その翌日。しかし、翌日とはいっても一体今何時なのか定かではない。
朝なのか、それとも夜なのか、地下牢の囚人にそれを知るすべはない。
囚われの身となった裕子は今まさにそこにいた。そこは鋼鉄製のドアが
自分の目の前にある以外は、周囲を分厚い壁に囲まれた独房であった。
裕子は攫われた時のそのままの格好でそこにいた。抵抗することに
疲れたのかそれとも何かの薬を注射されたのか、独房の片隅で毛布に
くるまり、うずくまって眠っていた。彼女はこのアジトに連れてこられた
ときから、自分が少女たちをおびき寄せるための餌に使われることを
察していた。どうにかしてそのことを知らせたかったが、今のところ
それはかなわないまま彼女はここに囚われていた。
こんな独房の中で時間のことを考えるのは、意味のないことかも
しれない。自分を囮に使うつもりなら、少なくともその時までは殺しは
するまい。そんなことを考えながら、裕子は軽く瞳を閉じただけで眠りに
落ちてしまったのだ。そうして数刻たったころの事だった。
「ガタン、ギギィィィ〜ッ」
鍵の開く音と、重い金属音とともにゆっくりと扉が開く。その音に
目が覚めたか、裕子はゆっくりと身を起こして扉の方を見る。通路の照明
に一瞬目がくらみ、まぶしさに目を細めた裕子の視線の彼方に、異形の者を
伴なった一人の少女の姿があった。やがて少女よりも先にその異形の者が、
独房の中に足を踏み入れると裕子の眼前に立ち、高圧的な口調で言った。
「立て。ZX様が直々にお見えになった。お前に用件がおありだそうだ」
「ZX?誰やの、それ・・・?」
頭をかきながら、大あくび一つ。その姿を見ている異形の者−おそらく
ゼティマの改造人間だろうが−はあきれたように言った。
「お前に選択権はない。ぐずぐすするな、さっさと起きろ」
「うっさいなぁ・・・判ってるてぇ」
異形の者に促され、ゆっくりと立ち上がる裕子。そして通路へと彼女が
出た時、一人の少女が彼女の元へ近づいてきた。
「中澤裕子だな・・・聞きたいことがある」
それは裕子とパーフェクトサイボーグ、麻琴が初めて遭遇した瞬間だった。
そして二人はゆっくりと歩き出した。二人きりで通路からエレベータに
乗り込み、そのまま二人は地上へ出た。裕子はこの瞬間、時間という概念を
再び取り戻した様に感じた。まるで何年かぶりに、暗闇から解放されたような
気がした。木漏れ日の差す林の中を、心地よい風が吹き抜ける。詳細な時刻は
判らなかったが、だいたい昼ぐらいだろうな、と裕子は察しをつけてみる。
それにしても、ZX〜麻琴の行為は誰の目から見ても不自然なものだった。
聞きたいことがあると言って、彼女は裕子をあろう事か外へと連れ出した。
しかも途中で伴の者に人払いを命じ、二人だけでここまできたのだ。裕子は
周囲を横目で見回してみたが、林の中にいるのは自分と目の前の少女だけ。
緊張感とともに思わず手に力が入る。拳を固め、静かに上に上げようとした
その時、不意に自分の先を行く少女が言葉を発した。
「逃げたければ逃げてもかまわない。今は私一人だ」
(感づいとったんか・・・こいつ?!)
かざした拳をゆっくりとおろす裕子。少女〜麻琴はなおも裕子の方を振り向く
事なくこう言った。
「いや、逆に私の話を聞けばお前は逃げるのをやめるかな・・・」
麻琴の言葉に思わず裕子の口元がゆるむ。
「あんたこそ話を聞いたら用済みや言うて、あたしの事消すんとちゃうの?」
「・・・それはない。お望みならば考えるが」
「えっ?!」
振り向きざまに麻琴の口から発せられた、およそ悪の尖兵のものとは思えぬ意外な
言葉に裕子の思考が一瞬止まった。