パンチを出した瞬間、ソニンの視界からカニカブラーが消えた。
「く、くそっ!」
慌てて周りを見回すがどこにもいない。
「どこに・・・」
ストロンガーとライダーののが耳を押さえて倒れているのが目に入った。
よく見ると工場のガラスが全部割れていた。
「一体?・・・」
もう一度正面を見ると、足元にカニカブラーの「足」があった。
・・・正確には「膝から下の部分」が転がっていた。
「これは・・?」
ひとみはその瞬間を高性能な機械の目で見ていた。
人間の目にはソニンがいきなり爆発したように見えただろう。
ソニンがパンチを出した次の瞬間、拳の先は亜音速に達し、空気の渦が拳を押し戻そうとしていた。
そして拳が加速を続け音速を突破した瞬間、一気にスピードが上がる。
衝撃波(ソニックブーム)が発生し、ソニンの拳が届く前にカニカブラーを粉微塵に吹き飛ばした。
至近距離で戦車砲の直撃を受けるに等しい。いくら強固な甲羅でもひとたまりも無い。
衝撃波の直撃を免れた足だけが吹き飛ばされずに転がっていた。
数メートルの距離で衝撃波を受けたライダーののとストロンガーはたまらず倒れこんだ。
ソニンは電撃で記憶を取り戻した。
変身は出来なくなった。
そしてパワーは更に強力になっていた
「私がやったの?・・・」
カニカブラーの足を見つめながらソニンが言った。
「・・・そうだ!ユウキ!」
ソニンは再び周りを見回した。やはりカゲスターの姿はない。
「そうだ・・テント・・公園!・・」
ソニンは振り返って走り出そうとした。
次の瞬間、右足が膝まで地面に埋もれていた。
足を抜き、もう一度走りだそうとする、すると今度は反対の足が地面に突き刺さる・・・
まるで田植え前の田んぼを歩くように、コンクリートの地面を穴だらけにしながら前に進む。
「パワーを制御できないんだ・・・」
梨華がその様子を見てつぶやいた。
「くっ・・・・」
ソニンは少し落ち着いて、そろそろと走り出した。
氷の上をツルツル滑るような動きを一瞬見せたあと、猛スピードで動き出し、
瞬く間に梨華とひとみの横をすりぬけて行った。
「ま、待て!・・」
ひとみが追いかけようとしたのを梨華が制止した。
「2人を助けないと・・」
梨華はストロンガーに駆け寄る。
「でも・・」
ひとみは迷っていた。
「大丈夫よ、摩擦で溶けたアスファルトとか、止まりきれずに壊れた建物を
辿っていけば追いかけられるから」
梨華がそう言った後、外からソニンが出したであろう衝突音が連続して聞こえた。
「そうだね・・・」
ひとみがライダーののに駆け寄ろうとした時、後ろでひときわ大きな音が響いた。
「また音速を超えたみたい・・・」
ソニンは、加速する・止まりきれず壁や塀を突き破る・また走り出す・・
そんなことを何度か繰り返しながら、ちょっと遠回りをして公園にたどり着いた。
気のせいか、さっきより少しパワーが落ちて来ているようだった。
「ユウキ!」
公園に着いたソニンは大声でユウキの名前を呼んだ。しかし返事が無い。
急いでテントの前に向かう。
「・・・ユウキ・・・」
テントの前でカメラを持って倒れているユウキの姿が目に入った。
「ユウキ!しっかりして!」
ソニンはユウキを抱き起こそうとしてギョッとした。
肋骨がバラバラに折れていた。脈が無い、呼吸も無い・・・
顔を下に向けると口と鼻から大量の血が流れ出た。
「・・・ユウキ!」
急いで、、しかしパワーを調整しながら慎重に人工呼吸を施した。
ところが息を吹き込んでも肺が膨らまない。どうやら折れた骨が肺に刺さっている。
それでもソニンは心臓マッサージと人工呼吸を続けた。
「う・・・」
「ユウキ!」
しばらくして、奇跡的にユウキの意識が戻った。
「ユウキ、大丈夫?」
「・・・ソニンさん・・姉さんに会えたよ・・・」
「そう!良かったね!私も・・記憶が戻ったの。あと家族の消息も・・・」
「・・・じゃあこの旅も終わりだね・・・俺、ソニンさんと一緒に旅が出来て本当に楽しかった・・・」
「何言ってるの!あんたはあいつらから姉さんを取り戻すんでしょ!
最後まで付き合うわよ!だからしっかりして!」
「俺・・ソニンさんのこと・・・」
「・・・・・・・」
「本当の・・・姉さんみたいに・・・」
「ユウキ!」
「・・・ソニンさん・・・どこ?・・」
「ここよ!」
「・・・ソニ・・・・・」
「姉・・・・・・・母さん・・・」
「ユウキ!・・・」
ソニンは人工呼吸を続けた・・・
「・・・こっちよ!」
「足跡が消えたのれす・・」
しばらくして公園に辻達4人が到着した。
「あ、あそこ!」
梨華がソニン達を見つけ、駆け寄った。
「・・・亜衣ちゃんを呼んで!早く!」
二人の様子を見た安倍が叫んだ。
数分後、無線で呼ばれた加護が駆けつけた。
加護は機材を取り出し、テキパキとユウキの体を調べ始めた。
その間もソニンは無言でマッサージ・人工呼吸を続ける。
しばらくして加護は手を止め、ソニンの顔を覗き込んだ。
「医学の心得は?・・」
加護はソニンに聞いた。
「ある組織で改造人間の研究に関わってました。・・・あなたは?」
「加護博士の孫なんやけど・・・」
「え!あの『加護博士』ですか?」
ソニンは驚いて一瞬手を止めた。
「そうや、それで・・・その・・」
加護はソニンの顔をじっと見た。
ソニンは加護が何を言おうとしているのか分かっていた。
「もうええよ・・・お疲れさん・・・」
ソニンはその言葉を聞くとマッサージを止め、ガックリと力が抜けたようにうずくまった。
「何をしてるのれすか、早くライフステージに運ぶのれす!」
辻が2人に後ろから声を掛けた。
「のの・・・うちらは科学者や。神様でも悪魔でも魔術師でもないんや」
「・・・死んだ者は生き返らん」
「・・・ユウキ・・」
しばらくしてソニンはユウキの体を起こし、抱き寄せた。
「『姉さん』か・・・」
「バカ・・・」
そっと額にキスをし、ユウキの体を抱きしめ続けた。
まあ死んじゃったわけだが・・・
これで良かったのかな。