「悪魔元帥は、私が戦い続ければ記憶を、私の存在のすべてをくれると
いった。でも、私はまだ何も貰ってはいない」
俯いたままポツリと呟くZX。今の彼女には冷酷な殺人マシーンとして
でなく、自らの出自に悩む一人の少女としてそこにいた。
「いい?ZX、いや『オガワ』!ゼティマを信じちゃだめ!ヤツらが
あんたに記憶をくれるなんて・・・そんなことは絶対にないから!」
「・・・それは、どういう」
まゆみがZXに告げた名は「オガワ」。少女が自分の記憶の断片を
手に入れた瞬間だった。
「よく聞いてオガワ。あんたの記憶を、あんたの全てを奪ったのは
ゼティマそのものなんだよ!」
「・・・そんな」
「記憶がほしいなら一つだけあたしがあげる。あんたの本当の名前は
オガワ・マコト。『小川麻琴』だ」
「小川はもともとゼティマの改造人間要員として連れて来られたの。
そして、素養テストを優秀な成績でパスしてコッチに回されてきた。」
実は同じ時期に、麻琴だけでなく多くの少年少女がゼティマによって
拉致されていた。若く優秀な素体を育成するべく組織は対象を綿密に
調査した後それは実行に移された。目をつけた対象は登下校や外出の際
などに徹底的にマークして接近し、「体力測定」などと称して本来の
意図を隠したまま素養テストを行っていた。そしてその条件にかなう
少年少女たちが、将来の尖兵となるべく強制的に集められて教育される
のである。
麻琴はそのテストにおいて優秀な成績を収めたが、当時はその能力を
生かす場といえば「怪人」となるための改造手術を受ける以外には無く、
さりとて手術に幼い身体が耐え得るとは考えられなかったため、麻琴は
「優秀な候補者」のまましばらくの間放置されていたのである。
しかし時が経ち、ZX計画が持ち上がったときに再び彼女の名前が
クローズアップされ、かくして麻琴はパーフェクトサイボーグという
全身兵器の殺人マシーンとなってしまったのだ。
しかし、なぜかまゆみの手元には麻琴に関する資料は殆ど残されて
いなかった。紛失したのか意図的に隠されたのか定かではなかったが、
まゆみが唯一知り得たのは麻琴の本名だけだった。まゆみはそのことを
麻琴に告げた上で、一言こう付け加えた。
「実は改造人間に関する研究資料を持ったまま、組織を脱走した女が
一人いるんだ。もしかしたら、その女が小川のデータも持ってるかも
しれない」
253 :
ナナシ:03/05/05 03:49 ID:kQhgro/i
しかし、そんな二人の会話を物陰で盗み聞く一人の男がいた。誰あろう、
幽霊博士その人である。二人のパーフェクトサイボーグに与えられた新たな
指令を伝えるために、そして彼もまたZXのメンテナンスをまゆみに依頼する
ためにこの区画にやってきたのだ。だが、彼がそこで耳にしたのは組織に
とって好ましからざるやり取りだった。
「ドクター・夏・・・余計なことを吹き込みおって。神の器に曇りが
差してしもうたわい」
裏切りとも取れるまゆみの言動。それを見届けた彼は、自らの方針を
転換せざるを得なくなった。場合によってはZXが自分たちの敵になる
可能性がある、と考えたからだ。
「データ収集など悠長なことを言うてはおれぬ。すぐにでもZXを抹殺
せねば後に憂いを残す」
二人に気取られぬよう、部屋を後にする幽霊博士。そして彼が向かった
のはもう一方のパーフェクトサイボーグ、信田美帆ことタイガーロイドの
ところだった。
そして、幽霊博士は部屋を訪ねるなりいきなり美帆に対してこう
切り出す。
「タイガーロイドよ、お前に新しい指令が下されることになった」
ZXをメンテナンスルームへと送り届けた後、美帆は与えられた
自室にいた。パーフェクトサイボーグの一人である彼女は、言わば
幹部待遇の身であり、作戦上必要とあれば求めるものはほとんど
手に入れられる。この個室もその一つであり、美帆は作戦行動の無い
日、基地においては殆どこの部屋にいた。
「指令?」
「そうだ。タイガーロイド、お前はZXと共にこの女を連れてくる
のじゃ。こいつは組織の秘密情報を持ち出しただけでなく、あの
仮面ライダーどもの精神的支柱として存在しておる」
そう言って幽霊博士は、美帆に一枚の写真を手渡した。そこに
写っていたのは金髪にカラーコンタクトをした、20代後半の
日本人女性の姿だった。
「この女の名は中澤裕子。ただ裏切り者として処刑するのは
勿体ないわい。ライダーどもを抹殺するための餌にしてやるの
じゃ」
255 :
ナナシ:03/05/05 04:04 ID:kQhgro/i
やがて、幽霊博士は美帆を伴ってある場所へと向かった。そこは、麻琴が
収容されたのとは別の区画にあるメンテナンスルームだった。二人の姿を
認識した自動ドアが開くと、幽霊博士と美帆は部屋の奥へと消える。
「このたびの作戦に当たって、念のためお前にも再調整を施す必要が
ある」
幽霊博士はそう言って、不気味な笑みを浮かべながらメンテナンス用
のポッドに入るよう促した。この機械に入れば、自分の脳・・・意識や
記憶は組織の思うままに操作される。そのことは彼女自身も理解していた。
「私は過去はすべて捨てた身だが?まだ信用できないか」
そんな美帆の言葉にも、幽霊博士は納得しようとはしない。あくまでも
洗脳のレベルを上げ、より強い記憶操作を施そうというのだ。
「信用できぬ訳ではないが念には念を、じゃ。さぁ、横になれ」
その言葉に美帆は観念してメンテナンス用ポッドの中に横たわる。軽く
瞳を閉じると自動的にポッドの蓋が閉じ、あっという間に美帆の頭の周囲
に様々なケーブルが伸び、接続されていった。
『信田美帆・・・タイガーロイド。お前達の人間くさい『絆』など、
組織には不要のものよ。ただ務めは務めじゃ。せいぜいその絆とやらで
ZXを導き、護ってやるがよい。しかし、場合によっては容赦なく・・・
消せ』
まるで暗示でもかけるかのように、ポッドの中に横たわった美帆に囁く
幽霊博士。しかし、何かを思い直したか、さらにこう続けた。
『いや、むしろZXの記憶が戻りかけている今をおいて、機会は他に
ない。任務を終えたら即座に殺せ。お前達はもう元の二人ではない
のじゃからな・・・』
かくして再び施された強度の洗脳によって非情な任務を刷り込まれた
信田美帆〜タイガーロイド。今や彼女は、裕子を拉致するだけではなく
ZX抹殺さえも何の躊躇なくやってのける冷酷な改造人間となったのだ。
257 :
ナナシ:03/05/05 04:20 ID:kQhgro/i
そして作戦は決行され、中澤裕子はゼティマの手に落ちた。囚われの
裕子を乗せて走る美帆の車を、ただ一人待つ麻琴〜ZX。峠道を見下ろす
高台の上に、愛機ヘルダイバーと共にたたずむ彼女は、自らの失われた
記憶を求めて揺れ動く少女では無かった。何かを求めるその視線には再び
険しさと怪しい光が宿り、彼女の目から涙は消えた。少女は自らの記憶の
断片を手に入れ、心の空隙をわずかに埋めることができたが、その空隙は
戦いによって手に入る物でしか埋めることはできない。悪魔元帥は麻琴に
戦い続ければ記憶と存在のすべてを与えると約束したが、それは悪魔元帥
の手によって果たされる約束ではなく自らの手で勝ち取るものなのかも
知れない。しかし、不幸にも麻琴が抱く自らの記憶への渇望は、邪悪な
たくらみのために利用され、踏みにじられようとしていたのだった。
第37話 「記憶」 終
予定を過ぎてしまいましたが、今回の話はこれで終了です。補足的な要素の強い
内容で、時間軸としてはあまり進展させていません。次回からはPCも変わって、
コンスタントに内容の更新ができると思います。お付き合いいただきありがとう
ございました。