「あ、ここ…」
自分が戻してしまった汚物を見つけて、
私は小川を呼び止めた。
小川はゆっくりと、私が指差す方に光を当てて
佳織の姿を確認した。
ゴクッ
小川の唾を飲む音が、やけに大きく聞こえる。
「飯田さん…?」
小川が静かに声を掛けた。
「…………」
返事はない。
佳織・・・生きてるんでしょ?
だってさっきまで、息してたもんねぇ?
喋ってたもんねぇ…?
「駄目…みたいですね…残念ですけど…こんなのが刺さってちゃ…」
ひしゃげた窓枠を指差して、小川が諦めの言葉を吐いた。
「そんな…ちゃんと、ほらっ!触ってみたりしないと…」
「あ、安部さんがやって下さい!」
……
また2秒ほど、静寂が訪れた。
その2秒の間に私は、自分なんかよりずっと年下の
小川に、少し頼り過ぎたと思い、反省したし、
こんな状況なんだから私がしっかりしなきゃ!
と、決心もした。
「うん…」
私は小川より、一歩前に出て、
佳織の首筋の動脈あたりに手を伸ばした。
冷たい…いや、ちょっと生暖かい?
脈を打ってる…いや、自分の手が震えているだけ?
解からなかった。
解からないまま、私は手を放してしまった。
「…どう…ですか?」
上目遣いに小川がおずおずと聞いてくる、
「え?あ、あぁ…」
私は首を横に振った。
この行動は、[解からない]という意味と
[駄目だった…]という、二つの解釈の仕方があったが
小川には前者の項目が浮かばなかったようだったし、
正直私は、その時、恐怖の虜になっていたのだ。
「い、行きましょう…矢口さん達が、待ってます…。」
私の服の袖を掴んで小川が、
震えた声で私を急かした。
「うぅ、うん…」
その倍くらい私も震えていて、
頭では分かっていても、足が勝手に
出口の方へ向かってしまっていた。
友を見捨てたのだ。