黒髪石川について

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411辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
幕間A「辻と加護」

「東京の辻さんと奈良の加護さんかー。なぁのんはどっちの家がええ?」
「ろっちれもいいのれす」
「いつまですねとんねん。自分で決めたことやろ」
「じゃあ加護さんれいいのれす」
「加護希美かぁ。うちは辻亜依になるん?変な感じやね」
「かろのろみ…れすか」
「言えてへんで」
「やっぱり辻さんにするのれす」
「言うてみ」
「ついののみ。言えたのれす」
「いや言えてへんて」
「いいのれす。ディズニーランドがあるから東京がいいのれす」
「ディズニーは千葉やで。まぁええわ。うちも関西行ってみたかったし」
「決まりれすね」
「そやな。これでもう石川亜依とはお別れや」
「バイバイ、いしからのろみ」
「それも言えてないんかい!」
412辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/03 22:01 ID:XsHYj1Wj
第八話「奇跡のオーディション」

夏の終わり、のんとあいぼんが遠い町へ行ってしまう。
最後にトメコは二人をギュッと抱きしめた。
のんも、あいぼんも、トメコも、ずっとずっと泣き続けた。
迎えに来てくれた辻さんと加護さんのご両親はそれをずっと待っていてくれた。
優しそうな人たちでよかった。
この人達ならきっと、のんとあいぼんを大事に大事に育ててくれるだろう。
トメコは二人の顔を交互に見渡し、別れの言葉を述べた。

「元気でね。わがまま言って向こうの家族を困らせちゃダメよ」
「うん…」
「へい…」
「何かあったら電話でも手紙でもいい、いつでも頼ってきて。
 たとえ住む場所が違っても、苗字が変わっても、あんた達は私の妹なんだから」
「姉ちゃん!」
「ねいちゃん!」

車に乗り込んでも、二人はずっと泣き続けていた。
僕は彼女達を乗せた車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
413辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/03 22:02 ID:XsHYj1Wj
(あいぼん!!)
(いつまで乗ってんねん!ええ加減どけぇ!!)

二人と出遭った時のことが、頭に浮かび上がってきた。

(なんやこいつ、姉ちゃんのクラスメイトか)
(もう少しらったのに…こいつのせいれ…)

最初は、口が悪くて生意気なガキどもだって思ってた。
でも段々と、本当は優しくて無邪気で家族想いな女の子だって分かってきた。

(なんかこうしてると家族みたいやなぁ)
(れすね。にぃちゃんが本当の家族らったらいいのに)

いつしか僕は二人を本当の妹みたいに思ってた…。
だけど僕は、そんな二人の無垢な気持ちを裏切ったんだ。

(にいぃちゃんはねいちゃんに付いていてあげて)
(うちらがいなくなった後、姉ちゃんのこと頼むで)

だからせめてのんとあいぼんの最後の、この約束だけは絶対に守り通す。
泣き続けるトメコを抱きしめ、僕はそう誓ったんだ。
414辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/03 22:03 ID:XsHYj1Wj
トメコから妹達を引き離したことが失敗だったと気付いたのは、それから一週間後。
二人分の生活費や教育費が減った分、トメコの負担は減り、働く量も減った。
学校へ来れる時間も少しづつ増えてきた。
だけど、トメコはあれから笑わなくなった。
いや笑顔を見せるときもある。でもそれは心からの笑顔じゃない。
周りに合わせて無理に作る、偽りの笑顔。
心配になって僕が聞いても…

「トメコ、大丈夫?」
「どうして?私は大丈夫だよ…」

あの偽りの笑みを浮かべて、消え入りそうな声でそう答えるんだ。
(ちっとも大丈夫なんかじゃない)
放課後、僕はトメコと一緒にトメコのアパートへ帰る。
あんなに狭かった三畳一間が、何だか広々と見える。
騒がしかったあの声たちが幻の様に、静寂とたまに電車の音だけ聞こえる部屋。
たった一人で、黙々と内職を続けるトメコ。
笑いもせず、怒りもせず、泣きもしない。ただ黙って生きるために手を動かすだけ。
(僕がトメコから奪ったのは妹達だけじゃなかった…)
後悔してももう遅い。他に道もない。どうすることもできないんだ。
僕はただ傍に居て彼女を守り続けるだけ。それすら正しいのか分からなくなっていた。
415辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/03 22:09 ID:XsHYj1Wj
「駅裏に新しいケーキ屋さんができたんやってぇ。ねぇねぇ言ってみない?」
「本当?愛ちゃん。でも私ダイエット中だしなぁー」
「もー里沙、別に太ってないじゃん。愛、私は行くよ。あさ美は?」
「…犯人はあの看護婦だ!」

道行く子供達は楽しそうにおしゃべりしている。

「あの…こんなのもらったんだけど、なっち、どうすればいいかわかんないべさ」
「…ってラブレターじゃん!うわっしかも隣のクラスでサッカー部のキャプテンの…」
「圭織ぃ嘘でしょぉ!ショック!おいら密かに狙ってたのにぃ…」
「あーでもアイツ、寝相悪いし足臭いからやめといた方がいいよ」
「…おい。何でそんなこと知ってんだ美貴」

クラスの皆も普通の学生生活を、普通に楽しんでいる。

「さぁ今日のゲストは超スペシャル!後藤真希ちゃんと松浦亜弥ちゃんだぁー!」
「こんばんはー後藤真希です」
「あややですぅ〜。よろしくお願いしますぅ〜」

テレビの中では、キラキラとした衣装を纏ったアイドルが笑っている。

みんな、みんな楽しそうなのに…トメコだけが、こんなに辛い目に合って。
416辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/07/03 22:09 ID:XsHYj1Wj
「さて、中高生のカリスマと呼ばれるスーパーアイドル後藤真希ちゃんと、
昨年大ブレイクして一気にトップアイドルに上り詰めた松浦亜弥ちゃん。
夢の競演という訳ですが、今日は何か重大なお知らせがあると?」
「そうなんですぅ〜。実はですねぇ〜」
「今までソロだったんですけど。今度私達ユニットを組むことになったんです」
「本当ですか!これは本当にビックニュースですね!」
「しかも三人組なんですよ」
「えっ?じゃああと一人は誰なんですか?」
「エヘヘへ〜。あややとぉ〜ごっちんとぉ〜あと一人はですねぇ〜」
「なんと!オーディションで一般募集するんです!」

ウトウトしながら聞いていたテレビの声に、僕はパッと顔を上げた。
司会者が驚き顔で何か叫んでいる。
『史上最大のオーディション大発表』という字幕がテレビの下方を流れる。
その後に流れる応募資格と応募方法。僕は急いでペンと紙を探しそれを書き写していった。
(アイドル…しかもヒット間違いなし…年収何千万)
(まさか…そんなの無理に決まってる…でも、だけど…)
(それだけお金があれば…一徹の手術代も…のんとあいぼんの養育費も…)
(トメコ…トメコなら…もしかして…)
夢みたいな話だってのは重々承知している。アイドルなんて夢みたいな世界だ。
だけどもう、トメコを救うにはこれしかない気がしたんだ。
(トメコをアイドルに!)