260 :
書いた人:
集合時間30分前を切ったあたりから、続々とメンバーが集まってくる。
その面子を見るに従って、私は自分が2000年、
まだ21世紀にもなっていないこの時期にいることを痛感していった。
なかざーさん・・・・・なんか3年後の方が綺麗になってる感じがするのは気のせいかな?
三十路前には結婚できない、って知ったらどんな顔するんだろう?
いちーさん・・・・・脱退を控えているからか、何だか近寄り難いオーラを感じる。
彼女が3年後どうなってるかは・・・・・・記憶の奥底に封印しておくとしよう。
ごっちんとおばちゃん・・・・・まだメンバーなんだよね。
この二人がごく自然にモーニング娘。でいられるのを見ると、何だか切なくなってくる。
それにしても、おばちゃん影薄ッ。
こう見ると、3年の間に随分変わったんだなぁ、と思う。
それと同時に、この11人がモーニング娘。であることに、あんまり違和感を抱かないのも不思議。
加入当時のこのメンバーが私には印象深いのだろう。
それだけじゃなく、まだ私が・・・この時代の私が、頭の中に残っているのかも。
だから今日、このスタジオまでボーッとしていても辿り着けたし、集合時間だって間違えなかったのだろうか。
261 :
書いた人:03/07/15 21:55 ID:4+1T7cAr
うわぁ、なっちゃんぷっくぷくだ。
そう言えばこの時期のなっちゃんって、多分一番ふっくらしていた時期。
ふふふ、1年後には私に『食べ過ぎ』とか説教するくせに。
でもそんな外見に似合わず、なっちゃんはちょっとトゲトゲした感じで楽屋に入ってきた。
あぁ、まだごっちんとあんまり仲良くなかったっけ?
飯田さんはあんまり変わってないかな?
でもどこか、交信状態がこの頃は多そうな感じがする。
真っ黒で綺麗なストレートの髪が、まだ色っぽさよりは若さの方を際立たせる。
262 :
書いた人:03/07/15 21:56 ID:4+1T7cAr
座ったままボケーッとみんなを観察している私と不意に目が合うと、
飯田さんはにこっと微笑んで、心優しく話し掛けてきてくれた。
「いい?のんちゃん。分からないことがあったら、何でもカオリに聞いていいんだよ。
今日初めてのプロモで緊張してるだろうけど、あんまり気張らなくていいんだからね」
「は〜い」
『後輩』としてここまで気を遣ってくれることが懐かしくて、そしてちょっぴりくすぐったい。
自分がこんな風に後輩に接してこれたのかは、非常に疑わしいんだけど。
飯田さんは返事をする私を、何が楽しいのかニコニコと見ていた。
見つめていた。
・・・・・・まだ見つめている。
・・・・・・・・・・・・どうやら多少の交信に入ったらしい。
263 :
書いた人:03/07/15 21:57 ID:4+1T7cAr
私たち新メンを迎えて、どこか優しい感じが表面上あるものの、楽屋にはどこか緊迫した空気が漂っていた。
こんな雰囲気、ここんところずっと味わったことが無い。
みんなそれなりに言葉を交わしているけれど、どこか感じるのは『あなたには負けない』って言う空気。
この間オソロに出させてもらった時に梨華ちゃんが言っていた、『緊張感』だろうか。
レコーディングの時に、ガラスの向こうで厳しい目で見ている先輩たち。
ハピサマのパートなんて有るようで無いようなものだったけれど、それでも肩甲骨の間が震えたっけ。
メンバーは最高の友達であって、最高のライバル。
3年経っても私はそう思っているけれど、
この時期はみんな、多分後者の意識の方がずっと大きかったのかもしれない。
・・・・・・・・・・・・多分『強敵』とか『好敵手』と書いて、『とも』とか読んじゃうんだろうなぁ。
264 :
書いた人:03/07/15 22:00 ID:Qqg0Jki5
「あ〜、そんじゃ時間かな?」
中澤さんの一声に、一気に楽屋が静まりかえる。
特によっすぃ〜と梨華ちゃんは、まるでお通夜みたいに神妙な顔つき。
そんなんじゃ、プロモ撮り終わるころには気疲れで倒れちゃいそうだ。
「今日プロモの撮影やから、ちゃんとテキパキ動いてな。
特に新メン、分からんことあったら一人でマゴマゴしとらんで、さっさと教育係に聞くんやで」
「「はいぃ!!!!」」
元気よく返事をしたのは、私とあいぼん。
もうこういうのには慣れっこになっている。
どんな時でも挨拶と返事は元気に・・・・・・基本だ。
よっすぃ〜と梨華ちゃんはそんな私たちの変化に驚き、目を見広げている。
「お!?いい返事やなぁ、辻、加護。姐さん嬉しいわぁ」
「「えへへへ・・・・・・」」
中澤さんに誉められるのもすっごい久しぶりで、思わずあいぼんと顔を見合わせて笑った。
265 :
書いた人:03/07/15 22:01 ID:Qqg0Jki5
ついこの間『シャボン玉』のプロモを撮ったばかりなのに、またプロモを撮るというのが何だか不思議。
ハピサマのプロモ撮影・・・忘れもしない、いや、忘れられない。
誰にだってある、思い出すとまるで身を切られるような記憶。
この撮影日は間違いなくその一つに当たるだろう、私にとっては嫌な想い出だ。
この日衣装替えの途中、私は撮影で着るドレスに真っ赤なマニキュアをぶちまけたのだ。
まだ耳の底にこびりついている、スタッフさんの叫び声。
泣きじゃくる私に、ひたすら優しく声を掛けてくれた飯田さん。
『みんな怒ってないよ。もう大丈夫だから、おいで』
あの声は、忘れない。
多分何年経っても・・・・・・私が芸能界を辞めたって、ずっと覚えてるんだと思う。
そのせいで撮影は2時間押した。
変えられるなら・・・変えたい過去。
266 :
書いた人:03/07/15 22:02 ID:Qqg0Jki5
撮影に使われる大量の衣装と、そしてメイクさんや衣装さんやら、スタッフさんが大量に入ってきた。
楽屋の中は、まるで蟻塚をアリクイがぶち壊した後みたいな大騒ぎ。
喧騒の中、あいぼんが私につつつ・・・と近寄ってくると、そっと耳打ちしてくる。
「なあ、のの・・・さっき『まこっちゃんがいい薬くれた』って言うてたけど・・・
もしかして、マニキュアのこと?」
流石は我が相棒。
私の思考回路を読むのは御茶の子さいさいのようだ。
・・・・・それだけ私の考えが浅墓だ、とも言うのかもしれないけど。
「・・・うん」
「それは・・・・・・止めといた方がええかもしれんで」
私の思考は読まれ放題なのに、相棒の思考は一向に読めないのだった。
267 :
書いた人:03/07/15 22:02 ID:Qqg0Jki5
「なんで!?」
思わず大声を出してしまう。
あいぼんもあの状況に居合わせていたんだから、
私が今までどれだけこのことを悔やんでいたのか分かっているはず。
それなのにあいぼんは、眉を寄せたしかめっ面のまま呟いた。
「あのな、うちもののも、3年後ああいう風に過ごしとるのは、色んなことが積み重なってるからやん」
「・・・・・・うん」
「せやから、今はなるべく、昔あったことはそのまんまにして過ごした方がええと思う。
もしもこの時代に変化が起きると、それが3年後にどう影響してくるか分からんやん?」
その言葉に、私は虚ろな返事をした。
あいぼんの言いたいことは分かる。
バカ女に輝いたとはいえ、私にだってこれくらいの理解力はある。
ちなみに、いけないのはあの敵性言語だ。
268 :
書いた人:03/07/15 22:04 ID:Ln/x0oAv
私がマニキュアを倒さなかったら。
もしかしたら凄い勢いで未来が変わってしまうかもしれない。
私はあんなに太ったりしないかもしれない。
飯田さんがリーダーにならないかもしれない。
そして・・・モーニング娘。が3年後には存在しないかもしれない。
・・・・・そんなこと無い、って言い切れない。
そして私たちが未来に戻ったら・・・・・・戻れたら、の話だけど・・・その『変わった後の』の未来に帰ることになる。
もしかしたらその変化とは無関係に、私は元いた3年後に帰れるのかもしれないけど。
知り合いにこんな経験ある人なんていないから、実際どうなるのかは分からない。
そして分からないからこそ、なるべく危険は避けなければならない、っていうのは理解している。
269 :
書いた人:03/07/15 22:05 ID:Ln/x0oAv
でも!!
でも、あいぼんには分からないんだ。
私があのことでどんなに苦しんだか。
傍目には三歩で全てを忘れる、鳥類並みの感性の持ち主に見えるかもしれないけれど、あの事件は忘れられない。
あいぼんは色んなことを、昔っから卒無くこなせたから、私の気持ちを分かってくれないんだ。
「ううん・・・・・・・・・・・でも・・・」
「のの・・・・・・ののの気持ちは充分分かってるつもりや・・・だから・・・」
あいぼんはまるで懇願するように私を説得する。
そんな目されたって・・・・・・
「ごめん、あいぼん・・・・・・私どうしても、やってみたい」
私の答えにあいぼんは少し非難めいた、でもどこか悲しい眼差しを返した。
3年間一緒にいて、初めてされた表情だった。