第37話 「記憶」
ゼティマの最高幹部、悪魔元帥の手によって誕生した究極の改造人間、
「パーフェクトサイボーグZX」。全身の99パーセントに改造手術を
施され、まさに全身が武器とも言えるこの恐るべき敵によって希美と亜依の
ダブルライダーは深刻な命の危機に陥ってしまった。
二人の身を案じて駆けつけた圭織とあさ美〜仮面ライダースーパー1と
スカイライダーの思わぬ戦闘力の前にさしものZXも撤退を余儀なくされた
が、それは最強の刺客が彼女たちの前に立ちはだかった瞬間だった。
二人の仮面ライダーの連係攻撃によって少なからずダメージを受けたZX。
不覚を許したその瞬間、脳裏によみがえったのは何者かの声だった。
・・・・・マコ・・ト
・・・・・・マコト・・
・・・
「『マコト』・・・一体誰のことだ・・・そしてあの声は・・・」
愛機「ヘルダイバー」を駆って基地を目指すZXは、戦いの最中に聞こえた
声のことを思い返していた。聞いたことのないはずの声、しかしどこか懐かしさ
さえ感じる声。その声とともに彼女の脳裏にこびり付いた「マコト」という名は
容易に消えそうになかった。
ZXの戦況は逐次基地の司令室に伝えられていたため、今回の戦果は当然
居並ぶ幹部たちの知るところであった。別室でたくらみを巡らしていた幹部たちの
思惑をよそに一人この光景を満足げに眺めていたのはゼティマ最高幹部、
悪魔元帥その人であった。
「フフフ・・・見たか、ZXの力を。飯田圭織と紺野あさ美のデータが万全だった
なら、あの二人をも屠り去れたろうに」
白面に刻まれた赤い隈取りが、彼の邪悪な笑みをいっそう際だたせる。
そんな元帥の言葉を傍らで聞いていたのは、元帥配下の幹部「幽霊博士」。
パーフェクトサイボーグZX誕生に関わった一人である。
「試運転としては上々の成果と言えますな・・・小娘二人、おそらく生きては
おりますまいて」
精気を感じさせない、名の通り幽霊のような顔に屈折した笑みが浮かぶ。
しかし、元帥はこの結果に決して満足はしていないようだった。
「だが我らに盾突く者達はまだ残っておる。大首領様も今回のことはさぞ
お喜びであろうが、無論これに満足されるお方ではない。儂もしかりよ」
「そして今回のデータは、新たな戦士へと受け継がれる。もう一体の
パーフェクトサイボーグ、『タイガーロイド』だ。儂は先ほど気になる報告を
受け、大首領様にもそれをお伝えした」
元帥の言葉に、その「報告」の内容を察知した幽霊博士は言う。
「もしや・・・脳改造のことでは」
「耳が早いな、その通りだ。万一ZXに記憶が戻るようなことがあれば
始末してもよいと仰せだ」
「しかし、もう少しデータの採集が必要ですぞ」
想像以上の戦果を挙げたとはいえ、ZXはまだプロトタイプである。完成の
ためのサンプルデータは十分とは言えない。未完成のまま開発をうち切る事を
許さないのは、やはり科学者の性であろうか。しかし、その点は元帥も承知
していた。
「判っておるわ、『記憶が戻れば』と言うておろう。ZXが帰還次第、洗脳の
強度をさらに高めよ」
「ははっ。直ちに」
そう言うや幽霊博士は悪魔元帥に一礼し、彼の前から姿を消した。
やがて帰還を果たしたZXは変身を解き、ヘルダイバーと共に暗い格納庫に
佇んでいた。その横顔は、先ほどまで恐ろしい改造人間だったとは思えない
ほどのあどけない少女のそれだった。
「あの声が呼んでいたのは誰だ?そして声の主は・・・判らない」
ZXは一人呟くと、謎の声の事を思い返していた。しかし、彼女の記憶を
いくら紐解いてみてもその答えは導き出せそうにない。
とその時、彼女に秘められた超感覚が異変を告げる。格納庫の入り口付近
に人の気配を感じたZXは手近にあったスパナに手を伸ばすと、気配のする
方向に向かって投げつけた。
「誰だ!」
声と共に放たれたスパナは回転しながら気配のする方向へと飛んでいった
が、直後その方向から「パシッ」という乾いた音が聞こえると、闇の彼方
から何者かが姿を現した。
「せっかく出迎えに来てやったのに、随分な挨拶じゃないか」
暗闇から姿を現した、黒いスーツを着た大柄な女。彼女は手にしたスパナ−
ZXの手から放たれたものだが−を容易く飴のように曲げると床に放り捨てた。
二人だけの格納庫に響く金属音。その音に一瞬ZXの表情が歪むと、そのまま
彼女は体勢を崩して跪いてしまった。
・・・・・・マコト・・
・・・・・・マコト・・
「ぁうっ!また・・・また『あの声』がっ・・・!!」
「どうしたっ?!」
うめき声を上げてうずくまる少女。ZXの頭の中に響くのはまたも「あの声」
だった。不意の金属音が引き金となって発生した電子頭脳のノイズに苦しめられる
ZX。その瞳には激しい動揺の色が浮かぶ。それは脳改造によって失われたはずの
感情であった。その様子に女は慌ててZXの元へ駆け寄ったが、それを手で制した
ZXは辛うじてヘルダイバーに掴まると、ゆっくりと立ち上がった。痛みに顔を
しかめながら、ZXは女に言う。
「私は大丈夫だ・・・それより聞きたいことがある、タイガーロイド」