「それ、本気で言うてんの?」
「お前しだいだと言っている。それより、話を聞いてくれるのか?」
疑いのまなざしで麻琴を見つめる裕子、しかしそんな彼女に投げかけられた
少女の瞳は、驚くほど真剣な眼差しであった。裕子は一つため息をつくと、
麻琴の目を見つめ返して言う。
「あんたの言うとおりやね・・・逃げようと思ってたけど」
しばしの沈黙の後で、麻琴がこう切り出した。
「組織の研究資料を持ち出した脱走者というのは、お前か?」
その言葉に裕子は黙ってうなずく。麻琴はさらに続けて言う。
「パーフェクトサイボーグについての資料は、その中にあったか?素体に
なった者の名前や素性はどうだ?!」
「ファイルZX・・・『ZX計画』の資料のこと?」
「ZX計画」の名を冠したその資料こそ、自分の求めていた出自の証となりうる
ものかもしれない。麻琴の胸は期待に踊る。だが。
「あれはあくまでも技術資料やった。パーフェクトサイボーグを誕生させる
ための理論や技術は網羅されとったけど、改造された個人を特定できる資料なんて
たぶんゼティマは残さへんよ。第一、必要ないもの」
「嘘だ、先生はお前なら知っているかもしれないと・・・」
「誰が言うたか知らんけど、個人を割り出せる手段なんてあるわけないやん・・・
ゼティマの改造人間は所詮奴らの捨て駒なんや。かわいそうな話やけどな」
まゆみは脱走した女、つまり裕子なら出自につながる手がかりを持っているかも
しれないと言った。一方、裕子は組織がそのようなものを残すはずはない、と言う。
だが、それは組織の実態を知る者なら少し考えてみれば判ることである。そもそも
改造人間を目的遂行のために使い捨てにするような組織である。捨て駒に素性など
必要ないではないか。しかし、麻琴は今までそれに気づかなかった。ならはまゆみ
までもが自分を欺いているというのか。いずれにせよ真実に至るのは容易ではない。
麻琴は一旦この話題を切り上げようと考えてこう言った。
「そうか・・・。それともう一つ聞きたいことがある」
「何やの?」
「人は死を最も恐れると言う。お前は恐ろしくないのか・・・?もしかしたら
明日、死ぬかもしれないのだぞ」
この事については麻琴でなくとも疑問に思うのは当然であろう。自分の命をねらう
組織によって囚われているにもかかわらず、裕子の表情や立ち振る舞いには恐怖と
いうものが感じられないのだ。殺されるかもしれないと言うのに、言われるがままに
麻琴の後を付いてきただけでなく、彼女と話までしているのである。それも、脱走の
意志を翻してまで、だ。
「・・・怖ぁない言うたら嘘になるなぁ。けど信じてるもん、あの子らの事」
裕子はそういって笑ってみせる。かたや麻琴にはその感情が理解できなかった。
いぶかしげに裕子の顔を見ながら麻琴は言う。
「仮面ライダーの事か?私はお前があの少女たちの精神的支柱だと聞いたが」
「むつかしいこと言うのな、あんたは・・・それは違うよ。あの子たちにあたしが
支えられてるって事。あの子たちがおらへんかったら・・・」
「お前自身の存在はない、とでも言うのか?」
麻琴の言葉に頷くと、裕子はさらに言葉を続けた。
「・・・そうかもしれんね。それが『絆』っていうのかも」
「絆・・・だと?」
愛や友情、そういった生ぬるい感情は麻琴や他の改造人間たちにとっては不要な
感情、いやそれ以上の忌むべきものである。だが、裕子はそれこそが人の力だと
言う。彼女の言葉とともに力強い視線が麻琴へと投げかけられる。
「そう。人間の持つ、根元的な本当の強さ。あんたと会ってみるまで、あの子ら
との戦いは絶対避けなあかんて思ってたけど、戦ってみた方がいいかも知れない。
そして感じてみたらいい。人間の本当の強さを」
目の前にいる相手は、囚われる前までその存在を危惧していた最強の刺客であった
はずだ。しかし、裕子は麻琴に対して少女たちと戦うべきだとまで言い放ったのだ。
麻琴はその意図を量りかねているのか、怪訝な表情とともに言った。
「お前・・・あいつらが勝つと思うのか?」
「うん。信じてるから」
裕子から帰ってきたのは、少女たちを信じる強い心に支えられた言葉だった。
決して飾り立てられたものでも、名文として残るような言葉でもなかったが、
何よりも強い力を伴って麻琴の心に入り込んだようだ。しばしの沈黙の後、麻琴が
口にすることができたのはたった一言だけだった。
「・・・おしゃべりの時間は終わりだ、中澤裕子。戻るぞ」
ぶっきらぼうな口調の中にも戸惑いの色は隠せない。裕子はあえて何も言わず、
麻琴に従って再び地下のアジトへと戻っていくのであった。
−そしてついに、決戦の日がやってきた。