本日はお日柄も良く・・・

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88梨華ちゃん(AC)

==トンネル・新幹線内・ビュッフェ-==

[カチャッ  ガギィィ・・・]

小川が、客室とビュッフェを繋ぐ引き戸を開けた。

ビュッフェの車両には、出入り口が無く、
いったん隣の車両から中に入り、そこからこうして
行くしかなかったわけだが、ここら辺の車両は、
私たちが乗っていた最後尾の車両とは、
比べ物にならないほど被害を受けていた。

車体自体はそれほどだったが、大きな揺れが来たのだろう、
ほとんどの座席は引っぺがされていて、元の場所には無く、
窓ガラスは当たり前のように割れていた。

この新幹線は、関係者で貸し切っていたため
そこまで大人数で乗っているわけではなく、
10両ある車両にバラバラに乗っていたわけだが、
何かに衝突したのだろうか、前の車両ほど、
被害が大きいような気がした。

さて、ビュッフェの扉を開けるとそこもかなり散々としていて
ペットボトルやら瓦礫やらが転がっていた。

89梨華ちゃん(AC):03/05/04 15:51 ID:GQVf5riF

「あさみちゃん!起きてる?
ほら!安部さんだよ!安部さんがいたよ!」

紺野…なのだろう…
げっそりとして、方膝を抱えてうつむいていた少女が
ゆっくりと顔を上げた。

「あっ…安部さん。無事だったんですね…?」

泣いていたのだろうか、紺野は目を真っ赤にして、
いつもよりもいっそう弱々しい笑顔と、あいさつをくれた。

「あさみちゃん。足の方は大丈夫?」

見ると紺野のまっすぐに放り出された左足には、
グルグルと包帯が巻いてあった。
出血が酷いようで、シミになった血が、
マグライトの光を浴びて赤々と映えていた。

「紺野…大丈夫?どうしたの?」

言ってから気づいたが、[どうしたの?]って、
これだけの事故だったんだ…
無傷でいられる方が不思議だろう…

「あ、大丈夫です…。ちょっと挟んだだけですから…。」

紺野は私と小川に、『心配ない』というような笑顔を見せて
怪我をしてない方の足を、ギュッと胸に抱え直した。
90梨華ちゃん(AC):03/05/04 15:53 ID:GQVf5riF

「あれ?あさみちゃん。矢口さんは…?」

小川があたりを見渡しながら聞いた。

「さっき、使えそうな物を探してくるって言って、
前車両の方に行っちゃった…」

「大丈夫かな…矢口さん、随分疲れてたみたいだけど…」

小川が心配そうに眉間を細めた。
矢口…あの子ちょっと頑張り過ぎる所があるからな…

「あ、安部さん。喉乾いてませんか?」

紺野が近くにあった戸棚にあった
まだふたを開けていないペットボトルのお茶を
取り出しながら私に聞いた。

そう言われて見ると、ほこりのせいか、喉がかなりガサついていた、
お腹もペコペコだ。
91梨華ちゃん(AC):03/05/04 15:54 ID:GQVf5riF

「なんて言うんですかね…?不幸中の幸い?
ここには結構一杯あるんですよ。食べ物も、飲み物も。」

紺野からお茶を受け取り、ふたを開け、一気に飲んだ。
渇いた喉を、潤いが落ちていく…。

「ふぅ…」

半分くらいを飲み干して、一息つくと、
次にやって来たのは津波のような疲労感だった。

「眠い…」

つい声に出してしまう

「こんな状況になって・・・大変でしたからね…
いいですよ。少しゆっくり休んで下さい。」

小川が優しく救いの手を差し出してくれた。

言葉に甘えて横になった。
布団もなにもひいてなくて、ほこり臭い床だったけど、
重力から開放されたような、楽な気持ちになった。

92梨華ちゃん(AC):03/05/04 15:57 ID:GQVf5riF

目を閉じて二人の話し声を聞きながら
睡魔を待っていると、どうやら小川はまた出かけるらしい。

「あたし、また色々探してくるけど
あさみちゃん何か欲しい物…ある?」

「ううん…別に、なにも…」

「じゃあ、うん…足の包帯、そろそろ変えときなよ。」

「解かったぁ…」

[ベリッ、ペリ…]

紺野が車内販売用のお弁当を開ける音がした…
この音に紛れて、恐らく紺野には聞こえなかったろうが、
私の耳には届いてしまった。

「ッチ」

という小さな小川の、舌打ちの音が…。

「…行ってくる。」

薄目を開けて、小川の表情を伺ってみた。

少し疲れは出ているものの、別にいつもと変わらぬ
小川の顔が見えたので、私はぼんやりして来た
感覚の中で安心し、眠りの海に身を任せていった…。

93梨華ちゃん(AC):03/05/04 15:58 ID:GQVf5riF


そんな事だったから
ドアを閉めた瞬間から、
瓦礫の山から時折見える人間のパーツにも動じないで
今まで見せた事の無いほどの怒りの表情で
「大事な食べ物なのに…大事な…大事な…」
と、呟きながら歩いていく小川の事と。
死んだような目で、ライトもつけずに
ただただ暗闇を食い入るように見つめる矢口の姿を、
私は知る余地も無かった…。