黒髪石川について

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451辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
第九話「アイドルトメコ」

商店街にジングルベルが鳴り響く。
今年もまたこの季節がやってきた。
去年のクリスマスは色々あったけど、だけどとっても幸せだった。
僕は足を止めた。大型モニターにクリスマススペシャルライブの模様が中継されている。
去年僕の隣にいた子が、今はこのブラウン管の向こうで笑っている。

「後藤真希でーす!」
「松浦亜弥でぇ〜す!」
「い、石川、梨華、で、です!」

この冬、ついに始動したスーパーユニット真梨亜(まりあ)
デビュー曲がいきなりのミリオン。現在もチャートの1位を独走している。
紅白を含めた年末の特番に数多くの出演が決まってる。
まさに分刻みの殺人的なスケジュールで3人は動き回っていた。
それに加えてトメコは、二人に追いつく為のボイトレやダンスレッスンもこなしている。

「合格者は…石川梨華!!」

合格発表されたあの日から、僕は一度もトメコに会っていない。
会えるはずもない。トメコは休日どころか睡眠さえままならない暮らしを送っているんだ。
452辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/12 18:05 ID:Z0jILTXd
「よっ、どした?元気ないじゃん」
「…別に」

家路へとトボトボ歩いていると、幼馴染でクラスメイトの圭織が声を掛けてきた。
元気がないのは事実だった。どうやら彼女に隠し事はできないらしい。

「ちょっと寂しいな…って」
「トメちゃん?何言ってんのさ。あんたが応募したんでしょ」
「それはそうなんだけど」
「落ちた人達に悪いよ。もっとも藤本は諦めてないみたいだけど…」
「え?」
「あの後事務所から連絡来たんだって。今回は落選したけどレッスン受けてみないかって」
「へーそうなんだ。よかった。美貴、小さい頃からの夢だって言ってたし」
「うん。まぁでも寂しいってのも仕方ないか」

圭織が後ろを振り返る。それに合わせて僕も振り返る。
坂の向こうに町が一望できる。僕とトメコが住んでいた町。
今やこの町からトメコの足跡は完全に消え去っていた。
合格と同時にトメコは仕事の為、東京のマンションへと移らされた。
一徹も東京のもっと大きな病院に移され、そこで手術を受けているらしい。
あの三畳一間も、その前のアパートも、今はからっぽである。
453辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/12 18:05 ID:Z0jILTXd
「ねぇ、笑って」
「え?」
「あんたがそんな顔してると、頑張ってるトメちゃんも悲しがるよ」
「…え、うん…そっか、そうだな」
「よし!」
「ありがとう圭織、ちょっと元気んなった」
「ほおんと面倒かかる、弟みたいな子ね」
「弟かよ!」

学校は冬休みに入るが、僕達受験生にはそんなの関係ない。
大晦日はこたつに入り参考書を開きながら、紅白を見た。
トメコはどんどんきれいになっていく。
正月の特番なんかでトメコの姿はほとんど毎日見かけることができた。
僕もトメコに負けず頑張ろう。そんな気持ちでノートにペンを走らせる。
今まで生きてきた中でこれだけ集中して机に向かうのは、初めてかもしれない。
休み明けの学校、ひさしぶりに見かける仲間達の顔。
圭織は名門の女子高、矢口さんと美貴は近所の公立を受験するらしい。
安倍さんは僕と同じで隣町の三流高。(彼女、意外に頭悪いんだな。人のこと言えないけど)
受験勉強もラストスパートに入る。
だけどトメコのことを考えない日なんて一度もなかった。
高校に合格したら、誰より一番にトメコに伝えたいと思っていた。
454辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/12 18:06 ID:Z0jILTXd
ある日、帰宅すると家の前に高級タクシーが一台停まっていた。
僕は訝しげに思いながら、その脇を通り過ぎる。
すると車の扉がいきなり開き、中からあの甲高い声が届いた。

「ひさしぶりぃー!」

色黒の華奢な体が僕の胸に飛び込んで来たのだ。
その声、その顔、その黒さ、見間違えるものか。
この一ヶ月、会いたくて会いたくて仕方なかった僕の大切な…。

「トメコォ!!」

名前を呼ぶとトメコは僕の胸からゆっくりと顔をあげる。
間近で見て僕はその美しさに息を呑んだ。鳥肌すら立った。
元々きれいだったけれど、少しのメイクとセットだけでこれほど変わるとは。
いつも同じセンスのない服を着て、暗い表情を浮かべていたあの頃とはまるで別人。
まぎれもなく、今日本中の男を魅了するスーパーアイドルだ。
そのスーパーアイドルが僕の腕の中にいる。夢じゃない。
455辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/12 18:10 ID:Z0jILTXd
「お仕事が突然キャンセルになってね。それで少し空き時間ができたの」
「それでわざわざ東京からここまで?」
「うん、だって逢いたかったんだもん。ずっと連絡もできなかったし」
「僕も会いたかった。寂しかったよ…トメコが僕を忘れたんじゃないかって」
「何言ってるの?私が君を忘れる訳ないじゃない!」

堪らなかった。彼女がそんな顔で、そんな台詞を、僕の為に…。
人目もはばからず抱きしめたい欲望をなんとか抑え、家の中へ入ろうと誘った。
両親は仕事、兄弟は学校で、家にはまだ誰もいなかった。
僕とトメコの二人きり。僕は緊張している自分に気付いた。
(何緊張してるんだ?トメコと二人きりなんて今まで何度だってあったじゃないか)
自分の部屋に入ると僕はベットに座る。トメコもすぐ隣に座る。
自然と僕達は互いの顔を見詰め合っていた。ちょっと動けば触れてしまいそうな距離で。
話したいことがいっぱいある。聞きたいことはもっとある。
なのにそのどれも言葉にならない。
話す時間も惜しいくらい、トメコを感じていたいと思った。
テレビの中、手の届かない距離で輝き続けるトメコの、その美しい顔立ちを…
上手にセットされた黒髪を…宝石のような瞳を…濡れた唇を…華奢な手足を…
トメコの全てを…このままずっと感じていたいと思った。
誰にも渡したくない、自分だけのモノにしてしまいたいと。
456名無し募集中。。。:03/07/12 18:35 ID:XKvb6O3t
乙!
ハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!!!

いよいよ>>277と繋がってくるあたりなのね