最後の着替えを黙々とこなしていると、我が教育係飯田さんが後ろに立っていた。
何も言わずに後ろに立たれると、正直少し怖い。
それでも気配で分かっちゃう辺り、やっぱり慣れてるんだろうなぁ、私。
「どうしたんですかぁ?」
「のんちゃん、ちゃんと出来てるね。偉いよ」
まるで子供に接するような言葉遣い。
昔の私って、ホントに幼かったんだなぁ、って実感する。
「えへへ・・・・・・ありがとうございます」
満足そうに私に頷くと、飯田さんはふと怪訝な顔をした。
281 :
書いた人:03/07/17 00:19 ID:84vVnhqG
「あれ?のんちゃん、少し頭飾りずれてるよ。直してあげるから、むこう向きな」
「は〜い」
こういう風に接してもらえることが嬉しくって、私はくるっと体を半回転させた。
ドレスの裾が舞い上がり、鏡台をかすめる。
コトッ・・・・・・
回転する視界の中で、私は何気に鏡台の方に視線を移す。
ゆっくりとマニキュアの瓶が倒れ始めていた。
いや、大丈夫。
あれほど栓を確かめたじゃない。
そう思うと同時に、私の視覚はありえないものを捉える。
・・・・・・・・・瓶の上に乗っているはずの黒い栓が・・・・・・無い。
282 :
書いた人:03/07/17 00:20 ID:84vVnhqG
・・・・・・・・・・・・時が止まる
マニキュア瓶は私の膝元で一回転すると、中の真っ赤な液体を私の衣装に塗りたくっていく。
まるでスローモーションみたいに、ゆっくりゆっくりと、それは弧を描いていって。
私はそれを避けることもせず、ただその様子を見守ることしか出来なかった。
カラン、と軽い音を響かせて床に落ちると、再び時間が動き出す。
「うッきゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
私の近くにいた衣装さんが、まるで女の子みたいな声で叫ぶ。
一気に部屋の中の全ての視線が私に集まる。
そう、この声・・・・・・3年前に聞いたこの声。
「つ・・・辻ちゃん、早く衣装脱いで!!!」
彼が叫びながら、無理やり私の衣装を脱がしに掛かる。
私はただそれに従いながら、呆然としていた。
マニキュア瓶をひっくり返しちゃったからじゃない。
私は・・・・・・・・・未来を変えられなかった。