【新スケバン刑事〜少女武闘伝〜】

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数日後のとある放課後。
天王洲高校体育館。
いろんなクラブが練習する中、隅のほうで空手部が練習している。
サキはドアにもたれながら、ぼんやりとそれを見つめていた。

「紺野先輩、今度の大会もガンバって下さい!」
「3連覇目指してくださいね!!」
次々に声をかけてくる後輩達

レイプされている女生徒
男達に殴りかかる
怒りに我を忘れて殴り続ける
次々に倒される男たち
瀕死の重症
女生徒を支えながら立ち上がる
サイレンが聞こえてくる
駆け寄ってくる警官
しかし手錠は彼女の腕にかけられる
驚く彼女

出場停止……
自宅謹慎……

様々な記憶が頭の中を通り過ぎて行く。

「どうしたんだ、ぼんやりして?」

そんなサキを見て、麻琴が声をかけた。

「いえ、なんでもないです。なんでも……」
小さくそう呟いて、サキは立ち去った。
寂しそうな後姿だった。

******************************

飯田圭織は朝礼前だというのに、ぼんやりと窓の外を見ていた。
職員室の窓からは部活動中の生徒たちが、あわただしく動き回っている。

「はあ〜………」

大きなため息。
教師になって間もない彼女だが、今年初めて担任を持つことになった。
しかも、問題児の多いクラスの担任とは。
彼女は初めてクラス担任を持つというプレッシャーと、その責任の大きさに苦悩の日々を送っていた。
集中力も途切れがちで、こうやってぼんやりとする事も多くなったような気がする。

「ほら圭織、校長先生が来たわよ」

「あ、ありがと」

同僚の保田圭が彼女に声をかけた。
2人ともこの高校の同級生、それぞれ進んだ大学は違ったが卒業後母校の教員として戻ってきた。
母校の教師となって2年。今年から2人は1年生のクラスを受け持つ事となった。
保田がA組、飯田がB組。
以来、2人はお互いを励ましあいながら頑張ってきた。

校長は女性を一人連れてきている。

「えー皆さん。
前々から話をしていたと思いますが、先月より出産のため一時お休みされている石黒先生の代わりの先生が来てくれましたので、紹介します。
早乙女志織先生です」
紹介された女性は、少女マンガの主人公みたいな名前とは裏腹に地味な紺のスカートに白いブラウス、銀縁のメガネをかけている。
長い髪を後で無造作に束ねただけの髪型。
何だか全体的にもっさりした感じだ。

「えー早乙女先生には、石黒先生の代わりに1年A組とB組の副担任をしてもらうことになります。
今年からクラスを持った飯田先生、保田先生はまだお若いですので、早乙女先生に良きサポーターになっていただきたいと思っています。」

「あ、はい……」

飯田はまた憂鬱の種が少し増えたような気がして、不機嫌そうに答えた。
そんな、彼女のわかりやすい反応を察した保田は、必死にこみあげて来る笑いを押さえた。

「よろしくおねがいします」

早乙女先生は丁寧に頭を下げる。
彼女は飯田の向かいの席に座った。

「わからないことも多いと思います、いろいろ教えてくださいね」

早乙女先生はそう言って微笑んだ。
近くで見ると意外と小綺麗な感じ。
年齢は自分より10歳以上年上のようだが、こんな地味な格好をしなければ結構若く見られるのに
飯田圭織はそう思った。

「私、保田圭です。体育担当でA組の担任を持ってます。
で、こっちが飯田圭織、美術担当でB組の担任です」

保田圭は飯田の腕をぐいっと引っ張る。

「よろしくおねがいします」
飯田はちょっと照れくさそうに頭を下げた。

「校長から聞きましたが、問題児の多いクラスの担任だとか?」

「そうなんですよ!」

彼女の叫び声の大きさに、他の先生達から注目の的になってしまった。
まだ朝礼中だったのだ。
飯田圭織は真っ赤になって下を向いてしまった。

飯田は早速早乙女を教室に連れて行った。

「えー今日から、産休の石黒先生に代わってA組とB組の副担任として来て下さいました、早乙女志織先生です」

紹介された早乙女先生の顔を見たサキは、目を見開いた。

(五代さん……!?)

いつものブランドの黒のスーツ姿でなく、地味なブラウス姿。
髪も適当に束ねただけだが、アゴにあるホクロは五代陽子のものに間違いない。
そう言えば、彼女は”五代陽子”という名前は本名ではないとか言ってたっけ……

彼女はサキの視線に気がつくと、ほんの少しだけ目を細めて答えた。

(学校まで来るなんて、どういうつもりなんだか……)
都内某所、とある高級マンションの最上階。神狼会本部……
高橋の前に一人の男が立っていた。
与党上府論党幹事長の寺田だ。

「どう?私の言ったこと本当だったでしょ?」

「信じられない、あの不利な状況下で、一体どんな魔法を使ったんだ?」

「それは教えられないわ、まあこれであなたの顔も立ったって事ね」

高橋はまるで同級生の友達に話すように言う。
相手は毎日ニュースに登場するくらい、日本の政治を動かしている男だというのにもかかわらずだ。

「じゃあ今度の統一地方選も頼みます」

寺田はニヤニヤしながら頭を下げた。

「それはどうかなー」

「何!?」

「鱧兄党さんがねー、倍額出すって言ってんのよ」

高橋はちょっと悪戯っぽく笑った。

「ちょっと待った、今回の知事選の話は統一地方選も含んでということになっていたはずじゃないのか!」

「うん、そうなんだけどねー、数億円くらいの上乗せ程度なら断ったんだけどねー
倍出すって言われちゃー、断る訳には行かないじゃない?」

「貴様!」
寺田は普段テレビのニュース映像で見せる穏やかな人気政治家の顔から一変、どす黒い裏の世界も押さえる男の顔に豹変した。
こんな小娘に良い様に扱われている憤りが露骨に表情に出る。

「鱧兄党さんも必死みたいでねー、絶対当選するんなら上府論党さんの倍額出してでも安いって言ってくれてるんだー」

「この小娘が、人の足元を見やがって」

寺田の握りしめた拳がわなわなと震えている。

「あんたなんか勘違いしてんじゃない?」

そんな寺田を見下す様に、高橋は冷たく言った。

「あの絶対不利と言われた都知事選で上府論党の候補が当選したのよ?
その逆もできるって考えない?
びっくりするわよー、世間が誰も上府論党さんに投票しなくなったら。
私もね、そこまでひどい事はしようと思ってないのよ。
ただ、それをしない代わりにもらったお金は返さないって言ってるだけなのよ。
安いもんじゃない?」

「いったい何億出せばいいんだ」

「あら、気が変わったの?」

「すぐには答えが出せない、追って連絡する」

そう言うと、寺田は踵を返した。
荒々しくドアを開けると、梨華と真里が驚いた顔で立っていた。
寺田は二人を無視して、黒服の男にずかずかと歩み寄った。

「山崎、これはどういうことだ!!」
寺田はその男の胸ぐらを掴んだ。
しかし山崎と呼ばれたその男は、表情を変えずに寺田の手をふりほどいた。

「どういう事だ山崎。お前ほどの男が、
かつて政界の影の実力者とまで言われた男が、なぜあんな小娘に振り回されているんだ」

「愛様の話は脅しではありませんよ。
それはこの前の知事選でも証明されたし、現にこうして私も愛様に従っているのです」

「人の心を操るという話のことか?」

山崎は黙って頷く。
かつて自分も一目を置いていた男の変わり果てた姿に、寺田は背筋が寒くなるのを感じた。

寺田は山崎を若い頃からよく知っていた。
あれは、20年近く前になるだろうか。

当時、日本の六大財閥の一つ海槌財閥の総帥であった海槌剛三の顧問弁護士、それが山アだった。
財界には強い発言力のあった海槌剛三だったが、残念なことに政界に対してはあまり強いパイプを持っていなかった。
政界に強い影響力を持つため、海槌は海槌グループ傘下の学校法人を中心とした全国の学園支配をもくろむ。
自分の影響下に置いた生徒を毎年社会に送り出す事で、それまでに全くない新たな組織票の基盤を作ろうとしたのだ。
計画自体は剛三の3人の娘が実際の遂行に当たっていたが、それはあまりにも本来の目的からかけ離れた物になってしまっていた。
海槌財閥の政界進出が目的だったのが……それがいつの間にか「学園支配」だけが目的になってしまっていた。
そして、海槌剛三の野望は志半ばにして頓挫する。
自らの過去の殺人を記者会見会場の記者たちに丸聞こえの場所で告白するという失態を犯してしまったのだ。
剛三は自殺、3姉妹の長女は傘下の薬品工場の爆発事故現場から遺体で発見され、次女、三女も逮捕された。
山アは、崩壊した海槌家の資産と財界のパイプを利用して、鎌倉の「信楽老」に近づきその息子の若い天才的な指導者、信楽恭志郎をそそのかして「青狼会」を作らせる。
「信楽老」とは、本名は勿論、莫大な財力の出所すら一切の情報のない謎の権力者。長年日本を影で操ってきた大物だった。
恭志郎は「信楽老」の後盾を利用して、海槌家がやろうとした「学園支配」を完成させようとした。
しかしその組織も長くは続かなかった。
勢いづいた恭志郎は親である「信楽老」を倒して実権を握ろうとして、逆に殺されてしまったのだ。
そしてその「信楽老」自身も「鬼怒良の秘宝」という「不老不死の妙薬」の秘密にとり憑かれ、逆のその「秘宝の呪い」なのか何者かによって命を奪われる。
山アはまたしてもそこで「信楽老」の残した財産を自分の物とする事に成功している。

一般には決して知られることのない影の実力者「信楽老」の死亡は、日本の影の権力構造を大きく一変させた。
もっと影の存在、日本でもその存在を知るのはごくごく一部という「忍者」
そしてその中でも、もっとも暗部を支配してきた「陰」と呼ばれる組織が暗躍を開始したのだ。
しかも「陰星」と呼ばれる180年に一度現れるという凶星の出現も手伝い、「陰」の忍者はその勢力をのばした。
結局はその「陰」も別の「忍者」の手によって封ぜられ、日本の影の権力騒動は鎮静化を見せた。

山アはその「忍者」の存在に脅え、「信楽老」の後釜に自分が座ろうとはしなかった。
そんな山アに声をかけて、上府論党に入党させたのが寺田だった。

その後山アは資金力で政財界に圧倒的な力を持ち、その地位を確固たるものとした。
信楽恭志郎の下で働いていた、元「青狼会」の残党を集め、新たに「神狼会」という組織も作った。
かつての「信楽老」ほどではないが、確実にその力を伸ばしつつあったのだ。
しかし、山アは3年前に突然行方不明となり、「神狼会」は「愛様」と呼ばれる謎の少女を新たに総帥として迎えていた。
******************************

「愛様、どのように対処するおつもりで?」

寺田幹事長が帰った後、山アは訊いた。

「何もしなくていいわよ
上府論党が負けたら鱧兄党のせいだと言えばいいし
鱧兄党が負けたら上府論党のせいだと言えばいい
あとはお互いにうまいこと言っておけばいいのよ」

「……」

「どちらの政党が勝っても負けても、日本が変わる訳がないわ
それなら、搾り取れる方からお金を搾り取った方が得じゃない?
要はお金
どっちが日本の政治の実権を握るとかそんなの興味ないわ 
でも豊富な資金があれば何だってできる
そうでしょ?山崎」

山アは黙って頷いた。

続く……