黒髪石川について

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471辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
「にぃちゃん!にいぃちゃんれす!」
「のん!」
「うちもいるでぇ〜」
「あいぼん!奈良から?」
「そや、おとんが目ぇ覚めたてじっとしてれんわ!」

改札口を出ていきなりの歓迎に、ひさしぶりに心からの笑顔が出た。
二人ともとっても元気そうでよかった。肌もピチピチで…胴回りも…

「っていうか、二人とも太ってないか?」
「あー言ってはいけないことを言ってしまったのれす」
「たくさん食べさせてもらってるんだ」
「しゃーないやろ。今まで我慢してた分、栄養取らなあかんかってん」

トメコは人目につかない様、直接病院に向かうらしい。
僕達は三人でまた昔みたいに手を繋いで病院に向かった。

「でもね、びっくりしたよー。姉ちゃんがアイドルなってんの」
「ののも、ののもー。CD買っちゃった」

そりゃ驚くだろう。知らない間に姉がアイドルになってるのだから。
472辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/16 16:30 ID:+flIgbnn
病院でトメコと合流し病室へ。感動の再会ってやつだ。
まだベットから起きることはできないけれど、一徹は三人の娘を順に抱きしめた。
それからトメコとのんとあいぼんは色んな話をいっぱいする。
一徹は、養子の話のときは少し寂しそうな顔をした。
だけど自分で責任を感じているのか、何一つ文句は漏らさなかった。
トメコがアイドルになった話は流石の一徹も目を丸くしていた。
のんがゴマキ、あいぼんがあややの振り真似して三人で踊って見せる。
僕はそれが妙におもしろくて爆笑した。一徹も苦笑していた。
でもその後ウルサイって看護婦さんに怒られたけど。
ひさしぶりの家族の団らんは日が暮れるまで続いた。

「じゃあ、お父さん。そろそろ行くね」
「早く良くなって遊び連れてってやー、おとん」
「一徹、のんは家近いから毎日お見舞い行くれすよ」

トメコ姉妹が立ち上がる。僕も後に続く様に立ち上がると一徹に呼び止められた。

「私が居ない間、娘達を守ってくれて、ありがとう」

僕は驚いた。あの頑固な一徹の口からそんな言葉が出るとは。
でもそれで何だか救われた気がした。僕がしてきたことは間違いじゃなかったと。
473辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/16 16:31 ID:+flIgbnn
病院を出た僕達4人は夕食にすることにした。

「それじゃあ高級レストランで食事しよっかー」
「うわ〜い!」

トメコの提案にのんとあいぼんは大はしゃぎする。
テーブルを埋め尽くす程の豪勢な料理の数々。
3人で一杯のかけそばをすすっていたあの頃とは、まるで別世界だ。
一体どれだけの額になるのか心配したけど、トメコは事務所のツケであっさり済ませた。
お腹がパンパンになるくらい堪能した後はトメコのマンションに向かう。

「すっごーい広〜い!まるで芸能人の部屋みたいなのれす」
「いや芸能人やろ。あ〜このソファふかふかや〜」

部屋の数もその広さも、とても一人暮らしとは思えない豪勢さであった。
三畳一間に三姉妹が固まって寝ていたあの部屋とは天と地の差。
改めて、トメコがどれだけの待遇を受けているかわかった。

「今日はみんな泊まってくよね。それから明日、私の仕事見に来る?」
「いきたい!」「いきたいのれす!」
474辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/16 16:31 ID:+flIgbnn
翌日、トメコは朝からテレビの仕事が入っていた。
僕はのんとあいぼんと共に、トメコの関係者ということで特別に局内へ入れてもらえた。

「のん!兄ちゃん!見てみぃ!まりあやで!」
「ふわぁ!後藤真希ちゃんらー。ほんものなのれす」
「あややもいるで。顔ちっちゃ〜い」

あいぼんとのんは完全にミーハー化していた。
かくいう僕も似た様なものだ。見たこともない世界にただ騒ぐしかできない。
スタジオ隣のガラス越しにある世界があまりに遠く…。

「あっ、ねいちゃんれす!」
「うわぁ〜きれえ〜」

メイクをして衣装に着替えたトメコがスタジオに入り、後藤真希と松浦亜弥の間に立つ。
あの二人に挟まれてもまるで見劣りしない。むしろ一番輝いてさえ見える。
(あれが本当にトメコなのか!?)
堂々とした立ち振る舞い、怖いくらいの美しさ、テレビで見るのとは全然違う。
オーラが出ていた。僕の様な一般人とは違う。アイドルスターのオーラ。
ガラス一枚へだてたすぐ近くにいるのに、絶望的な距離を感じた。
475辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/16 16:42 ID:+flIgbnn
あれは僕の知っているトメコじゃない…。
石川梨華という国民的スーパーアイドルなんだ。

トメコは自分の力で成長して、オーディションを合格して、アイドルになった。
いい部屋に住んで、きれいな服を着て、おいしい料理を食べる。
全部、トメコの力で叶えたこと。
トメコにとって僕はもう何の必要もない存在…。

のんもあいぼんも幸せそうに暮らしている。一徹も目を覚ました。
僕の役目は終わったんだ。
「娘達を守ってくれてありがとう」って一徹に褒められた。それだけでいい。
トメコを守りたかった。ただそれだけの気持ちで頑張ってきたんだから。
見返りが欲しかった訳じゃない。恩を受けたかった訳じゃない。
トメコが幸せになってくれれば、僕はそれだけでいいんだ。
これ以上関わるのはむしろトメコの邪魔になるだけ…。もう僕はいらない。

さよなら、トメコ…。
さよなら…。

第九話「アイドルトメコ」終わり