247 :
書いた人:
朝っぱらから挨拶もそこそこに抱き合って泣く、二人の女の子。
コンサートでよく見る、おやびんが眉をしかめる種類の人々なら、
涎でも垂らしそうなシチュエーションなのかもしれないけれど、こちらとしては必死だ。
少し落ち着いてきたところで、目の前の我が相棒を眺めてみる。
細くてつりあがった黒目がちな目。
下ろした髪は明るめの茶色・・・・・・前線がやや後退しているのは変わらないけれど。
忘れることができようはずが無い。
我が相棒、加護亜依・・・・・・正確に言えば3年前の加護亜依。
あいぼんも同じ事をしていたらしく、ひとしきり私をつま先から頭のてっぺんまで観察すると、ふぅ、と息を吐いた。
「のの・・・・・・・・・やっとこっちに来てくれたんか・・・会いたかったで」
「それはお互い様だよ・・・・・・」
姿かたちは変わっていても、その口調は間違いなく、私が昨日まで会っていたあいぼんのものだった。
変わった、と言うよりは戻った、のほうが的確なのかもしれないけど。
248 :
書いた人:03/07/14 17:09 ID:lzBaA/uX
「・・・・・・二人とも、大丈夫?」
朝から泣き始める同僚三人に囲まれて、流石にうんざりした様子で、それでもよっすぃ〜が声を掛けてくれた。
この辺り、よっすぃ〜は非常に人間ができていた。
私のよく知るよっすぃ〜には、こういう側面よりも妙にはっちゃけた面が目立つけれど。
彼女もいつの間にやらキャラクターがおかしな方向に進んでいるが、
私は今のよっすぃ〜は宇宙人にさらわれて、何かと入れ代わったのではないかと踏んでいる。
「うん、大丈夫やで。なぁ?のの」
「そうなの・・・・・・えっと・・・・・あいちゃんに会えて嬉しかったから・・・ね」
アドリブを利かせて『あいちゃん』と呼んでみたら、何だか無性に懐かしくて、再び涙が出そうになった。
249 :
書いた人:03/07/14 17:10 ID:lzBaA/uX
「そう、今は2000年の4月や・・・・・・」
先輩たちが来る僅かな時間を縫って、私とあいぼんは第1回ぶりんこ対策会議を開催した(開催地:楽屋の端っこ)。
「・・・・・・じゃああいぼんは、私よりも早くこっちに来ちゃったんだ」
「そやな・・・・・・3日前の朝から。きつかったで。
ののもおんなじやと思ったら、『あいちゃ〜ん』って言って、まとわりついてくるだけやったからな」
「へへへ・・・・・・じゃあ3日前の私に代わって、謝っとくよ」
あいぼんは私と違って、感情を小出しにする方ではない。
どっちかって言ったら、感情を溜めて、それがいつか『ぽんっ』って出るタイプ。
さっき私と同じように泣きじゃくるあいぼんを見て、この3日間がよっぽど辛かったんだろうな、と想像がつく。
250 :
書いた人:03/07/14 17:11 ID:lzBaA/uX
「・・・・・・ってことは、紺野ちゃんもこっちに来てるのかな?」
「せやろなぁ。でもこの時期って、まだ北海道にいるんちゃう?」
「そっか・・・・・なら、電話して確かめてみよっか?」
そういった私に、あいぼんは半開きにした、なんとも言えない視線を送る。
心の中では『アホやなぁ、ののは』と思っているに違いないのだ。
「・・・・・アホやなぁ、ののは」
声に出されてしまった。
「それとも何か?ののは紺野ちゃんの実家の電話番号、きっちり覚えとるんか?」
「覚えてるって、携帯に・・・・・・・・・あ」
251 :
書いた人:03/07/14 17:15 ID:KhEUWwBH
そこまで言って気付く、なるほど私はアホだ。
今の私の携帯電話・・・
モーニング娘。に入るから買って貰ったんだろう、機種が古いのに新品みたいだった
・・・には、もちろん紺野ちゃんの電話番号は入っていない。
ましてや実家なんて掛けたことすらないから、ますます分からない。
当然そんな番号、覚えていられるような脳の構造を私は持ち合わせていない。
「それに・・・・・・」
私が考えるよりも早く、この3日の間に考えていたのだろう、あいぼんは難しそうな顔をして呟く。
「紺野ちゃんが2000年にもう来てるのか、分からへん。
うちとののも、3日違ったから・・・・・・紺野ちゃんもまだこっちに来てへんのかもしれん。
だから紺野ちゃんのほうから連絡してくる、っていうのも・・・」
「あんまり期待できないねぇ」
置かれた状況が『シャボン玉』での紺野ちゃんのパート割りよりも悲惨すぎて、溜息しか出なかった。
252 :
書いた人:03/07/14 17:16 ID:KhEUWwBH
「あぁぁ、それとな、今の時期・・・大変やで今日も・・・」
山積みの問題に眉を寄せながらあいぼんがそう言いかけた時、
楽屋のドアが三度(みたび)開かれ、3年後には到底発見できないようなギャルが入ってきた。
小さな背丈、金色に近い髪、気が強そうな眼差し、太い二の腕。
「おはよぉございまぁす、おっ!!早めの入りなんて偉いね!新入り!」
・・・・・・とは言ってもあんまり変わっていないかな?
3年後とおんなじようなテンションの高さ。
でもどこか、いい意味での『プライド』を持っているような雰囲気がある。
私はおやびんがおやびんのままで、少し安心した、まぁこの頃は、『おやびん』ではないんだけど。
私たちの返事の挨拶に満足そうに頷くと、やぐっさんは部屋の隅にいる私たちを訝しげに見つめた。
253 :
書いた人:03/07/14 17:17 ID:KhEUWwBH
「お前らなぁ、水槽のザリガニじゃないんだから、そんな端っこに固まってんなって!
あ?あれか?プロモ撮るから緊張してんのか?」
『私も最初にプロモ撮った時はさぁ〜』・・・とやぐっさんは遠い目をして語り始めた。
甲殻類に例えられたのがなんとなく不名誉だったけど、別に太った生物でないのは気分がいい。
いつものやぐっさんなら、『羊追いも出来ないベイブ』とか『ムーミン一家の一員』とか、毒舌満載の呼称しか出てこないから。
その度にあいぼんと二人で、『うっせ、チビ』とか毒づいているんだけど。
私はやぐっさんの方へ近寄りつつ、小声で相棒に問いただす。
「ねえ、プロモって・・・・・・なんの?」
「自分の初めてのプロモくらい覚えとかな・・・ハピサマや」
254 :
書いた人:03/07/14 17:18 ID:KhEUWwBH
やぐっさんの方を見たまま、あいぼんは小声で更に続けた。
「のの、うちも早く元に戻りたいのは山々やけどな・・・とりあえず今は、なるべく卒無くこっちの時代もやっていかなって思うん。
だってもしうちらが元に戻った時に、こっちの時代の自分らが苦労するだけやん」
「・・・・・・うん、なんとなく・・・分かった」
確かにこの時期の私たちは、新しい環境に慣れるのに必死だった。
その中で矢継ぎ早に新曲や番組の収録があって、何とかやっていった、って言うのがホントの所。
とりあえず元に戻る方法や、紺野ちゃんとの連絡のつけ方は考える。
でもこっちの時代の自分たちのことも、おろそかにはしない。
・・・・・・これしかないんだよね、多分。
255 :
書いた人:03/07/14 17:19 ID:3mDqiznv
「あれ!?」
そこまで考えた私は、不意に素晴らしい思いつき。
今私は2000年にいる。
まあいずれ向こうに帰らないといけないとして・・・・・・
もしかしたら、加入当初に起こした数々の失敗を防げるんじゃないんだろうか。
日頃脳みそが休眠状態にあるからか、こういう思いつきの力は天下一品だと我ながら思う。
私には防いでおきたい失敗がこの時期には幾つもある。
そしてそのうちの一つは、今日起こるんだってことも分かっている。
忘れたくても忘れられないあの失敗。
「ふふふ・・・・・・まこっちゃんも良い薬くれたもんだね」
そう言いつつ、目をキュピーンと光らせている私に、あいぼんは
『遂にイカれたか?脳が』
とでも言いたさげな視線を送っているのだった。