「他の子は全員できたぞ!どうしてお前だけ歌えないんだ!」
ブラウン管の中で、歌の先生がトメコをきつく叱り付ける。
美貴は課題曲を堂々と歌いきった。
市井さんは自分流にアレンジする余裕すら見せている。
高橋さんは最初つまづいたが、メキメキと上達している。
福田さんは歌唱力を絶賛されただけあって、歌の課題を一発でクリアした。
トメコだけがほとんど歌えないままだった。
廊下に居残り、泣きながら反復練習を続ける。
どうしてもこのキーが出ない。
どうしてもここのリズムを取ることができない。
歌以外にもダンスや演技の課題がある。
その合間合間を見て、とにかく歌の練習を続けた。
トメコは必死でがんばっていた。
僕はテレビの前で、泣きながら歌うトメコを応援することしかできなかった。
歯がゆくて歯がゆくて、仕方なかった。
トメコはたった一人でこんなに頑張っているのに、何もできないことが。
「頑張れ、トメコ」
最終審査は3泊4日の合宿オーディション。
その模様は生放送で毎晩スペシャル番組として放送される。
それだけでもこのオーディションがどれだけ注目されているかが分かる。
視聴率も日増しに伸び、ついに30%の大台に達したそうだ。
巷では合格者トトカルチョで賑わっている。
トメコだけ倍率が高く、他の4人はほぼ横一線らしい。
(みんなトメコの気持ちも知らず、勝手なことばっかり言って…)
三日目の夜、いよいよ明日が合宿最終日、課題発表の日である。
トメコはたった一人、歌の先生に呼び出され居残り練習を受けていた。
しかし依然としてトメコの歌は上達しないままだった。
喉も枯れ果てて声が出なくなり、歌の先生は仕方なく居残り練習を終えた
「石川君。君は何で歌ってるんだ?」
「何でって…喉と口で」
「それじゃダメだ。大切な誰かの為に歌ってみろ」
「大切な…」
「気持ちが入ってりゃ下手でも上手く聞こえる。唄ってのはそんなもんだ」
「…」
「はい、これでレッスン終了。明日がんばれよ」
鬼の様だった歌の先生は、最後にいいこと言って去っていった。
それから他の4人の状況を順に映し、放送は終わった。
トメコがどう思ったのか、僕には知る術もない。
最終日のテレビ放送が始めるまで悶々とした時間を過ごす。
そのとき突然、家の電話が鳴った。
家族は皆出かけていたので僕が出ると、愛しいあの高い声が聞こえた。
「もしもし、君なの?あーよかった。家にいなかったらどうしようって…」
「トメコ!」
「合宿所の電話を借りてるの。あのね、これから発表なんだ」
「うん、ずっとテレビで見てたよ」
「本当に?なんか恥ずかしいな。あんまり見ないでよぉ」
「ヤダ見まくる」
「もぅ、いじわる」
「へへっ…それより歌の方、大丈夫なの?ずっと居残りで…」
「多分。ほら、昨日先生にアドバイスもらって」
「大切な誰かの為にってやつ?」
「きっと阪神の為に歌ってたから、六甲おろしは上手に歌えたんだと思う」
「そうかな〜?」
「だから発表のときも、大切な人の為に歌えば…あ、いけない。もう時間」
誰の為に歌うのか?聞きたかった。だけど無常にも時間は来た。
「じゃあ切るね」
「ああ、がんばれよ!」
「うん、声聞けて良かったよ」
ガチャン。ツーツーツー…
電話の音が、何故かいつまでも耳に残った。
オーディション最終日の放送が始まる。
なんとプロデューサーすんく氏までが、合宿所にやってきた。
最終候補者の5人が並ぶ。流石にみんな顔つきが緊張している。
まず課題演技の発表。
トメコは棒読みだったが、他の子も素人なのでそんなに差はなく見える。
次に課題ダンスの発表。
他の子より練習時間が少なかった割に、トメコは見事にこなしていた。
そして最後に問題の課題曲発表である。
市井さんが明るく元気に歌う。気に入ったのかすんく氏は指で丸を連発していた。。。。。
次に美貴が歌う。その姿はもうアイドル歌手そのものだった。
テレビで彼女の姿を見ていると、修学旅行や海水浴の想い出が蘇ってきた。
(こんな素敵な子に僕は…信じられないな)
(だけど僕はトメコを選んだ。トメコを守るって約束したんだ…)
(トメコは絶対に負けないからな、美貴)
高橋さんが歌う。動くたびに長いストレートの黒髪が揺れる。
ビジュアル、歌、ダンス…美貴と並んで完璧に近い位置までいる。
この合宿で一番成長したな、とすんく氏は褒めていた。
福田さんが歌う。すんく氏やスタッフから溜息がこぼれた。
圧倒的な歌唱力。しかし本人は大したことではないと言いた気に表情を変えない。
(こんな歌声の次に、トメコか…)
いよいよ最後はトメコの番である。
結局、昨日までのレッスンでは一度もまともに歌いきることはできなかった。
トメコがおずおずと前に出る。緊張がテレビ越しにでも伝わる。
(くそっ、トメコの苦しみを少しでも僕に分けることができたら…)
「えっ?」
流れてきた心地よいメロディ。どこか胸をくすぐる様な声の旋律。
決して上手と言い切れるものではない、だけど歌えている。しっかりと歌えている。
(大切な誰かの為に歌う気持ち…)
僕は感動していた。あんなに下手で、怒られて泣いてばかりいたトメコの歌に。
努力と、諦めない心、そして強い気持ち。それで人は確かに成長できるのだということ。
僕のいない場所で…たった一人で…トメコは成長したのだ。
こうしてオーディションは終了した。
合宿から帰ってきたトメコに、僕はいの一番で会いに行った。
たった4日会ってないだけなのに、トメコがまるで見違えて映った。
そして最終審査から一週間後、ついに運命の合格発表の時が来た。
スタジオに5人は再び集まる。
そこには後藤真希、松浦亜弥の両名も姿を見せた。
「なんかこっちが緊張するなぁ〜」
「ドッキドキですぅ〜。でも楽しみぃ〜♪」
市井紗耶香。藤本美貴。高橋愛。福田明日香。そして石川梨華。
合格者はたったの一人だけ。
プロデューサーすんく氏がスタジオに登場。
彼の口から、その一人が発表される。日本中が注目するその名が…。
「合格者は…!!」
第八話「奇跡のオーディション」終わり