すると、その声に答えるかのように闇の中から声がする。先ほどの声の主とは
違う声だが、また違った禍々しさを持つ闇の住人の声だ。
「うぬこそ憎まれ口だけはあいかわらずよのう・・・」
やがて、ローブをはためかせて中空を舞う白い三人組の姿が闇の中に浮かび
上がる。三人は元帥の頭上をくるくると回りながら、ゆっくりとまるで取り囲む
ようにして地上に降り立った。この白いローブの三人組こそがゼティマ大幹部の
最古参、「三神官」である。その姿を認めるや、ろくな挨拶もなしに悪魔元帥は
こう切り出す。
「最近大首領様のお声を聞かぬが・・・」
しかし彼の言葉は、白いローブを着た一人の男によって遮られた。
しかし彼の言葉は、白いローブを着た一人の男によって遮られた。
「創世王には御身すこぶるお健やかにてあらせられる。うぬらが無用な手回し
をする必要はない。己が本分を尽くすのだ」
三神官の長、大神官バラオムは心配無用とばかりに悪魔元帥の言葉を手で
制する。その顔は纏ったローブのフードに隠れ、表情をうかがい知ることは
難しかったが、それでも元帥はお構いなしと言葉を続ける。
「バラオムよ、大首領様にはあまりお時間がないのであろう。ならば儂が
次なる器を用意して差し上げよう」
三神官を前にしてのこの言葉。彼らと元帥は組織内部において同格であり
拮抗する存在であったが、三神官は大首領のそばに仕えている分その信任は
厚いと自負している。故に悪魔元帥の言葉は聞き捨てならなかったのか、
三神官の一人ダロムがいきり立つ。
「控えよ!悪魔元帥!!」
しかし悪魔元帥もまた、彼ら三人の台頭を許すつもりはない。方や三神官は
あくまで大首領の側仕え。しかし自分は直属の部下であり、組織を預かる身で
あるとの自負がある。こうなると三神官と元帥、互いの面子のぶつかり合いで
ある。
「いいや、控えぬ。聞くがよい三神官、ZXとタイガーロイド、この二人を
世紀王に据えればよいのだ。作戦が終わり次第、『キングストーン』を移植し
互いに戦わせればよい」
次期創世王となるべき二人の世紀王を選ぶには、日食の日に生まれた二人の
娘を捜し出さねばならないと伝えられている。そして、継承者の証である二つの
キングストーンをそれぞれに移植するのである。三神官はあくまでもこの慣わし
に拘るが、元帥に言わせれば手近にふさわしい「器」がすでに二つもあるの
だから捜索の必要はない、ということなのである。だが。
「不遜なり、悪魔元帥!この儀は創世王ご自身が定められた慣わしぞ!
それをうぬはないがしろにする気か!!」
当然の反発である。だが、これにもひるまず元帥はやり返す。
「黙れ!貴様らこそいたずらに時間を浪費しただけであろう!あの時
ビルゲニアを世紀王に据えておれば、この様なことにはならんのだ!!」
剣聖ビルゲニア。それはかつて世紀王候補者として名を挙げられながら、
その行いが粗暴であったために3万年前に封印されてしまった一人の男の
名である。
「ビルゲニアは世紀王の器にあらず!なればこそ我ら三人、あの無法者を
封印したのだ」
同じように白いローブを身に纏った一人の女が言う。彼女は右の目で過去を、
そして左の目で未来を見ることの出来る預言者、大神官ビジュムである。
創世王〜大首領が永遠に生きながらえることは、組織の未来永劫の存続に
つながる事であり、故にその継承者たる世紀王の選出は組織の大事と言える。
その意味では彼らがビルゲニアの推挙を取りやめたのは当然の判断だと言えた。
しかし、元帥にとっては彼らの思慮は無駄な時間の浪費でしかない。事実、
封印後の2万年の間、彼らは世紀王となるべき者を見つけ出せないでいたのだ。
そんな三神官に一瞥くれると、悪魔元帥はきびすを返す。そして、去り際に
こんな言葉を残していった。
「いずれZXがその本領を見せるときが来る。その時こそ、どちらが正しいか
判ろうというものよ」
去っていく元帥の姿を、黙って見届ける三神官。結局彼らは自らの用件を何一つ
告げることが出来ないまま元帥に去られてしまった。
「何という暴挙!」
「何という不遜!!」
ダロムとビジュム、二人の大神官が顔を見合わせて悪罵の声を挙げる。元帥の言葉は
彼ら三神官の尊厳に泥を塗るに等しかった。元帥の姿はすでに闇の彼方に消え、
白い靄が足下を覆う神殿にはもう三神官以外には誰もいなかった。三神官の長たる
大神官バラオムはダロム、そしてビジュムと顔を見合わせると、憤慨する二人の大神官
に対してこの場は耐えよと説き伏せる。憤懣やるかたなしとの思いを抱きながらも、
三神官達は再び闇の中へと消えていこうとしていた。まずはビジュムが、そしてそれに
続くようにダロム。三神官の白いローブが闇に溶けていく。そして、二人が去ったのを
見届けたかのようにバラオムが神殿を後にする。その時彼の目に映ったのは、人の
背丈ほどの大きさの鍾乳石だった。どのような経緯でそこに生じたか、今となっては
定かでないが、あまりにも不釣り合いなそのたたずまいはさしものバラオムをしても
苦々しいものであった。
「悪魔元帥よ、うぬの不遜今は目をつぶろうぞ。だが、覚えておくがよい。伝承は絶対
なのだ。それをないがしろにするものは・・・」
闇の中にあって場違いな存在感を醸し出す鍾乳石。それはゼティマ幹部の中にあって
異質な存在感を放つ、あの男に似ていたというのか。バラオムはおもむろに鍾乳石に
向かって手をかざすと指先から稲妻のような光線がほとばしり、鍾乳石を粉々に
打ち砕いてしまった。
「やがてその身を滅ぼす・・・我らが新たなる王によってな・・・」
そう言い残すと、バラオムもまた二人の大神官の後を追い、漆黒の闇に消えた。