最初にまず写真同封の書類審査があるらしい。
僕はトメコに話さず、勝手にトメコの書類を作ることにした。
生年月日も、身長体重も、住所も、家族構成も、トメコの事で知らない事なんてない。
アルバムから一番かわいく写った(どれもかわいいが)写真を探しだす。
完成した書類を改めて見直し、あて先に投函した。
(だめで元々、落選なら黙ってればいい。だけどもし…もしこれが通ったら…)
翌日の学校は、その話で持ちきりだった。
ゴマキとあややのスーパーユニット。そして史上最大のオーディション。
クラスの男子達は勝手に浮かれ、女子達は私もなんて騒いでいる。
トメコはこの日、仕事で学校を休んでいた。僕は放課後アパートに立ち寄る。
僕はあえてその話題を出すことはしなかった。トメコの方からもしてこない。
多分、彼女は知らないのだろう。テレビもラジオも何もない部屋だし。
トメコは相変わらず偽りの笑顔で、元気がなくなってきているみたいだった。
(こんな暮らしがあとどれくらいもつだろう…?変えるから…変えてみせるから)
それから半月ほどしたある日、トメコの家に一通の封筒が届く。
中には二次審査の案内状が入っていた。
「ねぇ、これ何だろう?」
僕は焦った。トメコの住所で書いたんだからトメコの家に届くの当たり前だ。
でも彼女はいまいち良く分かってないみたいだった。そりゃそうか。
封筒の中身を見せてもらうと、二次審査では歌を唄ってもらうとあった。
(歌?トメコの歌?)
そういえば僕はトメコの歌声を聴いたことがない。
(肝心なこと忘れてたなぁ。でもアイドルなんだし、ある程度唄えれば別に…)
僕は適当に言い繕いトメコをカラオケに誘うことにした。そして考えの甘さを知る。
「とぅーきーにぃやぁーひとーぎゃ♪」
夢の階段がガラガラと崩れ落ちる。トメコはありえない程歌が下手だったのだ。
いや、きっとこの唄がトメコに合わないだけで、他の歌なら…。
「トュ、トュ、トュラニュラ、テューリャーヒャー♪」
どこをどうすればそんなになるか問い詰めたくなる程、脅威的音痴であった。
(そうだよな、世の中そんな都合いい話は無いよなぁ…)
僕は半ば諦めモードで、トメコに尋ねた。
「これは十八番だ…って歌ある?」
史上最大のオーディション、なんと応募総数が三万を越えたらしい。
そして二次審査に進むことができたのは、1%にも満たないたったの282人。
東京の特設スタジオにて、それがさらに絞り込まれることになる。
僕はまた嘘を付いてトメコを会場まで連れていった。
電車の中、ちょっとデート気分でトメコは嬉しそうにしていた。
これからやることも知らないで…。
「六甲おろしに〜颯爽と〜♪」
これが、トメコが唯一まともに唄える歌だった。
審査の人達の唖然とした顔が忘れられない。終わった。
「新庄、オマリー、パチョレック…」
帰りの電車で嬉々として語るトメコ。一徹の影響で小さい頃から阪神ファンだったそうだ。
阪神サポーターガールオーディション、という無茶苦茶な嘘を付いてトメコを連れて来た。
それも何故か東京で…。しかしトメコは全く疑おうとせず気持ちよく歌って帰った。
アイドルオーディションで「六甲おろし」。間違いなく終わった。
ところが数日後、奇跡は起きる。
二次審査通過の知らせ、そして三次審査の案内状が届いたのだ。
(このプロデューサーは一体何を考えているのだろう…)
甚だ疑問に感じたが、このチャンスを逃す訳にはいかないと感じた。
僕はトメコを連れて第三次オーディション会場へと乗り込んだ。
三次審査は歌に加えてダンスも見るらしい。
282人がすでに17人にまで絞り込まれている。
やはりここまで残るくらいだから、どの子も可愛くて、歌も上手だ。
(特に一番奥のあの子…凄い上手いなぁ…って、あれ?え!)
「美貴っ!」
「っ!!…お前、トメコも!何してんの?」
「そっちこそ…」
「嘘でしょ」
美貴だった。アイドルなんかとは一番縁遠そうな美貴がそこにいたのだ。
このオーディションに出てるなんて、学校では一言も言ってなかったくせに。
僕と同様に美貴も驚きを隠せない様だ。明らかに動揺している。
「まさか、お前達もここまで残ったのか?」
「僕はトメコの付き添い。トメコを合格させるんだ」
「そう…なんだ」
美貴は僕とトメコの顔を交互に見て少し考え込んだ。
やがていつものきつい眼差しに戻り、決意のこもった言葉を返す。
「合格するまで秘密にするつもりだったんだけど…仕方ないね。
夢だったんだ。小さい頃から…。だからこれだけは譲れない、負けないよ」
美貴が競争相手になるなんて、夢にも思わなかった。
審査が始まる。一人一人順番に名前が呼ばれ個室へと入ってゆく。
そして美貴の番が来た。僕は彼女の歌声を聞く為に個室のドアに近寄った。
また驚いた。上手かった。美貴がこんなに歌えるなんて知らなかった。
(そういえば彼女は修学旅行のとき後藤真希のCDを持っていたな)
(ずっとずっと練習していたのか?いつか本物のアイドルになる為に…)
後藤真希と比べても、松浦亜弥と比べても、まるで遜色ないアイドルに見えた。
(決意が違う…。騙し騙しでここまで来た僕とトメコとは…)
美貴だけではない、ここにいる他の娘全員がそれだけの覚悟で臨んでいるんだ。
敗北感が目の前を覆う。場違いな場所に来てしまった気がしてきた。
そんな僕の苦悩も知らず、トメコはのん気なコメントを吐く。
「藤本さんも…阪神ファンだったんだぁ…」