「私に聞きたいこと?」
ところ変わって、再び格納庫の中。突如襲ってきたノイズと、またも
聞こえてきたあの不思議な声。ZXは我が身を案じて駆け寄ってきた女〜
タイガーロイドに抱いた疑問をぶつけてみる。答えは期待できなかったが、
この不可解な感情を解消するには、他に選択肢がなかったのだ。
「『マコト』って・・・誰のことだ?」
「お前・・・」
「マコト」、その言葉を耳にしたとき明らかに女の表情が変わった。動揺の
あまり二の句の継げないタイガーロイドに対し、ZXはなおも問いただす。
「お前には『信田美帆』と言う名前がある。なのにどうして私にはそれが
ない?名前だけじゃない、記憶だって・・・自分が何者なのか、それが
私には判らない・・・」
「それは任務で必要だからだ。この名前だって本物かどうか判らない。私は
タイガーロイド、そしてお前はZX。それで十分じゃないか」
「お前には『信田美帆』と言う名前がある。なのにどうして私にはそれが
ない?名前だけじゃない、記憶だって・・・自分が何者なのか、それが
私には判らない・・・」
「それは任務で必要だからだ。この名前だって本物かどうか判らない。私は
タイガーロイド、そしてお前はZX。それで十分じゃないか」
質問の答えをはぐらかしたような女の口ぶり。そんな態度に、先ほどまで
苦悶の表情を浮かべてうずくまっていた少女とは同じ人物とは思えないほどの
力で、タイガーロイドー信田美帆と呼ぶべきかも知れないーの肩を掴んで
激しく揺さぶるZX。
「教えてくれ、私は一体誰なんだ?何者なんだ?!」
「『記憶』ならば組織が与えてくれる・・・お前の存在も何もかも組織が
与えてくれるじゃないか」
「教えて!誰なの?!どうして私は空っぽなの・・・?」
その腕がやがて力無くしなだれ、膝を折ると少女は嗚咽の声を上げる。
そんな彼女の言葉を聞いても、美帆はただ押し黙っていた。
それからZXは美帆に連れられてメンテナンスルームへと向かっていた。
先刻彼女を襲った電子頭脳のノイズは収まり、彼女自身も落ち着きを取り戻した
が、このような事態が度々起これば任務に支障を来すことは間違いない。まだ
少しおぼつかない足取りのZXの肩を抱き、すれ違う者に少女の表情を悟られぬ
よう美帆は着ていたジャケットで顔をすっかり覆い隠しゆっくりと歩を進めて
いたが、その途中で一人の改造人間と行き会った。
「これはこれは・・・二人仲良くどちらへお出かけかな?」
全身をびっしり覆う羽毛、そして自らの能力を誇示するかの如くのびた翼。
鷹の能力を持つ改造人間「タカロイド」である。
「ZXをメンテナンスルームへ連れて行くところだが、何か?」
鬱陶しげに答える美帆。そんな彼女の態度に、意地の悪い笑みを口元に
浮かべてタカロイドは言う。
「それなら俺が代わりに連れて行ってやろう」
「結構だ。私がやる」
「遠慮するこたぁないだろう、仲間じゃねぇかよ」
些末な押し問答に辟易した美帆は、聞こえよがしに悪態をついてみせる。
「『仲間』などと・・・薄気味の悪いことを言う!」
美帆は相手の言葉が決して善意から出た物ではないということを知って
いた。普段から自分たちがどう思われているかも承知していた。
「ケッ。言っとくが俺たちはまだお前らのことを信用している訳じゃないぜ。
いくらお前ら二人が・・・」
と、何かを言いかけた怪人の口を、握りつぶさんばかりの勢いで掴む美帆。
格納庫での少女の姿がその脳裏に浮かぶと彼女の力はさらに増し、強烈な力で
くちばしを締め上げられたタカロイドは苦悶の表情を浮かべる。そこへ美帆は
こう言い放つ。
「命が惜しかったら余計なことは言うんじゃない、タカロイドッ!」
「ウギィィィィッ!!」
その言葉とともにくちばしを掴む手にはさらに力がこもり、怪人は声に
ならない悲鳴を上げる。そんな姿に一瞥くれたところで、美帆はタカロイドの
くちばしから手を離す。
「わ、判った、判ったよ。早くそいつを連れて行きな!」
息も絶え絶えな怪人を尻目に、二人は再びメンテナンスルームへと歩き出す。
別れ際、美帆は壁にもたれて荒い息をつくタカロイドに一言こう言い残した。
「物わかりのいい奴が一番長生きする・・・覚えておくと良い」