「トメコごめん、阪神じゃないんだ」
「えっ?」
これ以上、騙し続けることに限界を感じた僕は真実を述べることにした。
トメコの名で勝手にアイドルオーディションを応募したこと。これまでの行動の訳。
ところが、それを聞いたトメコの反抗は僕の予想を覆すものだった。
「なあんだ。どうりで何かおかしいと思ってたんだよねぇ」
「ごめん。トメコの気持ちも考えないで勝手に…」
「何で?君は私を思ってしてくれたんでしょ。嬉しいよ」
「…トメコ」
「それに凄いじゃない私。いつのまにか三次審査なんてさ」
「でもここからは…。他のみんなは僕達と違って凄い覚悟で望んでいるから」
「覚悟もないくせにここまで来た私達の方が凄くない?」
「!」
そのポジティブな考えに僕は驚いた。
これまで絶望に顔を落としていたトメコと同一人物とは思えないくらいの変化。
希望だ。アイドルになればまた元の家族と暮らせるという希望が、彼女を変えたんだ。
「次、石川梨華さん」
審査室からトメコの名前が呼ばれる。ついに順番が回ってきた。
内容は歌とダンスと、希望動機等を語る面接だ。
ここからはもう僕は何もできない。すべてトメコ次第である。
「ありのままの私を見せるよ」
微笑んで、トメコは審査室へと消えていった。
その華奢な背中を見ていると、何故か彼女が遠くの世界へ行ってしまう気がした。
(何を考えているんだ僕は…トメコがアイドルになることを望んでいるんだろ?)
審査を終え部屋から戻ってきたトメコは、いつものトメコだった。
「えへっ、踊りは自信あるの。でも歌はほんのちょっと失敗しちゃった」
少し照れながら、屈託のない笑みを浮かべるトメコ。
(ほら、変わらない。どこへも行かない。いつもと同じ、僕のトメコだ)
こうして17人全員の審査が終了した。
休憩を挟み、最終審査へと進む娘が発表される。運命の刻。
「1人目、市井紗耶香」
にわかに注目が、ショートカットの女性に集まる。
やや年上、女子校生だろうか。明るくかわいくポップな印象を受ける。
三人組ユニットの中央に置かせたら大ヒットしそうな逸材だ。
「2人目、藤本美貴」
その名が呼ばれたとき、まるで自分のことの様にドキッとした。
やっぱりという声がアチラコチラで聞こえる。他の候補者も注目していたんだ。
確かなビジュアルに歌唱力、まちがいなく合格大本命の一人だろう。
美貴は嬉しさを堪える様に、唇を噛んでじっと押し黙っていた。
「3人目、高橋愛」
雷音の様な歓声が響く。振り返ると、高橋と付き添いの友達連中が大騒ぎしていた。
17人の中では最年少だが、最も正統派アイドルとしての資質を感じる。
まるでもう合格したみたいに友達3人とお祭り騒ぎだ。
(でもあの4人組、どっかで見かけたことあるような…気のせいか)
「4人目、福田明日香」
彼女は候補者の中でもダントツの存在感を放っていた。
自分の名が呼ばれても、まるで他人事みたいに表情を変えない。
その歌唱力を審査員達はこぞって絶賛していた。
(同い年なのに、まるでトメコと対極に位置するなぁ)
「5人目、石川梨華。以上」
(そうか五人目は石川梨華さんか…って、えっ?)
(たしかトメコの苗字は石川で、トメコの名前は梨華だった様な…)
ハッとした僕は隣に立ち尽くすトメコを見た。トメコも僕の方を見た。
何が起きたのか信じられない顔をしている。本当に最終審査に残った?
夢なんかじゃない。奇跡でもない。トメコがやった!やったんだ!
「やったー!!」
僕達は嬉しさのあまり抱き合って叫んだ。
のんとあいぼんと一徹を救うことが、現実味を帯びてきた。
あと一つ。あと一つでアイドルなんだ。
最終審査に進む5人の発表はテレビでも放送された。
翌日の学校は大変な騒ぎとなった。
なんといっても同じクラスから二人も候補者が出たのだから。
「藤本もトメちゃんも凄いやねー。ここまで来たら二人とも合格だ!」
「いや圭織、それは無理だべさ」
「ちぇー。あんた達程度でいけるんならおいらも受けときゃ良かった」
「矢口は身長制限で引っかかるんじゃない」
「あーそっかぁ!…って何だとぉ!圭織ぃ!!」
矢口さんや安倍さんや圭織はともかく、
今までトメコを避けていた人たちまで急に態度を豹変して、皆がチヤホヤしだした。
「俺は昔からトメコはのファンだったんだぜー」
「受かったら、ゴマキとあややのサインもらってきてくれぇ」
もう違う世界の人みたいな目で見られている。それは美貴に対しても同じだ。
本当のアイドルになってしまったら、一体どうなるのだろうか?
(…また気の早い心配をしている。次が一番大変だってのに)
あんな凄い四人を相手に…。付き添いもできない、完全にトメコ一人の戦いとなる。
最終審査は泊り込みの合宿オーディションである。