黒髪石川について

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356辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU
休日明けの教室にトメコの姿はなかった。
そして噂はクラス中に駆け巡っていた。

「トメッち、可哀想」
「うちらに何かできることないかしら?」

矢口さんや圭織が僕に尋ねてきた。
答えられなかった。今のトメコに僕等ができること?
ホームルームで中澤先生がトメコの家庭事情を語り、クラス中から同情の声があがる。
様々な意見が飛び交い、クラス全員がお金を出し合って援助しようという結論になった。
(僕にできること…お金…しかないのか)
クラスメイト達の気持ちが嬉しかった反面、なぜか寂しかった。

放課後の部活もなんだか身が入らない。
夏の大会、僕達三年生にとっては最後の舞台が近いというのに。
居残り練習するチームメイトを尻目に、僕は早々と切り上げた。
生徒玄関で靴を履き替え踏み出したとき、後ろから声を掛けられた。

「よお」
「…藤本さん」
357辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/23 18:13 ID:TYJqRTIe
藤本さん、僕を待っていたのだろうか?
横に来ると並んで歩き始めた。相変わらず溜息の出る美しさだ。

「一緒に帰ろう」
「う、うん。でも家の方向が違うんじゃ?」
「細かいこと気にするな。それとね、いい加減さん付けはやめて。余所余所しいから」
「じゃあなんて呼べばいいの?」
「美貴って、呼び捨てでいい」
「わ、わかった。…美貴」

言って僕は何だか恥ずかしくなってきた。
美貴も少し照れている。自分で言わせたくせに。
僕は横目で美貴を見た。制服の裾から見える白い肌が眩しい。
その肌が修学旅行での記憶を蘇らせ、僕は胸がドキドキしてきた。
見とれていると、美貴が僕の視線に気付きキッと睨んできた。

「何見てんだ、お前」
「み、見てないよ!ていうか僕のことも名前で呼んでよ」
「うるさい!お前なんかお前で十分だ!」
358辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/23 18:14 ID:TYJqRTIe
叩かれそうになって、僕は逃げるように少し駆け出した。
住宅街は大きな下り坂となっていて、下から吹き突ける風が心地よい。
僕が振り返って見ると、美貴はじっと立ち尽くしていた。

「どうしたの藤本さ…あー、…美貴?」

うっかり癖で呼び間違えた名前を言い直す。
だけど美貴はそんなことお構いなしに俯いていた。
白いセダンが一台僕達の横を通り過ぎる。他に人通りもない。
もう一度呼ぼうと口を開きかけると、美貴はあのきつい目つきでまた僕を睨んだ。

「嘘つき」
「え?嘘?僕嘘なんてついてない…」
「言った。とっても大きな嘘」
「いつ?なんて?」
「藤本さんなら100%大丈夫だよって」
「!!」

(私が好きなのは…お前だ)
あのときの光景が蘇った。下着姿で詰め寄る美貴。うろたえる僕。
359辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/23 18:14 ID:TYJqRTIe
「正直、あれはきついな」
「…」
「好きな人が他の子の為に命がけで飛び込む」

そのとき、あの気の強い美貴の眼から涙が滴り落ちた。
僕の動揺はそれでピークに達する。何も言い返すことができない。
そして美貴の言葉の意味が段々とわかってきた。
激流に落ちたトメコを追って飛び込んだ、あのことを言っているのだ。

「あれは、ふられるよりきついよ」
「いやそれは…」
「お前がどれだけトメコを好きなのか分かった。私に勝ち目が少しも無いことも」
「…美貴」
「トメコはお前が守ってやれ。お前にしかできない」

胸を弾丸で打ち抜かれる想いだった。胸にうずまく迷いの答え。
僕にできること…僕にしかできないこと。
美貴はクルッと回れ右して来た道を去っていく。
坂の向こうに見えなくなるまで、僕は彼女の背中を見つめ続けた。
美貴の後ろ姿に僕は誓う。どんな困難からもトメコを守り抜くことを。
360名無し募集中。。。:03/06/23 20:55 ID:m47OY3am
更新乙
361名無し募集中。。。:03/06/24 00:20 ID:5VTJeaxO
辻豆さん乙です

なるほどねー、
トメコへの愛を確認させるために藤本登場か、渋い。
362りかのの募集中。。。:03/06/24 00:57 ID:dsDpLzNG
辻豆さん 乙です。
通して読ませて頂きました。
最高です。これからも楽しみにしております。
363辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:14 ID:NZclPHAM
一徹が入院した後すぐ、トメコは住んでいたアパートを出た。
本当に少ない手荷物を抱え、月一万円という激安のアパートに移った。
泣きたくなるくらい不憫な住まいであった。
三畳一間、トイレは共用、風呂はない。
壁中シミだらけで、所々ヒビが入っており、すぐに虫が湧く。
窓のすぐそばを線路が走っており、一日中電車の騒音が鳴り響く。
例のちゃぶ台と赤いランドセルが二つ、部屋の隅に置いてある。
ちゃぶ台の上には、母親の位牌と家族5人で撮ったという昔の写真が飾ってあった。
トメコとのんとあいぼんはこの部屋で、一枚の毛布にくるまって眠る。

「背が低くてよかったのれす」

狭い部屋でも足を伸ばせるからと、のんは健気な台詞を吐いた。
のんもあいぼんも、こんな過酷な環境でも不平不満を言って姉を困らせはしない。
本当に強い子達だと思った。いや強い振りをしているだけかもしれない。
僕が守るんだ。
彼女達を僕のこの手で守るんだ。
364辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:15 ID:NZclPHAM
日曜日、僕はトメコのアパートを訪ねたが誰もいなかった。
それで一徹の入院する病院を訪ねることにした。
病室では一徹に寄り添う様に、のんとあいぼんがうたた寝していた。
あの部屋では満足に眠れないのだろう。
起こすのは気がひけるので、僕は彼女達が目を覚ますまで待つことにした。
病院の廊下に出ると、見覚えのある顔の看護婦さんに声を掛けられた。
一徹の病室へ案内してくれたあの看護婦さんだ。アクの強い顔で記憶に残っていた。

「あなたは石川さんのお友達?」
「は、はい。そうですけど…なにか?」
「こないだも一緒にいたし、よくお見舞いにも来るわね」
「…ええ、まあ」
「親友?もしくはそれ以上の関係って奴?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「石川さん、他に身内がいないみたいだから、あなたに相談があるの」

談話室に入る。彼女は保田圭と名乗った。
仕草も格好もおばちゃん臭いから、多分結構年上の人だろう。
一徹の担当看護婦をしているそうだ。
保田さんは真剣な顔つきのまま、再び口を開いた。
365辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:16 ID:NZclPHAM
「梨華ちゃん、がんばってるみたい」

そう切り出された。担当だけあって家庭の事情にも詳しい様だ。
学校を辞めて働くとトメコは言っていた。
実際に何をするのかは知らず、本当に働いていることを知り僕は少し驚いた。
だけど中学生がまともな職につけるとは思えない。まさか…。
僕の心配そうな顔を見た保田さんが、少し表情を崩し答えてくれた。

「大丈夫、お水や風俗なんてしてないわよ。あの子もそれだけは嫌って言ってたし」
「何をしているか知ってます」
「新聞配達とか内職とか、本当にアルバイトの手前みたいなことばかり掛け持ちで」
「そうですか…」

少しほっとした。
だけど保田さんの表情は険しいままであった。

「今はなんとかなってるみたい。一徹さん人望はあったのね」

そういえば病室にはたくさんの見舞い品があった。
仕事仲間が余ったおかずを持ってきてくれることもあると、あいぼんが以前言っていた。
クラスで集めた援助金もあるはずだ。そういうので何とかやっているのだろう。
366辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:16 ID:NZclPHAM
「だけどね、それでいつまでもやってけると思ったら大間違いよ」
「え?」
「梨華ちゃんの稼ぎなんかたかが知れてる。他人の親切だって結局最初だけ」
「…」
「それに病院もボランティアじゃないの。入院費がどれくらいになるか分かる?」
「い、いえ」
「このままじゃあの子達、間違いなく破滅するわ。そうなるとどうなるか?」
「どうなるんですか?」
「借金に走る。中学生じゃまともな会社は無理だろうから、それもかなり悪徳な。
 もちろん返せるはずがない。そしてお決まりね、次は犯罪よ。」
「そんなことする訳ない!」
「梨華ちゃんがしなくても、妹達が苦しむ姉を助ける為にするかもしれない。
 そして梨華ちゃんは間違いなく妹達を庇い立てするでしょうね。
 たとえ自分が罪を被ってでも」

保田さんの口から湧き出る最悪のシナリオが、僕の視界を真っ暗に落とす。
僕が守ると口先だけで言った所、一体何ができるというのだろうか?
(トメコを守る、だけどどうすれば…?)
367辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:26 ID:NZclPHAM
「だから、あなたに相談があるの」
「!」
「もちろん私達もこのまま見過ごすつもりはないわ。なんとかしたいと思ってる」

さっきまで悪魔の様に映っていた保田さんの顔が、急に天使の様に映った。
だがそれも一瞬のことだった。その内容があまりに残酷すぎたんだ。

「自己破産の申告をさせるの。そうすれば借金は全てなくなる」
「破産…?」
「それからね。妹たちを孤児院に預ける」
「のんと?あいぼんを?」
「そうよ。そうすれば二人分の生活費は必要なくなるわ」
「彼女達姉妹をバラバラにしろと言うのですか」
「ええ、私から言っても分かってくれないから。だからあなたの口から…」

なんということだ。
彼女達を守る為に、僕の手で彼女達姉妹をバラバラにしろというのか。
それしか方法がない…と。
保田さんは僕の肩を軽く叩き仕事へ戻っていった。
一人残された僕は頭を抱え、どうしようもない苦悩に陥った。
368辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:27 ID:NZclPHAM
「あっ、にぃちゃんれす!にぃちゃん」
「お弁当分けてもらってん。うち帰って一緒に食お」

病室に戻ると、お日様みたいな笑顔でのんとあいぼんがじゃれついてきた。
彼女達が無邪気に笑えば笑うほど、僕の胸は締め付けられていく。
僕は右手でのん、左手であいぼんと手を繋ぎ、三畳一間の部屋へと向かった。
線路沿いの道を唄いながら帰る二人。まるで本当に妹ができたみたいだ。
(だけど言わなくちゃいけない。僕が…)
アパートには電灯が点っていた。トメコも帰ってきたみたいだ。

「ただいまぁ!」
「あ、お、おかえりなさい」

トメコは狭い部屋で内職をしていた。紙袋の取っ手を糊付けしている。
僕の顔を見ると恥ずかしそうに、それらを奥へ片付け出した。
気のせいか、少しだけやつれてきた様に見える。
あいぼんが貰った弁当をビニール袋から取り出して、ちゃぶ台に乗せた。

「ごはんにしよう!」
369辻っ子のお豆さん ◆Y4nonoCBLU :03/06/24 16:33 ID:NZclPHAM
三畳しかないから、ちゃぶ台を囲んで座ってもすぐ足が当たる。
のんとあいぼんがすぐ足をバタバタさせるから、トメコは叱っていた。
いたずらっ子の二人だけど、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞くからおもしろい。
きっと二人ともお姉ちゃんが大好きなんだろう。
そんな風に三人を見ていると、あいぼんがじっと僕を見つめて言った。

「なんかこうしてると家族みたいやなぁ」
「れすね。にぃちゃんが本当の家族らったらいいのに」
「コラ、二人とも。変なこと言わないの、困ってるでしょ」
「ううんいいよ。僕も家族になりたいなー」
「ほんま!毎日一緒におれるん?」
「ワーイワーイ、もっとバレー教えてもらえるのれす」
「もぅ。君まで言うから二人が調子に乗っちゃったよ」
「だって本当だもん」

頬を膨らませながらも、トメコはどこか嬉しそうだった。
のんもあいぼんもはしゃいでいる。どんなに貧しくても明るく元気に。
(言えない、とても言い出せないよ、あんなこと…)
トメコ達を守る為に、この家族を引き裂くか?選択の刻は迫っていた。

第六話「石川家の悲劇」終わり