==トンネル・新幹線内・ビュッフェ-==
[カチャッ ガギィィ・・・]
小川が、客室とビュッフェを繋ぐ引き戸を開けた。
ビュッフェの車両には、出入り口が無く、
いったん隣の車両から中に入り、そこからこうして
行くしかなかったわけだが、ここら辺の車両は、
私たちが乗っていた最後尾の車両とは、
比べ物にならないほど被害を受けていた。
車体自体はそれほどだったが、大きな揺れが来たのだろう、
ほとんどの座席は引っぺがされていて、元の場所には無く、
窓ガラスは当たり前のように割れていた。
この新幹線は、関係者で貸し切っていたため
そこまで大人数で乗っているわけではなく、
10両ある車両にバラバラに乗っていたわけだが、
何かに衝突したのだろうか、前の車両ほど、
被害が大きいような気がした。
さて、ビュッフェの扉を開けるとそこもかなり散々としていて
ペットボトルやら瓦礫やらが転がっていた。
「あさみちゃん!起きてる?
ほら!安部さんだよ!安部さんがいたよ!」
紺野…なのだろう…
げっそりとして、方膝を抱えてうつむいていた少女が
ゆっくりと顔を上げた。
「あっ…安部さん。無事だったんですね…?」
泣いていたのだろうか、紺野は目を真っ赤にして、
いつもよりもいっそう弱々しい笑顔と、あいさつをくれた。
「あさみちゃん。足の方は大丈夫?」
見ると紺野のまっすぐに放り出された左足には、
グルグルと包帯が巻いてあった。
出血が酷いようで、シミになった血が、
マグライトの光を浴びて赤々と映えていた。
「紺野…大丈夫?どうしたの?」
言ってから気づいたが、[どうしたの?]って、
これだけの事故だったんだ…
無傷でいられる方が不思議だろう…
「あ、大丈夫です…。ちょっと挟んだだけですから…。」
紺野は私と小川に、『心配ない』というような笑顔を見せて
怪我をしてない方の足を、ギュッと胸に抱え直した。
「あれ?あさみちゃん。矢口さんは…?」
小川があたりを見渡しながら聞いた。
「さっき、使えそうな物を探してくるって言って、
前車両の方に行っちゃった…」
「大丈夫かな…矢口さん、随分疲れてたみたいだけど…」
小川が心配そうに眉間を細めた。
矢口…あの子ちょっと頑張り過ぎる所があるからな…
「あ、安部さん。喉乾いてませんか?」
紺野が近くにあった戸棚にあった
まだふたを開けていないペットボトルのお茶を
取り出しながら私に聞いた。
そう言われて見ると、ほこりのせいか、喉がかなりガサついていた、
お腹もペコペコだ。
「なんて言うんですかね…?不幸中の幸い?
ここには結構一杯あるんですよ。食べ物も、飲み物も。」
紺野からお茶を受け取り、ふたを開け、一気に飲んだ。
渇いた喉を、潤いが落ちていく…。
「ふぅ…」
半分くらいを飲み干して、一息つくと、
次にやって来たのは津波のような疲労感だった。
「眠い…」
つい声に出してしまう
「こんな状況になって・・・大変でしたからね…
いいですよ。少しゆっくり休んで下さい。」
小川が優しく救いの手を差し出してくれた。
言葉に甘えて横になった。
布団もなにもひいてなくて、ほこり臭い床だったけど、
重力から開放されたような、楽な気持ちになった。
目を閉じて二人の話し声を聞きながら
睡魔を待っていると、どうやら小川はまた出かけるらしい。
「あたし、また色々探してくるけど
あさみちゃん何か欲しい物…ある?」
「ううん…別に、なにも…」
「じゃあ、うん…足の包帯、そろそろ変えときなよ。」
「解かったぁ…」
[ベリッ、ペリ…]
紺野が車内販売用のお弁当を開ける音がした…
この音に紛れて、恐らく紺野には聞こえなかったろうが、
私の耳には届いてしまった。
「ッチ」
という小さな小川の、舌打ちの音が…。
「…行ってくる。」
薄目を開けて、小川の表情を伺ってみた。
少し疲れは出ているものの、別にいつもと変わらぬ
小川の顔が見えたので、私はぼんやりして来た
感覚の中で安心し、眠りの海に身を任せていった…。
そんな事だったから
ドアを閉めた瞬間から、
瓦礫の山から時折見える人間のパーツにも動じないで
今まで見せた事の無いほどの怒りの表情で
「大事な食べ物なのに…大事な…大事な…」
と、呟きながら歩いていく小川の事と。
死んだような目で、ライトもつけずに
ただただ暗闇を食い入るように見つめる矢口の姿を、
私は知る余地も無かった…。