣っていられなかった。
あの子がモーニングに入ってから、色々な注意はした。
それを『思い遣り』と言う人もいるのかもしれない。
でもそれは、あの子のための注意ではなかったんだ。
あれは、私のためのもの・・・・・・私が彼女に対して感情をひたすらぶつけていただけ。
時々こんなことを考えると、私はいてもたってもいられなくなる。
そしてあの子に電話して、謝りたくなる衝動に狩られる。
あの子と道を別にして5年間、その衝動に負けなかったのが正直不思議でならない。
どこかにまだ、私の中で頑なな部分があるのかもしれない。
だからこそ、私は今日あの子と待ち合わせをしたんだ。
81 :
書いた人:03/06/20 02:58 ID:G3hvATDt
――――――――
ストローで細長いグラスの中をかき混ぜると、軽やかに氷の音が響く。
オレンジ色の液体に浮かんだ半透明な四角形が、窮屈そうに、でも滑らかに一回りした。
あの人と初めて会った時のことは、緊張のせいでほとんど覚えていない。
ただ感じられたのは、大所帯になることへのある種の嫌悪感と、何か諦めにも似た感情。
緊張に硬くなる私たちに、手を差し伸べてくれる先輩も確かにいた。
ことあるごとに、悩むを聴いてくれた人。
同年代だから、自然と打ち解けられた人。
お仕事を一緒にしていくうちに、段々打ち解けていけた人。
82 :
書いた人:03/06/20 02:58 ID:G3hvATDt
でもあの人で思い出すのは、苛立たしげな注意の言葉ばかり。
歌がダメ、踊りもダメ、喋りもまるでできない・・・・・・
その辺はいくら何でも自分で自覚していた。
何しろ私を選んだつんくさん本人にさえ、『赤点』と明言されちゃったから。
でもあの人の苛立たしげな言葉は、そんな所に留まらない。
行動が遅い、意見をはっきり言わない、人の話を聞かない・・・・・・・・・
まるでその言葉は、私の一つ一つの動作全てに言われるみたいで。
モーニングに入って半年、私はひたすら彼女を避けるようになっていた。
83 :
書いた人:03/06/20 02:59 ID:G3hvATDt
そう、
私が出会った頃のあの人の全体的な姿を覚えていないのは、多分私があの人から目を逸らしていたから。
もっと正確に言えば、私はあの人の目を見ていなかったから。
しかも更に不味いことも重なった。
突然歌のパートが増えて、前列で歌わせてもらえることになったのだ。
そしてあの人がいたユニットに、私はあの人を追い出す形で、加入することにもなった。
84 :
書いた人:03/06/20 03:00 ID:tlSxW7iZ
思い出しただけで、今も背中に悪寒が走る。
あの夏の楽屋を流れていたのは、とっても冷たい空気。
みんな今、目の前にある仕事をひたすらこなしていくこと、それしか考えていなかった。
誰も、もちろん私も口にはしなかったけど、それでも誰もが考えていたのが分かる。
早く、この夏が終わって欲しい。
・・・・・・でも誰も言えるはずが無かったんだもんなぁ・・・
あの時の感情を思い出して、私は苦笑した。
あの時は本当に毎日が辛くて、その言葉の意味することすら忘れていた。
あの夏が終われば、後藤さんはいなくなってしまうんだった。
85 :
書いた人:03/06/20 03:00 ID:tlSxW7iZ
あの夏もこんなに暑かったのかなぁ・・・
私は喫茶店の窓から見える夏の陽射しに、思わず目を細める。
覚えているはずないのに、そんなことを考えてしまう。
あの夏は、私は感情を殺して過ごしていた。
だから、そんな細かいことまで覚えているはずが無い。
覚えているのは、ひたすら時を過ぎるのを待つ、押し殺した感情。
外でセミが鳴いているのが、窓の外からかすかに聞こえる。
86 :
書いた人:03/06/20 03:01 ID:tlSxW7iZ
――――――
カメラマンの焚くフラッシュが眩しい。
私はどうも、フラッシュというのが苦手だ。
人工的で唐突な光。
お仕事上、フラッシュを浴びない日は無いのだけれど。
多分、フラッシュで私はあの夏を思い出すから。
いや、あの会見場を思い出すから。
87 :
書いた人:03/06/20 03:01 ID:tlSxW7iZ
カメラマンに言われるままに、次々にポーズを変える。
どんなにポーズを変えても、笑顔を崩すことはない。
それだけは芸能界に入って、いち早く覚えたことだった。
そんな私も、あの会見場では取り乱した。
圭ちゃんと後藤の卒業。
めまぐるしく変わるユニット。
もちろん私もその渦に巻き込まれた。
88 :
書いた人:03/06/20 03:03 ID:1fxNOiL9
カメラの前で素の表情を出すことはタブーだけれど、あの時私は心から泣いた。
突然のことへの戸惑いもあるけれど、モーニングが私たちから離れていくのが目に見えて分かったから。
私たちはモーニング娘。のメンバーのままだけど、モーニング娘。が私たちのものではなくなった日だった。
「はーい、これでオッケーです!どうもお疲れ様でしたー!」
私の意識は、カメラマンの声で一気に現実に引き戻される。
89 :
書いた人:03/06/20 03:03 ID:1fxNOiL9
――――――
夏が終わったって、何にも状況は変わらなかった。
あの人と少しは喋るようにはなったけれど、それでもプライベートのことなんてもっての外。
私が彼女を避けつづける日々は続いた。
いや、更に状況は悪化したんだった。
90 :
書いた人:03/06/20 03:05 ID:gLDPkEIw
六期メンバーが入って半年位経ったある日、あの人の怒りが爆発した。
レコーディングの時だった。
もうとっくに、モーニング娘。は二つに別れていたけれど、それでもレコは一緒にやっていた。
楽屋前の廊下で騒いでいた私たち、正確に言えば私とまこっちゃんと辻さん。
それがあの人の逆鱗に触れたんだった。
91 :
書いた人:03/06/20 03:05 ID:gLDPkEIw
「おまえら、さっきから何度言われたら分かるんだよ!!
幾つだよ、もう16なんだろ?いつまでも中学生気分でいるの、やめろよ。
大体後輩いるのに、何でそんな風にしてられるわけ?
もうさぁ・・・・・・何度目だよ?
こういうことで注意されるの?」
顔を真っ赤にしてあの人は怒鳴りつづけた。
そしていつもと同じように、私は下を向いていた。
92 :
書いた人:03/06/20 03:05 ID:gLDPkEIw
「紺野もふざけんなよ!
そうやって下向いてしょんぼりした振りして、そしてまた同じこと繰り返すんだろ!?
折角チャンス貰ってるのに、あんたはそれに応えもしない。
進歩が無いんだよ、あんたは!!
もう、モーニングやめちゃいなよ!!」
その言葉が出たところで、慌てて飯田さんと安倍さんが間に入った。
確かに私が悪い。
私はひたすら俯いていた。
93 :
書いた人:03/06/20 03:06 ID:gLDPkEIw
でも釈然としない。
あの人がしているのが、感情をぶつけているようにしか聞こえなかったから。
しかもあの人自身が抱える問題の、そのいらつきすらぶつけているようにしか見えなかった。
確かに私があの人に変わってタンポポに入った。
でもそれは私のせいじゃない。
それなのにあの人は、私を目の敵にしているんだ。
94 :
書いた人:03/06/20 03:07 ID:3qITgXaf
「紺野!!文句があるんなら、口で言えよ!」
みんなに取り押さえられながら、なおもあの人は怒鳴っていた。
言えるわけが無いのに、先輩にそんなこと言える訳が無いのに、あの人はそうやって私を挑発する。
私はまだ下を向いたまま、そう言えばあの人と一緒にレコをしなくちゃいけない箇所があることを思い出して、憂鬱な気分になっていたのだった。
95 :
書いた人:03/06/20 03:08 ID:3qITgXaf
その場は私とあの人を別の部屋に無理やり入れることで、なんとか治まった。
つんくさんには飯田さんが直接、状況を説明しに行ってくれた。
5期のみんなや石川さんに囲まれて、初めて私は悔しくなってきた。
あの人が言うことが、いちいち的を射ているだけに余計に悔しい。
自然に涙が溢れてきた。
「紺野・・・・・・気にすること無いよ」
石川さんが声を掛けてくれるけれど、優しい言葉を掛けられるほど何故か涙が出てくる。
止めようとしても止まらない。
横隔膜に泣き癖がついてきた頃、つんくさんの所から飯田さんが戻ってきていた。
「紺野・・・つんくさんが話あるって」
96 :
書いた人:03/06/20 03:08 ID:3qITgXaf
背もたれに全身を預けたつんくさんは、物憂げな目を眼鏡越しに私に向けた。
ガラスの向こうには、本来ならば私とあの人が入る筈のスタジオ。
私は涙を拭き拭き、それでもつんくさんには涙を見せまいと精一杯の努力をして、
彼の言葉にひたすら頷いた。
「飯田から聞いたで・・・・・・相当言われたらしいな?」
「・・・・・・はい・・・・・・・・・」
「気にするな・・・言うてもまあ、無理やろうな」
97 :
書いた人:03/06/20 03:08 ID:3qITgXaf
そう言って少し彼は笑ったけれど、私がくすりともしないのを見て慌てて口をつぐんだ。
気にしないことはできない。
私は人に比べて、かなり鈍い方だとは思う。
そんな私でも、あれだけ言われれば堪える。
だからこそ、私はなるべくあの人から遠ざかっていたのだから。
98 :
書いた人:03/06/20 03:10 ID:pFRu3eTL
その空気に耐えられなかったのか、つんくさんは手元の楽譜をペラペラとめくっていた。
渡されてから何度も何度も見た楽譜。
パートを貰えたのは嬉しかったけれど、あの人とのレコを要求するその楽譜を今は恨んでいた。
私とあの人用の楽譜を取り出すと、つんくさんはそれに目を落としたままポツリと言った。
「なあ、何で・・・・・・あいつがお前にここまで厳しいか分かるか?」
ふるふると頭を横に振る私の反応を予想していたのだろう、大して驚きもせず続ける。
99 :
書いた人:03/06/20 03:10 ID:pFRu3eTL
「あいつはな・・・・・・お前と似てたんよ」
・・・・・・嘘だ。
その言葉が私の一時的な精神衛生のためのものだってことが、私には想像がつく。
言い掛けた私を、つんくさんは遮った。
「あいつも最初はな、まあお前ほどやなかったけど、歌も踊りもそんなにできんかった。
まあ、モーニングにいる人間はみんなそうだったんかも知れんけどな。
あいつのソロの曲聴いたことあるか・・・・・・?
体格があれやから声量も無いし、腹から声出せんかったから音程も不安定やったし。
正直・・・・・・聴けたもんじゃなかったわ」
100 :
書いた人:03/06/20 03:11 ID:pFRu3eTL
更につんくさんは続ける。
「それでもあいつは、チャンスをものにした。
それで今のあいつが・・・・・・モーニングに欠くことのできないあいつがおるんや
だから今のあいつは、お前を見てるといても立ってもいられんのかもしれん
チャンスが目の前にぶら下がってんのに、今一モノにできないお前がな」
それは理屈では分かる。
でもそれなら何で私にあんな当たり方をするんだろう。
モノにはやりよう、ってものがあるはずなのに。
あの人の私に対する当たり方は、どう考えても感情的に過ぎるような気がした。
でもそんな私の言葉も、つんくさんが言った言葉ですべてかき消された。
「あいつ・・・・・・・・・・・・モーニング辞めるんよ」
101 :
書いた人:03/06/20 03:11 ID:pFRu3eTL
部屋を出て楽屋に戻る途中、私の足元はふらついていたと思う。
五月蝿く言う先輩がいなくなるんだから、こんな喜ばしいことが無いはずなのに。
でも私の頭の中で、つんくさんの言葉がぐるぐると渦巻いていて。
102 :
書いた人:03/06/20 03:13 ID:X3en78iK
『辞める!?何でですか!!』
『あぁ・・・・・しもうた。紺野、絶対に誰にも言うなよ』
『はぁ。でも・・・・・・なんで?』
『あいつの希望でな・・・・・・ソロになりたいんやと。よくあの事務所がオッケー出したわ』
『・・・・・・・・・』
『あいつは正直、モーニングの稼ぎ頭やからな。
まあでも、どうせまた別な方向でモーニングを売り出したいのやろうな・・・
その中では、むかしのモーニング娘。が付いて回るあいつがいなくなってくれれば、
バンバンザイって所なのかも知れんけど』
『それじゃ・・・・・・なんで、私たちには言ってくれないんですか?』
103 :
書いた人:03/06/20 03:13 ID:X3en78iK
『あいつ自身の口から言うから、それまでは黙っててくれ、って言われてるからな。
俺とあいつと、事務所の偉いさんしかこのことは知らん。
飯田も安倍も聞いてないはずや』
『・・・・・・・・・・・・』
『今まであいつが紺野にきつかったのは、そりゃあ感情的なもんもあったかもしれん。
でもな。たぶん、今あいつは考えてるんと思う。
自分がモーニングに残していけるものは無いんかってな。
それが多分、お前やったんやな。
昔の自分の面影がある紺野に、あいつは何か残したい、って思ったのかもしれん。
でもいざ、後輩にそれをしようとしても、あいつは今まで腹割っておまえに接したこと無いやろ?
だから・・・・・・あんな風になってるのかもな』
104 :
書いた人:03/06/20 03:14 ID:X3en78iK
私の心の中の闇が、今にもパーティーを始めようとしていた。
でも別の部分の私が、パーティー開始の挨拶を決して許さなかった。
そんなはずはない。
あの人と私が似ていることなんて。
そしてあの人が私に対して、感情の爆発以外で何かをしようとしているなんて。
でも
思い当たる節が無いとはいえない。
あの人の行動を感情の爆発とするなら、それは私が勝手に決めたことなのかもしれない。
だってそんなことはあの人自身でしか分からない。
そして私はあの人の本心を知らない、知ることができるはずも無い。
105 :
書いた人:03/06/20 03:15 ID:X3en78iK
あの人に対して、何か決め付けをしてきていなかったか。
私があの人のことを嫌いなのを、
あの人が私のことを嫌いだってこと正当化していなかったか。
慌てて私の中の、私自身を守ろうとする回路が働く。
でもそれですら、この考えは打ち消せなかった。
106 :
書いた人:03/06/20 03:16 ID:4zjB/LED
楽屋まで、こんなに遠かったかな?
ぐらぐらする視界と、遠ざかる意識の中でぼんやりと考える。
確かに意識は遠ざかっている。それなのに私の中では恐ろしい速度で色んな考えが飛び交っていた。
その刹那、今まで体験したことの無い痛みが右側頭部を襲った。
107 :
書いた人:03/06/20 03:17 ID:4zjB/LED
偏頭痛・・・?
今までこんなの無かったのに。
ズキズキと痛む頭を抱えながら、何とか楽屋への歩を進めようとした瞬間、
自分の身体が前のめりになって倒れていくのが、スローモーションのようにはっきりと感じられた。
あまりの頭の痛みに視界が霞む。
一瞬私の視界にあの人が見えた気がする、いや、おぼろげに声も聞こえる。
でも私の意識はここで途切れた。
108 :
書いた人:03/06/20 03:17 ID:4zjB/LED
―――――――
撮影スタジオを出ると、キツイ夏の陽射しが私の目に飛び込んで来て、私は目を細めた。
それに少しくらくらした感覚を覚え、私はこれから自分が何をするかを一瞬忘れそうになる。
それでも忘れようはずが無い。
マネージャーが一足速く捕まえてくれたタクシーに飛び乗る。
「それじゃ、今日はお疲れ様でした」
「え・・・・・・と、これで明日は空きで、明後日またお仕事ですよね?」
私の言葉にマネージャーは、先生が足し算を上手にできた生徒にするように、満足げに頷く。
この人との付き合いも5年目だけど、私を子ども扱いする所は変わらない。
まあ、外見だけはどんなに取り繕ったって、相変わらず体格が子供サイズだから仕方が無いけどさ。
109 :
書いた人:03/06/20 03:18 ID:4zjB/LED
あの子の待つ喫茶店を指示すると、車は動き出した。
遥か後方に飛び去ったマネージャーを一瞥すると、私は夏の陽射しにもう一度目を細めた。
このくらくらした感触・・・・・・忘れもしない、あの時も感じた感触。
あの日は今日とは違って、こんな陽射しの日ではなかったけれど。
このくらくらした感じは同じ。
あの日。
何であんなことをあの子に言ったのか。
自分でもよく分からない。
あの子達が五月蝿くしていて、遂にキレた、と言うのが一番正解っぽいけど。
110 :
書いた人:03/06/20 03:19 ID:cIsmfKvd
そこまで考えて、私は首を横に振った。
そんなの、自分に都合のいい言い訳だ。
ソロになることを決意した私は、事務所がそれをすんなり受け入れたことが意外だった。
あの強欲事務所のことだから、私の利用価値があるうちは最後まで使い切ると思っていた。
正直な話、誰かに止めてほしかった。
別にモーニングに居続けたかった訳ではなく、
ただもう少しゆっくりとことが運んでほしかった。
111 :
書いた人:03/06/20 03:20 ID:cIsmfKvd
メンバーには私から伝える、と言うことで最後の防波堤を造ったけれど、
私の口を飛び出した言葉は、私の見えないところでどんどんと現実味を帯びているようだった。
それが怖かった。
いずれ、私がモーニングにいたことも忘れられちゃうんじゃないか。
今まで誰かが辞めても、まるで何事も無かったかのようにモーニング娘。が存在していたように。
私は焦った。
何かを残せないのか。
・・・・・・そんな時、改めて気付いたのが、あの子の存在だったんだ。
112 :
書いた人:03/06/20 03:21 ID:cIsmfKvd
でも、私の試みはどうみても失敗だった。
今まで信頼しきって話し合ったことが無い相手に、
・・・・・・いくら私でもあの子が私を苦手にしていることくらいは分かっていた・・・
ちゃんと伝えられるはず無いから。
結局今までのように、自分の感情を爆発させただけみたいになっていた。
圭織やなっちになだめられて、ようやく自分の言ったことの酷さに気付く。
その酷さを意識すればするほど、私の頭はくらくらした。
いろんなこと、これからの私、これからのモーニング娘。、これからのあの子・・・・・・
113 :
書いた人:03/06/20 03:22 ID:cIsmfKvd
あの日、感情を制御するのに30分はかかっただろうか。
とにかく私は自分の容量をとっくに越えた頭を抱えて、トイレに向かった。
あの子がつんくさんの所から帰ってきたら、謝ろう。
ちゃんとあの子の目を見て、そして・・・・・・辞めることも一緒に言おう。
私には、きっかけが必要だった。
114 :
書いた人:03/06/20 03:24 ID:RbYQ9pUz
トイレから出たときには、随分気分はよくなっていた。
まだ頭はくらくらしていたけれど・・・
その時、廊下の向こうでふらついているあの子を見た。
確かあの時・・・・・・
もう昔のことだし、私も慌てていたからはっきりと覚えてないけれど、
あの子の名前を叫びながら、駆け寄った。
一瞬、倒れこむ頭を懸命に私の方に向けたあの子と目が合った。
なんとか倒れる寸前であの子を身体ごと受け止めたとき、私はさっきの自分の言動を心から後悔していた。
頭のくらくらが増したようだった。
115 :
書いた人:03/06/20 03:24 ID:RbYQ9pUz
―――――――
オレンジジュースを飲み終わった丁度その時、マスターがすぐに換えを持ってきてくれた。
礼を告げた私に、少しだけ頭を傾けて彼は応えた。
あの時倒れこんだ私は、夢を見た。
何故か私はあの人で、そしてあの人がモーニングに入った直後のようだった。
怯えるように、5人のオリメンの前に立っている。
5人は何も言わなかった・・・・・・ただ、目付きが怖かった。
『何であなたはここにいるの?』
そう目が物語っていた。
116 :
書いた人:03/06/20 03:25 ID:RbYQ9pUz
次の場面は収録の終わった直後の舞台裏。
中澤さんが何か凄い勢いで怒っている。
『もっと前に出ろ』『やる気あるのか』『自覚が無い』
どこかで言われたような台詞が並ぶ。
それを聴いている私は、ひたすら俯いているだけ。
中澤さん、あの人ととっても仲良しなのに・・・
何でこんなに怖いんだろ。
あの人自身も怯えて、そして憎悪感を持っているのが感じられた。
117 :
書いた人:03/06/20 03:25 ID:RbYQ9pUz
『あいつはお前と似てた』
つんくさんの言った意味が、ようやく分かった気がした。
そして今モーニングを去る直前のあの人が、
何故私にあそこまでキツイ物の言い方をするのかも。
私たちに足りなかったのは、お互いに話し合うこと。
3年間もそれを怠ったていたのは二人ともダメダメだけど。
目が覚めたら、謝ろう。
そしてもっと色々喋ろう。
あとは、スーッと、上に上がっているような感覚があって・・・・・・
118 :
書いた人:03/06/20 03:27 ID:XBryziKE
目を開いた私の前には、心配そうな10数人の顔が並んでいた。
中でもあの人は目を潤ませて、私の顔に一番近い所にいた。
「紺野・・・・・・大丈夫?」
「はい・・・ご心配かけて、すいませんでした」
「いや、私の方こそ、ごめん・・・・・・」
あの人は何か言い掛けたけれど、周りにいるみんなからの心配の声がそれを許さなかった。
「よし、仲直りできたね?紺野、今日レコやっちゃえる?」
「はい!!」
目を伏せて飯田さんが尋ねた言葉に、私は元気よく返事をした。
119 :
書いた人:03/06/20 03:27 ID:XBryziKE
レコーディングは恐ろしくスムーズに進んだ。
あれほど心配していたあの人とのパートもなんにもつっかえたりせずに。
二人で入ったスタジオで、私はふたつみっつ、歌い方と音程であの人に注意された。
私はその注意を、心から受け入れることができた。
オッケーがでた後、ガラス越しにつんくさんに挨拶をしてそこを出ようとしたとき、
あの人が私を引きとめた。
120 :
書いた人:03/06/20 03:28 ID:XBryziKE
「私さ、モーニング辞めるんだ」
唇の端からこぼれたその言葉に、私は衝撃を受けた。
つんくさんから聴いてしまっていたけれど、それ以上にあの人が私だけに、
いち早く教えてくれるとは思っていなかったから。
そしてそれが、嬉しかった。
あの人は私の様子を見て、いとおしげな目を一瞬してはにかんだ。
「あのさ・・・・・・今日もそうだけど、今までさ、口うるさい先輩でごめんね」
121 :
書いた人:03/06/20 03:28 ID:XBryziKE
やっと・・・・・3年の時を経て、ようやくこの時が来たことを私は知った。
まるでフラッシュを焚いたみたいにこの時のことは覚えている。
私はあの人が本音で話してくれていることが分かって、泣いた。
そしてあの人も私の泣いた理由が、自分の脱退意外にあることを分かっていたのか、
私を抱きしめて泣いた。
つんくさんは、そんな私たちをどこか懐かしげに見ていた。
122 :
書いた人:03/06/20 03:30 ID:rn8r8/Ix
気が付くと二杯目のオレンジジュースも空になっていた。
やっとあの人と仲良くなれたと思ったのに、
あれからすぐにあの人はモーニングを辞めてしまった。
正確に言えば、事務所も変わったのだった。
その辺の深い事情は私も知らない。
ただつんくさんがそのことにかなり深く、
つまりあの人の希望どおりにことを運ぶために尽力したことは、後でチラッと聞いた。
123 :
書いた人:03/06/20 03:31 ID:rn8r8/Ix
最後の輝かしい記憶にも関わらず、私は相変わらず「あの人」と彼女を呼ぶ。
たぶんおぼろげに残っている3年間と、最後のはっきりとした一瞬の記憶があまりに違っているから。
・・・・・だからまだ、私は緊張するんだ・・・
私はグラスに落としていた視線を、上に上げた。
124 :
書いた人:03/06/20 03:31 ID:rn8r8/Ix
「よっ!久しぶりじゃん、紺野」
あの人はいつの間にか、私の前に立っていた。
あまりにびっくりして、私は緊張することすら忘れてしまった。
「え!?いつ・・・・・・来られたんですか?」
「ついさっきだけど・・・・・・お前ずーーっと、ぼーっと下向いてるからさ」
「そんな、言ってくださればいいのに・・・もう、矢口さん!!」
5年前より遥かに大人びた矢口さんは、私の様子を見て満足げだった。
私はと言えば自分の口からあの人の名前、
『矢口さん』って言う言葉がごく自然に出たことにびっくりしていた。
125 :
書いた人:03/06/20 03:32 ID:rn8r8/Ix
確かに私たちには、じっくりと話し合うことが足りなかった。
でもそれはほんのちょっと、あと少し足りなかっただけ。
そして今、私は矢口さんの目の前にいる。
もう大丈夫。
偏頭痛がくれたおかしな夢と、あのスタジオでの会話。
私と矢口さんの輝かしい記憶。
そして、今。
もう、大丈夫。
126 :
書いた人:03/06/20 03:33 ID:aDL8+qSz
「よっし!!それじゃさっさと飯でも食べに行こう!
やっと紺野とスケジュール合わせられたんだから、早くしないと休みが終わっちゃう!」
そう言って矢口さんは私を急かした。
待ち合わせだけに使うって、マスター可哀想。
そう思いつつ私は椅子を引く。
その様子を見とって、矢口さんは私に笑いかけた。
「何食べたい?」
「矢口さんの食べたいもので良いですよ」
「いやぁ・・・食べ物のことといえば紺野、ってイメージがあるからねぇ」
「5年も前の話じゃないですか。私もう、21なんですよ!」
127 :
書いた人:03/06/20 03:34 ID:aDL8+qSz
今、この瞬間も、私の中で記憶になってしまう。
それでも私にとっては、多分二度目の『フラッシュを焚いた』思い出になりそうだ。
私は忘れない。
空気の色、私たちを包む音楽、光線の細さ・・・・・・そしてあの人の、いや、矢口さんの笑顔。
「はい!」
私は立ち上がると、矢口さんと一緒に喫茶店を出た。
なるべく大きく、今を記憶として切り取るために。
・・・・・・この日以後、私には偏頭痛が起こっていない。
128 :
書いた人:03/06/20 03:35 ID:aDL8+qSz
「記憶の中の『あの人』」
おわり。
129 :
書いた人:03/06/20 03:38 ID:aDL8+qSz
――――あとがき
矢口さんが脱退することは当分無いと思いますが、
ある種の期待を込めて書いてみました。
・・・別に脱退してほしい、ってわけじゃありません。念のため。
4ヶ月ほど前、同じHNで小説を羊で書いていました。
久々に書いてみると、やっぱりエナジー使いますね。
感想を書いてくださると嬉しいです、お願いします。
それでは。