「気がついたかい?」
車の中の女にいたずらっぽい笑みを浮かべて美帆は言った。女はまだ自分の身に
起きた出来事や自身の置かれた状況を把握できていないといった風だったが、
それでも強い警戒心を滲ませた目で二人を睨んでいる。
「心配するな、しばらくは無事でいられる」
麻琴はそう言って車の中の女をしばらく見つめていたが、やがてきびすを返して
ヘルダイバーを止めた場所へと歩き出した。その姿を黙って見送っていた女は、
今度は美帆の方へと視線を送り、一言悪態をついてみせる。
「しばらくて・・・どうせ用が済めば殺すっちゅう話やろ?」
女〜中澤裕子の言葉に美帆は冷淡に言い放つ。
「お前の態度次第ではそれが早まることになる。一度はゼティマに籍を置いた者
なら、それくらいは判るだろう?」
美帆は手荒にドアを閉めると愛機を駆るZX共々、前線基地のある山中へと
車を走らせた。
一方、こちらは悪の秘密結社ゼティマの日本支部。最高幹部悪魔元帥は何者かに
呼び出され、基地の最深部にある神殿にいた。そこは普段は立ち入る者もほとんど
無く、また神殿といっても地底奥深いところにあるため、暗闇に覆われた建物の
全容などを知る余地もない。建造物があることすら疑わしいほどの漆黒の闇が
辺り一面を覆っているのだ。そして何より、ここの住人たちが元帥にとっては
好ましからざる人物達であったから、彼はこのエリアについてはこれまでほとんど
関心を払ってこなかったのだ。
「この儂を呼び出すとは、一体いかなる用件だ・・・」
足下を流れる冷気は白いもやのようになって漂い、漆黒の闇をより一層不気味
なものにしている。それは元帥が歩を進めるたびに一瞬散るものの、すぐまた
湧いてきて彼の脛のあたりまでを覆い隠してしまう。まるで小川を歩いて渡る
ように、悪魔元帥はもやの中を行く。
深い深い漆黒の闇。それは悪魔元帥をしても終わりを知らぬほど続いた。
しかし、その時突然どこからともなく声が聞こえてきた。
「ようこそ。待っておったぞ、悪魔元帥」
地の底から響くようなおどろおどろしい声。しかし、元帥にとってそれは
聞き覚えのある声だった。
「何を勿体付ける事がある・・・いるのは判っているぞ、『三神官』」