―― 六章 魔神降臨 ――
(……ここ、どこだろ?)
闇の中、彼女は一人佇んでいた。
自分の指先すら見えない世界を、ただ眺めていた。
不思議と不安は無い。
いや――何も感じない。
いつから自分がこの場にいたのかも解らない。
「ねぇ、真希は大きくなったら何になりたい?」
不意に背後から子供の声が聞こえ、彼女は振りかえった。
闇の中一部分だけライトアップされたような明かりの中で、三人の少女が
談笑している。
「ばっかねー、真里ってば。真希は王様の娘なんだから、ていこくの
しどうしゃになるにきまってるじゃん」
黒髪の少女が馬鹿にした様に金髪の少女の頭を小突く。
「しどうしゃって何?」
小突かれた少女の言葉に、黒髪の少女がうっと言葉を詰まらせる。
「え、えーっと……だから、偉い人! 帝国の一番偉い人なの!」
「えー? 帝国の一番偉い人って、王様じゃないの??」
「だ、だからぁ……えっと……」
疑問符を浮かべる少女としどろもどろになる少女の顔を交互に見つめながら、
それまで黙っていた一番幼い少女がクスクスと笑う。
(なんだろう……なんか懐かしい気がする……)
「カオリは何になりたい?」
幼い少女――真希が助け舟とばかりに黒髪の少女に話しかける。
「私? 私は、そうだなぁ……大臣!」
「だいじん?」
「そう。それで真希の相談を受けたり、手伝いをするの」
カオリは得意げに胸を張る。が、いまいちわかってない様子の真里にむっと
目を細め、真里にびしっと指を突き立てる。
「で、真里は何になるのよ?」
眉間をカオリにつつかれながら、腕を組んで考え込む真里。
「! じゃああたしはそうてんのまじょになるっ!」
思いついたように弾ける笑顔の真里の言葉に、一瞬カオリと真希がきょとんと
して顔を見合わせる。
「……って、あの双天の魔女!? 生きながらにしてすでに伝説になってる
二人の天才女魔術師の!?」
「うん。あたしまじゅつのさいのうあるって先生に言われたし」
えへへと笑う真里を見てカオリは深深とため息をつく。
「絶対無理。てか無理。不可能。うん、諦めなさい」
「なっ、なんでよー! なるったらなるもん!」
やれやれと首を振るカオリに頬を膨らませてつっかかる真里をまぁまぁと
なだめながら、真希が口を開いた。
「でも、いいよねそれ。私とカオリと真里。三人でずっとこの国の平和の為に
頑張っていけたら、すごく素敵だと思わない?」
真希の言葉に、カオリと真里も真希を見つめ笑みを浮かべた。
「……うん、三人揃えば何でもできるよね、きっと」
「あたしも! ずっと一緒にいたい!」
勢い良く手を上げる真里に、カオリが再び意地悪そうに微笑む。
「ま、あんたはもうちょっと勉強しなさい。せめて魔術師団の部隊長程度には
ならなきゃね」
「むー! なんだよもー! カオリなんて嫌いっ!」
(そうだ。あれは……あの少女は私。……あの頃は、いつも三人一緒で……)
その笑い声が次第に遠ざかり、少女達が薄闇に消えて行く。
次に浮かんだ光景は、父に――帝国の国王に死が訪れる瞬間。
「よいな、真希よ……。これからは……お前が統治者として……」
(「お父様!」)
記憶の中の真希と声が重なる。
そして、皇帝となってからの日々――。
「陛下。隣国の柴田殿が反旗を翻し――」
「北西の要塞が包囲されました! 至急援軍を――」
「なめるな! 我が軍に勝てると――」
「殺せ。逆らう者は皆殺しに――」
「あなたは……一体何を――」
「こうなった以上、最早一刻の猶予も許されますまい――」
「この悪魔めがっ! 貴公には人の血が通っていないのか!?――」
(いやあああぁぁ――!!)
押し寄せる記憶の渦に、無意識に真希は耳を塞ぎ闇の中に座りこんでいた。
(違う……。私は……私が思い描いた夢は……)
「……陛下」
すすり泣く真希の前に、カオリが立っていた。
王城の一室。そう、よく覚えている。これは――。
「宮廷魔術師殿が、真里が離反しました」
「! 嘘だ! 真里が私の元を去るなど……」
「残念ですが……真実です。今王城周辺を探索中ですが……」
(真里……そう、あなたも私から離れていった。皆離れて行く。何が……私の何が
いけなかったの? 私に何が足りないの……? そウ、私ニは足りナイ……ナニガ
タリナイ……? チカラガタリナイ……そウダ、ワたしにモっト力があレバ……)
『そう、お前には力が足りない』
(!?)
先ほどまでカオリが立っていたその場所に、美しい女がいた。
(……アナタハ、ダレ?)
真希の問いに女は妖艶な笑みを浮かべた。
『私は闇に生き、闇を統べる者……。お前が望む物を与え、共に生きる為にここに
存在する』
(トモニ……イキル……?)
『そう、お前は私となり、私はお前となる。お前は私の依代となる代わりに、
統べてを得、統べてを失う』
女はゆっくりと真希に近づき、そっとその身体を抱きしめる。
『さぁ、私と一つになろう。そしてこの世をお前が望む形に……』
女の声が真希の頭に反響し、真希の意識は薄れていった。
やがて二つの身体が溶け合う様に重なりあい、それは闇の中で一つとなった――。