第36話 「走れ、まい!妹たちの許へ」
時は遡って、舞台は札幌市内。町はずれの古寺、「木菟寺」の本堂。
この地に眠っていた人造人間「キカイダー01」まいは、妹であるひとみと梨華の
危機を察知して甦った。しかし、今の彼女には妹たちの許へ駆けつける術がなかった。
彼女に刻み込まれたプログラム−人間で言うなら「心の声」と言うべきか−は「妹たち
を救え」と叫ぶが、まいはこの世界の事についてまだ何も知らない。それでも、まいは
心の声に従い行動を開始しようとしていた。全てはまだ見ぬ妹たちのために。
(いつまでもここにいたって、何も変わらない・・・判らない事ばかりだけど、
始めなきゃ・・・!)
すると、本堂の外から誰かが入ってきた。それは一人の老僧であった。彼はまいの姿
を認めると彼女のそばへと近づいてきた。今まで見た事もない人間の姿に一瞬怪訝な
表情を浮かべるまいに対して老僧は言った。
「ようやく目が覚めたか、キカイダー01。いや、今はまいと呼んだ方が良いかの。
儂はお前の身柄を預かっとった者じゃ」
「私を?預かっていた?」
「そう。儂は人呼んで『風天和尚』・・・本当の名はとうに忘れてしもうた。
それよりまい、お前に見せたいものがある」
そう言って老僧〜風天和尚はまいに手招きする。「自分について来い」という意味
なのだと理解できたまいは和尚の姿の後をついて行く。こうして、二人はやがて寺の
裏にある池へとやってきた。
「加護からお前の事を任されたとき、一緒に預かった物をここに隠してある。
ちょっと待っとれよ・・・」
そんな事を言いながら、和尚は池の近くに立っている石灯籠の前に立つ。灯籠
には昼間にもかかわらず灯がともっており、しかもそれは風に揺れても消えること
なく燃え続けている。そして彼は灯籠の屋根の部分へおもむろに手をかけると、
それをそのまま回転させた。すると突如轟音と共に池の水が見る間に縁の方へと
吸い込まれ、瞬く間に干上がってしまった。
まいはその様子をただ黙って眺めていたが、風天和尚はそんなまいに目もくれず
唐突に石灯籠の屋根を外すと、灯籠の中に手を突っ込んだではないか。そこには
当然、煌々と燃えるろうそくがあるのだ。
「あっ!!」
思いがけぬ彼の行動に声を挙げるまい。風天は「瘋癲」に通じ、それは「精神
状態が正常でない事」を意味する。だとすれば、彼の振る舞いも彼の異常さ故かと
思われたが、実はそうではなかった。
「さすがにお前も驚いたようじゃの。心配するな、この炎は立体映像じゃ。熱源
感知センサーをも欺く微弱な電波を発しとってな。大事なものはこれで隠しておる」
そして、和尚は彼の言う大事なもの、立体映像の炎に隠された何かを手で
探り当てた。それはいわばスイッチのような物で、指にその感覚を感じた彼は
迷わずそれを押す。すると干上がった池の底に円形の割れ目が入ったかと思うと、
次の瞬間池の底は丸く抜け落ちてゆっくりと沈んでいった。
「妹たちのところに行きたいんじゃろう?足が無ければどうにもならん」
「脚ならちゃんと二本生えてるのに・・・」
「はっはっは。良いか、人間は乗り物の事をしばしば足と言うのじゃ。こりゃ
お前が旅に出る前に少し教育をしてやらねばならんのぅ」
和尚はそう言って笑う。そんな彼の顔を不思議そうに眺めていたまいだった
が、やがて池の底から現れた物の正体を知って再び素っ頓狂な声を挙げる。
「和尚・・・これは?!」
そこに姿を現したのは、白いボディに赤と青のストライプが走り、真っ赤な
「01」のロゴが入ったサイドカーだった。その形状はキカイダー・ひとみの
サイドマシンとよく似ていた。
「これがお前の足、『ダブルマシン』じゃ。このマシンで行けないところは
ないと言って良い。地上での最高速度は500q。陸海空、そして宇宙。何でも
ござれじゃ。」
「それだけのスピードなら、明日にでも妹たちの所にたどり着けます!」
「まぁ待て。事はそう単純ではない。いいか、昼日中からそんな高速で道路
を走れば警察に捕まってしまうじゃろ?そうでなくとも人目につくわい」
そんな事を言いながら、和尚はまいが人間達の中で生活する上の心得を
教えた。妹たちが同じ運命の元に集った少女達と生活する上で学んだ事を、
彼女は一人の老僧から教わったのだ。しかし、それはごく初歩的な事でしか
ない。
「後は経験がお前を育てていくじゃろう。たとえ『良心回路』を持たない
お前でもな」
そう、キカイダー01・まいには「良心回路」が備わっていない。
キカイダー・ひとみやビジンダー・リカに先駆けて作られた彼女の最優先事項
それは姉として二人を守ることだった。それはまいにとっての至上命題であり
疑問や躊躇が入り込む余地などあり得ない。
良心回路は機械をより人へと近づけたが、その反面機械に人と同じく苦悩や
葛藤を与えた。妹たちを守るべく生まれたまいにとって、それは使命を遂行
する上で不必要な感情と言えた。
やがて二人は再び本堂へとやってきた。本堂にたどり着いて初めてまいは
気づいたのだが、中を見渡すと構えや手にした仏具の違う仁王像が10体前後、
まいを隠していた仁王像を囲むように配置されている。和尚はそれらを見渡した
ところで、まいにこんな言葉をかけた。
「よいか、迷い無き者だけが真実へと至る事が出来るのじゃ。人は迷いや
悩みがあるが故に苦しまなければならぬ。己が本来成すべき事を見失う」
風天和尚の言葉に、まいはただ黙って頷く。彼はなおも言葉を続けたが、
やがて「良心回路」に話が及んだときの事だった。
「まいよ、お前の父である加護博士は妹たちに迷いの種を植え付けたのと
同じじゃ。本来、機械に『心』は要らぬ!機械を動かすのはプログラム、
そしてプログラムとは0と1の数列の産物よ。人ですら『心』を捨てた
この世に、何の因果で機械が『心』を持たねばならぬ!!」
大喝する老僧の気迫に、人造人間でありながら圧倒されそうになるまい。
しかし、直後風天の口調は急に穏やかになった。