一方、ZXの戦果に幹部たちがわき返っているのを尻目に、一人別室で
その戦いぶりを憮然とした表情で眺めている一人の男がいた。彼は戦いの
一部始終を見届けたところでモニターを切ると、忌々しげに呟いた。
「儂には判っておったわ。当然の結果だとな」
と、そこへ彼を訪ねてきた者がいた。ノックの音と共に部屋の中に入って
きたのは一人の改造人間だった。顔には長い触角と巨大な複眼、体には
密集した体毛と毒々しい色彩の羽を持つこの改造人間は、ゼティマの怪人
「ドクガロイド」である。
「大佐がこちらだと伺ったもので、お顔を拝見したく・・・」
欧州での作戦行動を終えて帰還した旨を報告するために男の許を訪れた彼
だったが、その時この改造人間は自らが「大佐」と呼ぶ男の怒りの矛先を
よもや自分に向けられようなどとは思ってもいなかったことだろう。大佐と
呼ばれたその男は立ち上がるやいきなり声を荒げ、ドクガロイドの喉元に
掴みかかった。
「貴様に質問するッ!我が忠実なる僕ならば容易く答えられる質問だ!!」
突然のこの出来事は、ドクガロイドにとっては全く身に覚えのないこと
だった。それもそのはず、有り体に言えば単なる「八つ当たり」なのだ。
部屋の中は薄暗く大佐の姿を視認することは難しかった。数キロ先の物や
闇の中まで見通せる能力を持つ改造人間であっても、常にその能力を
全開にして目視している訳ではない。ドクガロイドはエレクトロアイの
出力を上げて男の姿を確認しようとしたのだが、それさえも許さぬ
凄まじい力で男はドクガロイドの首を締め上げる。
怪人は自分の身の丈、体格が相手よりもいくらか上回っている事を知って
いるが、それでも男は怪人の首を片手で掴んだまま容易くつり上げてみせた。
首を絞められているドクガロイドは満足に喋ることすらできない。
「ぐっ・・・何をっ」
「貴様は黙って質問に答えれば良い!」
男の狂気じみた視線が首つり状態でぶら下がる改造人間へと注がれる。
そして彼は言った。
「貴様らの生みの親は誰かッ?!」
「たっ・・・大佐、あなたですッ!」
「ふむ、ならば聞く!パーフェクトサイボーグの技術・・・神の理は
誰の手になるものか、貴様ァ言ってみろッ!!」
「ガッ・・・ガモン大佐ですッ!!」
息も絶え絶えになりながら、男の質問に答える改造人間。彼の答えに
一応納得したのか、男〜ガモン大佐は邪悪な笑みを浮かべる。
「うむ!よろしいィィィッ!!」
そう大喝するや大佐は片手で怪人をぶん投げると、ドクガロイドは
そのままモニターに叩きつけられた。衝撃とともに無数に走る亀裂。
そして刹那の後、それは火花とガラス片の雨となって倒れ伏した怪人の
上に降り注いだ。
やがて這々の体で大佐の足下にたどり着いたドクガロイドは、その時
初めて彼の姿を確認できた。彼の知るガモン大佐は軍服に身を包んだ、
いかにも軍人然とした出で立ちであった。だが、今日の大佐は何かが
違っていた。マントを羽織り、長い触角のような飾りのついた大きな
三角形の兜を被ったその姿に、彼はある人物の名を思い出した。
「そのお姿は、まるで地・・・」
何かを言いかけてハッとしたドクガロイドは思わず口をつぐむ。
将軍は彼が何を言いかけたかを瞬時に察知した。
「そうか、貴様もそう思うか。それほどまでに似ておるか・・・!」
「いや、決して悪気があったわけではッ!」
彼が言いかけたのは、大佐が最も嫌う男の「名前」であった。
「これは言わば儂からの奴への仕返しなのだ、ドクガロイドよ」
「仕返し、とは?」
ガモン大佐の言葉に、おそるおそるその意図を尋ねるドクガロイド。
どうにか持ち直し、ヨロヨロと立ち上がってきた彼に将軍はこう言った。
「儂が秘密裏に開発中していたパーフェクトサイボーグが、なぜ
悪魔元帥の手に渡ったか?考えられるのはただ一人・・・ダモンよ!!」
「もしやその方は・・・」
怪人の言葉を軽く鼻であしらうと、ガモン大佐はその口元を邪悪に
歪ませ、さらにおぞましい笑みを湛えて言い放った。
「またの名を地獄大使ッ!間違いなく奴の謀(はかりごと)よ!!」
ガモン大佐は、地獄大使がパーフェクトサイボーグ開発の技術を盗み、
それを悪魔元帥に売り渡したと踏んでいる。己の手柄欲しさであれ、
はたまた自分を陥れるためであれ、ダモンならばそれくらいのことは
やりかねない、とガモン大佐は思っているのだ。
実はガモン大佐と地獄大使ことダモン将軍は、双子の兄弟でありながら
互いに憎みあっていた。それ故にガモン大佐は地獄大使と間違われる
ことを非常に嫌う。彼の前で「地獄大使」の名前は禁句なのである。
だが、その彼がなぜ憎き男と同じ姿をして立っているのか、ドクガロイド
には理解できなかった。
しかし、そのことを切り出す前に大佐は怪人の抱いた疑問を、恨みに
満ちた言葉で氷解してみせた。彼は過去を振り返り、こう語る。
「これまで儂は奴の陰に隠れ、暗闇の中で雌伏の時を過ごしてきた。
奴の名を耳にする度に、幾度腑の煮えくりかえる思いをしたか知れぬ。
だが、もう儂はあの男の陰ではない。奴も儂の存在を黙殺することなど
できんだろう」
「?!」
「儂が表舞台に立つ以上、奴もまた儂の名前を聞く度に儂と同じ思いを
する事になるのだ・・・そうだ、思いついたぞ。『暗闇からの使い』に
ふさわしい、儂の新しい名を」
「新しい名前?」
ガモン大佐がゼティマ大幹部の一員として彼らの前に姿を現すに際し、
思いついた新しい名前。それは自分を日陰の存在へと追いやった憎き
ガモン将軍〜地獄大使にとっては屈辱的な響きを伴う名となった。そして、
彼はその名をドクガロイドに告げた。
「奴が地獄大使ならば・・・儂は『暗闇大使』とでも名乗ろうか!」
そう言ってガモン大佐、いや暗闇大使は大笑する。その禍々しい高笑いは
部屋中に響き渡った。