「かくれんぼ」という題名です。
11 :
1:03/03/08 08:35 ID:Anq6M/9U
あたし達が、解散した日のこと。
12 :
2:03/03/08 08:37 ID:Anq6M/9U
あたし達は、滞りなく、全く予定通りに、全ての手続きを終えた。最後のライブ
だったり、緊急特番!とか言って組まれたテレビ用の撮影だったり、モーニング娘。と
してこなす最後の一日には、やっぱり仕事が詰め込まれていた。それはいつもより
多いくらいで、その忙しさのせいか、全てが終わったその時もめまぐるしさだけが
残って、そこに解散の実感はほとんどなかった。
最後のカメラが止まり、スタッフさんの声が終了を告げた時、あたしは、正直
疲れきっていた。多分他のメンバーも、それは同じだったろう。また、翌日から
すぐにソロや、別の活動のために忙しくなる子もいた。
だからどうして最後に、メンバーが集まることになったのか、そして集まることが
できたのか。それは未だもってよくわからない。例えるなら神さまの、導きのような
ものだったのだろうか。もっともあたしは、神さまなんて信じていないけれど。
13 :
3:03/03/08 08:38 ID:Anq6M/9U
人気の完全に消えた事務所の一室で、あたし達はテーブルを囲んだ。事務所は
あたし達の為に開放されていた。最後の計らいだったのかもしれない、電気は
つけられていたし、人は警備の人も含めて全員出払っていた。ただ、それがはたして
水入らずという計らいなのか、それともほっとかれただけなのか、そこまでは知らない。
とにかくあたし達はそこで、ほんとうにささやかながら最後のお別れ会をした。
泣くのはやめよう、そう言ったのは意外にも、カオリだった。モーニング娘。は、思い出に
なっちゃったけど、でもそれは楽しい思い出だから、泣くのはやめようよ。そう言って、笑った。
その言葉は、変にみんなの胸にしみちゃって、逆効果なんじゃないかって
思ったのを、覚えている。
14 :
4:03/03/08 08:40 ID:Anq6M/9U
あたし達は、だからあまり昔のことは話さなかった。それまであったことを話そうと
すると、どうしてもそういう方向にいってしまうからだ。話の内容は、例えばこれからの
夢だとか、展望だとか、そういう方面に向かっていった。
時間は、いつもと変わらないペースでどんどん過ぎていった。最後の日だからと
言って、決して特別扱いしてはくれなかった。だけど12時をまわっても、誰一人
として帰ろうとしなかった。その頃にはもうとっくに話は尽きていて、あくびする子
なんかもちらほら混じっていたのだけれど、それでも誰一人「帰ろう」とは言い出さ
なかった。
これが最後の別れなんてことは、誰も思ってなかったし、そもそもお別れだなんて
発想すら、みんなそこまで持ってなかったと思うんだけど、なんとなく感慨深いものが
あったからかもしれない。
15 :
5:03/03/08 08:48 ID:Anq6M/9U
最初に言い出したのは、誰だっただろう。確かカゴだったと思うんだけど、ツジだった
ような気も、する。
「かくれんぼ、しようよ」
あたしが気づいた時には、もう三人か、四人くらいで盛りあがってた。
「ルールを決めようよ!」なんて話に、首をつっこむつもりは最初はなかったんだけど。
「じゃあ、あれね、見つかったら罰金ね」
「100マンエンにしようよ、罰金」
「って、おい。そういうのはやめろって」
物騒な言葉には、長年の習慣からかついつい口を挟んでしまう。
「せっかくだから、みんなでやりましょう!」
そんなカゴの呼びかけにその内、入ったばっかりの子なんかも加わって、結局全員が
参加することになった。
どうやら本格的にかくれんぼが開始されたのは、確か2時をまわったあたりの時間だったと思う。
16 :
6:03/03/08 08:53 ID:Anq6M/9U
「じゃんけん、ぽん…あいこで…しょ!」
じゃんけんだけで長かった。そうしてオニになったのは、何故かあたしだった。
ぴったりだと、ケラケラ笑うガキ二人をあたしは睨みつけてやったんだけど、そしたら
数え出す前に部屋から逃げ出しやがって、みんなはそれをくすくすと笑いながら見ていた。
「じゃ、100数えるから。もーいーかいとか言わないから」
乱暴にそう言い放つと、あたしはテーブルに顔を伏せた。
「いーち、にーぃ、さーん…」
ドアから出ていく足音。そのすべてが遠くへ消えていって、もう部屋には誰もいないって
わかっても、あたしは顔を伏せたまんましっかりと、100まで数えた。
何故だかわからないけど、そういうのは律儀にやるべきだ、と思ったから。
17 :
7:03/03/08 08:55 ID:Anq6M/9U
そのかくれんぼの様子は、今でもしっかりと覚えている。目を閉じればいつだって
思い出せる自信がある。
「…さて。」
はじめこそ消極的だったあたしとは言え、始まってみれば否が応でも、盛りあがってくる
自分を、感じざるを得なかった。まるで名探偵よろしく、あたしは頭を働かせた。
なんと言っても通いなれた事務所。それにルールとして、この階から出てはいけない、と
いうのがあった。また、開放されているとは言っても、鍵のかかっている部屋はいくつもある。
つまり隠れる場所はかなり絞られるわけで。
いくつかの応接室、トイレ、会議室。ひとつひとつ、頭で絞って行く。
しらみつぶしに探せない範囲ではなかった。
18 :
8:03/03/08 09:02 ID:Anq6M/9U
まず、あたしはトイレに向かった。女子トイレは広くて、個室の数も10は数えられるくらい。
いちいち探してもよかったんだけど、その時ちょっとしたイタズラ心があたしの胸をくすぐった。
あたしはまずトイレのドアを、音がしないように慎重に開けた。それから足音を消して、
電気のスイッチのところへ向かうと、おもむろにスイッチを消した。
「ひっ」
ぱちっという音とともに、真っ暗になったトイレに声が響いた。奥から3番目の個室に、
間違いなくリカちゃんがいた。あたしはまた気配を消して、その前に忍び寄った。
そうして不意をつくように、全力でドアを乱打した。
ドンドンドンドン!
力なくドアが開いた時には、リカちゃんはちょっと泣いていたと思う。暗かったから
よくわかんないけど。
ちなみに男子トイレにはヨッスィーがいた。もちろん同じ方法で泣かした。
19 :
9:03/03/08 09:04 ID:Anq6M/9U
「見ぃつけた!」
あたしは見つける度に、わざと大きな声でそう言った。会議室には中学生の子達が
何人か固まって隠れていた。きっと年の近い子どうしだけで、最後のお別れをしてたんだろう。
手強かったのはカオリとナッチだった。二人はどこにいたかと言うと、廊下の付き当たりに
ある喫煙所の、自販機の裏。二人で協力して動かしたんだそうだ。
舐めてる奴も中にはいた。例えばコンノは最初の部屋の、なんとあたしが顔を伏せていた
テーブルの下にいた。ずっと息を殺していたらしい。ツジに至っては、応接室のソファで寝ていた。
すぐさま叩き起こすと、逃げようとする襟首をつかんで「見ぃつけた」と言っておいた。
20 :
10:03/03/08 09:09 ID:Anq6M/9U
最後まで、見つからなかった子もいた。
「おっかしいなぁ、探すとこは全部、探したのになぁ…」
あたしは許された全ての範囲を、しらみつぶしに探した。廊下の植木の裏、扉の影、
もう使われていない応接室。ロッカーまでひとつひとつ調べた。
もうその頃には、かくれんぼ自体もグダグダになっていて、隠れるのをやめて出て来る子
なんかもいた。多分4時を回ったあたりだったと思うけど、結局、最初の部屋にはもう
カゴ以外の全員が集まっていた。
捕まえたみんなも一緒になって、ずいぶん探した。もう終わったから、出て来い。
全ての部屋で、そう何度も呼びかけた。
けど、カゴは結局出て来なかった。
21 :
11:03/03/08 09:11 ID:Anq6M/9U
それからも、みんなの顔はよく見かけた。時々は会うこともあった。意外かも
しれないけど、あたしはゴッチンとよく会うようになった。ゴッチンはあたし達が
解散してからも、表向きは関係なしって形でしばらく活動を続けてたんだけど、
最近はCDを出すこともあんまりなくなって、なんかドラマとか、そっちの方に
力を入れてるみたいだ。
忙しい時は忙しいけど、暇なときはほんとうに暇らしい。なんだかうらやましい生活だ。
いつだったか、かくれんぼの話をしたことがある。二人で飲んでいた時に、あたしがふっと
思い出して、話して聞かせた。
「いいなぁ」
ゴッチンは、最後まで聞き終わると、心底うらやましそうにそう呟いた。
「あたしも、そういうの参加したかったよ」
22 :
12:03/03/08 09:12 ID:Anq6M/9U
やがて世間はあたしのことを忘れた。あたし達のことを忘れた。
23 :
13:03/03/08 09:14 ID:Anq6M/9U
ある晩のこと。
めずらしくカオリから電話があった。
しばらく近況を報告しあった。カオリは美術関係の仕事をしているらしい。簡単な美術館の
ようなものを持っていて、絵を売ったり飾ったりしてるという話だった。
「美術館」ならわかるけど、「美術館のようなもの」というのがよくわからなかったが、あたしは
何となく納得した。なんせ相手はカオリだ。
もちろん自分で絵を書いたりもしてるそうだ。そしてオーナーの気合(とカオリは言っていた)で
書いた絵を展示したり、時には売ったりもしているとのこと。
「それって、いいの?」
「うん、いいの」
自信ありげに言いきるカオリは、なんだかちょっと自慢げで、でも感じ悪いところは一切なくって。
まるでマンガに出てくる、ガキ大将みたいで微笑ましかった。
24 :
14:03/03/08 09:16 ID:Anq6M/9U
「あー、あとねー、歌ったりもするよ!」
再デビューの話でも狙ってるのかと思って、すこしびっくりしたが詳しく聞くと、たまに
地元のライブハウスなんかで、アマチュアバンドに混じって歌わせてもらったりしてるらしい。
そういう豪胆さのようなものを、あたしは心底うらやましいと思った。
「ねぇ、ヤグチさぁ」
カオリはしばらくの沈黙のあと、ぼそっと吐き出す様に言った。
「同窓会、やらない?」
ヤなら全然いいんだけど、と付け加えた。そんな控え目な部分も含めて、カオリは
いつまでもカオリだった。
25 :
15:03/03/08 09:19 ID:Anq6M/9U
それから数日が経ったある日の午後。あたしは喫茶店にいた。待ち合わせの時間には
まだ大分あったけど、特に用事もなかったあたしは早めに来て待っていた。
いつのまにか、そういう習慣が身についてしまっていた。
すこしの緊張と懐かしさを胸に、あたしは入り口のドアを見つめていた。やがて、ほとんど
時間どおりにドアが開いた。
「ツジぃ」
手をあげながらなんだか、あたしは照れくさくって笑った。
「久し振り」
「お久しぶりです、ヤグチさん」
26 :
16:03/03/08 09:21 ID:Anq6M/9U
ツジはもうすっかり、大人になっていた。今は学生で、なんかたいそうな研究をしている
らしい。内容は正直、聞いてもよくわからなかった。
「背もね、あれから大分のびちゃって」
あの頃のベタついた敬語ではない、そのハキハキした喋りかたは、響きこそ気持ちの
いいものだったけど、すこし物足りなかったのも事実だった。
「しっかし、お前が学生とはなぁ…」
「はは」
ツジは口元だけで笑ってみせた。
「よく言われるんですよ、やっぱりあの頃は作ってたの?なんて」
そうして、大袈裟に顔をしかめてみせた。
「作ってたのかもしれないですけど、本気でしたよねあの頃は」
遠い目でそう呟いた。そんな大人びた仕草からも、背伸びは感じられなかった。
27 :
17:03/03/08 09:22 ID:Anq6M/9U
「そうそう、カゴについてなんだけどさぁ」
あたしは本題に入った。ツジは少し首を傾げた。
「…そう言えば、会ってないですね」
「あたしも全然会ってないんだよね、解散の日以来かな?」
「あぁ、こっちもそんなもんです」
言葉を切るとツジは、心配そうにあたしを見つめた。きっとあたしが途方にくれたような
顔を、していたからだろう。
カオリはああ言ったけど、あたしとしては、同窓会という堅苦しい形じゃなくって、できれば
適当に集まりたかった。どこか遠慮していたのかもしれない。ただ一応形として、連絡は
全員に入れようと決めていた。
電話を回しながら一人二人ぐずるかな、と思っていたんだけど、なんと次々と快諾が
返ってきた。
ただ、ひとしきり連絡は入れたものの、どういうわけかカゴにだけは連絡がつかなかった。
長い月日の中では携帯も、住所すらも変わっていて、驚くべきことに解散後、誰とも
一度も連絡をとっていないらしく、連絡先がまるでわからない状態だった。
あたしとしては最後の望みをツジに託していたんだけど。
28 :
18:03/03/08 09:24 ID:Anq6M/9U
「で、同窓会の話なんですけど」
カゴのことはひとまず置いて、話を進めることにした。ツジは前もって聞いておいた
みんなの予定を、照らし合わせながらテキパキと日取りを絞って行った。
わざわざ呼び出したのは、それを打ち合わせる為でもあったんだけど、日取りは10分も
たたないうちに決まってしまった。
「多分この日が一番だと思います」
自信ありげに言いきられて、あたしはただうなずくしかなかった。
積もる話もあるかなと思ったけど、ツジはそれからすぐに帰ってしまった。かかってきた
携帯で、誰かとしばらく話したあと、立ちあがる前にいかにも申し訳なさそうな顔で
すいません、と言った。
一人残されたテーブルで、なんというか、あたしはひどく惨めな気分になってしまった。
「忙しいんだよね、しょうがないよ…なぁ」
空のコップに向かって、あたしは呟いた。
29 :
19:03/03/08 09:26 ID:Anq6M/9U
日取りに異論は出なかった。企画のすべてが順調に進んでいく中、あたしが気に
なっていたのはやはりカゴのことだった。
あたしは別に、幹事というわけではなかった。そんなつもりもなかった。ただ、一番ヒマだった
のは、間違いなくあたしだったから。気づくと連絡係のような立場におかれていた。
そうなると、なんだか責任を感じてしまう。
ある日、ふと思いついたあたしは、カゴの実家に電話をしてみた。親同士の付き合いが
ちょっとだけあったらしく、家に聞いたら番号はすぐにわかった。
「もしもし…」
出たのはお母さんだった。
「あ、あのう、ヤグチと申しますけれど」
「…ヤグチさん?、あぁ、お久しぶりです…」
そうして、あたしは信じられない話を聞くことになった。
30 :
20:03/03/08 09:29 ID:Anq6M/9U
カゴの実家は思ったより大きかった。あたしが着いたのは、ちょうどカゴのお母さんが
家をでようとしている瞬間だった。幸いにも間に合ったらしい。何度考えても奇跡のような
タイミングだった。
はたしていいタイミングだったのか、悪いタイミングだったのか。なんとも言えないが。
「ヤグチさん、すいません、遠いところをわざわざ…」
そう言って頭を下げたカゴのお母さんは、一目見ただけでは見分けがつかないくらい
面変わりがしていた。きっと街ですれちがっても、わからないくらい。もちろん最後に会ってから
何年もおいたせいでもあるんだけど、それにしてもあたしはその変化に戸惑った。
「すっかり、御立派になられて」
そんなお愛想をいただいた。向こうにしてみれば、あたしも似たようなものなのかもしれない。
31 :
21:03/03/08 09:31 ID:Anq6M/9U
焼場へと向かうタクシーの中で、すこし話をした。
「ほら、あの子、一応昔は有名人だったじゃないですか…だからね、下手にお葬式
なんて出すと、ほら、騒がれちゃって」
お母さんは、それだけ言うのもやけに苦しそうだった。きっと無念で仕方がないのだろう。
だけどそこにどういう事情があるのかは、とても聞けなかった。
「病気は…なんの病気だったんですか」
「血液が悪かったらしくて…わたしにも、よくわからないんですけど、難しいんですってね…
気が付いた時にはもう、手遅れでした」
無念を吐き出すかのように、お母さんは言った。
カゴは果たしていつ頃から悪くて、そしていつ頃から気が付いていたんだろうか、
そんなことをちらっと思った。結局、それも聞けなかった。
32 :
22:03/03/08 09:35 ID:Anq6M/9U
葬儀は狭い焼場で、ひっそりと行われた。集まっているのは親族の人だろうか、本当に
身内だけといった風で、人数もあたしを入れても十人もいなかった。
せめてもの形としてお坊さんが唱えているお経も、なんだかやけにぞんざいに聞こえた。
じっさい、こんな場所ではお坊さんも力がでないのかもしれない。しかしお母さんは
時々、満足そうにうなずいたり、手を合わせたりしていた。
「ほんとうは、こちらから連絡すべきだったんですよね、もちろん皆さんにも」
流れるお経の中、ふとお母さんが小声で、あたしに耳打ちをしてきた。
「でもね、あの子がきつく言うもんですから…見られたくなかったんでしょうか」
その言葉に、あたしは気づいた。カゴにとって、モーニング娘。の仲間は、弱った姿を
見せてもいい相手ではなかった、ということに。
それについてはとくに、何とも思わなかった。ただ、あたしならどうだろう、といったことを
ぼんやりと考えたまでだった。
そしてしばらくしてから、あたしも耳打ちを返した。
「あたしがカゴ…あたしがアイさんだったら、やっぱりそうしたかもしれないです」
33 :
23:03/03/08 09:36 ID:Anq6M/9U
「そうですか…でもね、私はヤグチさんにご連絡いただいて、こうして来ていただいて
やっぱりよかったと思っているんですよ」
それは寂しい声だった。ここが閑散とした狭い焼場で、これが遺影すらも飾られない
ような葬儀であったことを差し引いたとしても、それは寂しい声だった。
「ヤグチさんも、拾ってあげてください」
お経はじきに終わった。お母さんに導かれ、あたしはもう灰になってしまったカゴに歩み寄った。
不思議と涙はでなかった。でもそれは悲しくないというよりは、ただ実感がないだけだという
のが、あたしにはわかっていた。きっとこの日のこの思い出が、いつか胸をしめつける日がくる。
そんな予感めいたものを感じながら、あたしはゆっくりと骨を拾い上げて、骨壷にいれた。
34 :
24:03/03/08 09:38 ID:Anq6M/9U
葬儀はすぐに終わった。あたしが着いてから一時間も経たないうちに。
集まっていた人々もすぐに、口々にお悔やみを述べて去って行った。最後にお坊さんが
帰っていくと、残ったのはあたしと、お母さんだけになった。
がらんとした焼場はやけに広く感じた。
「よかったら、家に泊まって行かれませんか、もう遅いですし…」
あたしは丁重に断った。お母さんは軽くため息のようなものをついた。
残念がっているようにも、ほっとしているようにもとれた。その表情からは、感情らしきものは
あまり読み取れなかった。
「今日はほんとうに、ありがとうございました。きっとアイも喜んでいると思います」
お暇しようと思ったその時、ふと気になって尋ねた。
「そう言えば、解散した日のことなんですけど…」
35 :
25:03/03/08 09:39 ID:Anq6M/9U
「あぁ、覚えてますよ…」
お母さんは下を向いて、少し笑った。それから、膝の上の骨壷をすこし撫でる様な仕草をした。
「かくれんぼしたんだぁ〜って言ってました。嬉しそうでねぇ…」
「あの日、カゴだけ見つからなくってね、結局朝まで探したんですけど」
「そうですか…途中で帰ってきちゃったんですね、じゃあ」
お母さんは、思い出したような声でそう言った。
「たぶんそうだと思います。ウチ等は結局朝になって解散したんですけど、その後
見つかったってわけでもないみたいだったから」
言いながら、あたしはその日の記憶を手繰り寄せるように頭を振った。
「さよならが、辛かったのかもしれませんね」
お母さんはぽつりと言った。それから顔を上げて、続けた。
「それにね、あの子よく帰ってきちゃったんですよ、昔から。かくれんぼの途中なのに」
あたしの耳に、「あの子」という発音が懐かしく聞こえた。お母さんは、ほんとうに
懐かしそうな遠い目をしていた。
36 :
26:03/03/08 09:41 ID:Anq6M/9U
「あの子ね、怖かったんですよ、きっと。かくれんぼしてて、もし自分が探されて
なかったらどうしようかって、そういうところがあったんです、あの子には」
あたしは、思い返した。
なんとなく、そういうところもあったような気がする。もっともそれは随分曖昧な記憶だった
けど。言われてみたらそんな気もするけど…って感じの。
それから、あたしは骨壷に向かって笑いかけた。
「バカだなぁ…ウチら、めちゃめちゃ探したってのに…」
明るく話しかけたつもりが、不思議としみじみした口調になってしまった。お母さんも
弱々しく笑った。
「そのくせ、あの子はねぇ、隠れるのはうまかったんですよ…」
「そうだ、どこに隠れてたか、聞きました?」
「…あぁ、言ってましたね、そう言えば…」
37 :
27:03/03/08 09:42 ID:Anq6M/9U
それからさらに何日か過ぎて、ついに同窓会の日を迎えた。一番最初に集まったのは
あたしと、ゴッチンだった。
「もうね、すっげぇ頼んだんだから」
ゴッチンが何度もそう強調する。あたしは笑った。それからむくれるゴッチンに、もう
何度目かわからないお礼を言った。
何もかも、あの日と同じようにしたい。言い出したあたしでさえも、それが叶うとは思って
いなかった。事務所は渋ったのか、それとも快諾したのか。そんなことはどっちだってよかった。
あの日のように、同窓会のために開け放された事務所で、あたしとゴッチンは皆を待った。
38 :
28:03/03/08 09:45 ID:Anq6M/9U
あの日と同じ部屋で、あの日と同じようにあたし達は集まった。電気もつけられていて、
人も出払っていて、何もかもがあの日と同じように。もっとも、メンバーはすこし違っていた
けれど。
「なんだ、お前ツジかよ!」
「はは、ヨッスィは変わらないね」
「変わらないねだって!かわんないねぇ〜、の間違いだろ?」
「うぉっ、ケイちゃん!」
次々に人は増えていった。永遠に来ない一人を除いては。
誰かが呟いた。
「カゴがいないの、残念だねぇ」
「しょうがないよ」あたしは曖昧に笑った。
「急に用事が出来たっていうからさ、無理押しは出来ないしね」
39 :
29:03/03/08 09:47 ID:Anq6M/9U
都合で遅れた子も含めて、9時を回った頃には全員が集まった。
あの時描いた将来を、あたし達は昔話として語り合った。話はとてもじゃないけど
尽きることがないようにみえた。そうして、過ぎていく時間はあっと言う間だった。
時間すらも、あの日と同じように流れている、あたしはそんな風に感じた。
だけど、あの日と決定的に違うものが一つあった。それは、空気。
急激に盛りあがった場も、途切れがちな会話とともに冷めていった。11時をまわった
頃には、皆はもう話もそこそこに、時計に目をやったり、やたらと携帯を弄ったりしていた。
それとなく、解散を告げられるのを待っている。そんな空気は全て、幹事っぽい存在の
あたしに向けられていて、あたしはそれを敏感に感じ取っていた。
「かくれんぼ、しようよ」
ふと訪れた沈黙をぬうようにして、あたしはすこし挑戦的に宣言した。それからまわりを
見まわした。
誰も返事をしなかった。返事がわりにあたしを見つめている瞳はすべて、否定的な
光をたたえている様に見えた。それはきっと、気のせいじゃなかっただろう。
40 :
30:03/03/08 09:49 ID:Anq6M/9U
「うん、やろうよ、あたしやりたい」
沈黙を破ったのは、ゴッチンだった。その、わざとはしゃいだような声に続くように
何人かが頷いた。
「ん、いいかもね」
「そう言えば、あの日もやったねぇ…」
反対意見は出なかった。きっと胸にかくしているのだろう。それは優しさじゃなかった
かもしれないけど、あたしは胸の中だけでそれに感謝した。
「こないだはあたしオニだったから、悪いけど今回はあたし外れるね」
異論はでなかった。一足早く部屋を出ると、繰り返されるジャンケンの音を背中に
聞きながら、あたしは静かにドアを閉めた。
今度は絶対見つからない、隠れ場所を知っている。そうしてあたしは、あの日の
カゴのように帰ってしまうつもりだった。
41 :
31:03/03/08 09:56 ID:Anq6M/9U
元々は応接室だったけど、あまり使われなくなったせいか、物置と呼ばれている
部屋がひとつある。と言っても、全然使われてないというわけじゃなく、ちょっとした
会議や、打ち合わせなんかには使ったりもするし、応接室としてもいざと言う時
すぐに使えるようになってるために、そんなにごたついてはいない。せいぜい、ソファの
裏に予備のロッカーが幾つか置いてあるくらいで。
あたしは、真っ先にそこに向かった。
ドアを開けて、ほっと胸をなでおろした。嬉しいことに、使われない部屋は今も使われて
いないようで、あの日のままの光景がそこにもあった。あたしは、部屋を見まわした。
42 :
32:03/03/08 09:56 ID:Anq6M/9U
六畳くらいの部屋には、長いソファが二組、低いテーブルを挟むように置かれている。
入り口から見て奥のソファの裏に、壁際に沿って縦長のロッカーが五つ、きれいに
並べられている。
カゴは、そこに隠れていた。ロッカーの中に。
あたしは部屋に入ると、ソファの裏を調べた。それはそこにあった。なんだか笑い出しそうに
なった。こんなところまで、あの日のままにおかれてたなんて。
「こりゃ、見付かんないわけだ…」
隠れる前に、あたしは部屋の電気を消した。
真っ暗なロッカーの中にはいると、鼓動だけがやけに大きく聞こえた。
43 :
33:03/03/08 09:59 ID:Anq6M/9U
やがて、がちゃりという音がして、オニが入ってきた。間違いなくばれない、とわかって
いても、なんだか鼓動が弾むのは押さえきれなかった。
電気が点される。ロッカーの扉の向こうで、気配が移動しているのを感じる。テーブルの
下を調べているのだろうか。すぐ向こうでごそごそと衣擦れの音がする。やがて気配がソファの
上へとうつるのがわかった。途端にあたしは緊張した。
微かな音とともに、ついにロッカーの扉に手がかかった。
がちゃがちゃ、という音がする。一つ目のロッカーは開かなかった。ちょっとした吐息の
あとに、隣の扉が揺らされる。三つ目、四つ目、そして五つ目──。
失望のようなため息が漏れて、気配がゆっくりと遠ざかっていく。そうして、オニが出ていく
ためのドアが開いた。
44 :
34:03/03/08 10:00 ID:Anq6M/9U
…並べられていた、ロッカーは五つ。だけど正確には六つだった。
一つをソファの背と、並べられたロッカーの間に倒す。ソファとロッカーの長さが
ピッタリ合い、倒れたロッカーは完全にソファの背もたれの陰に隠れる。
そうして、倒したロッカーに入る。それがカゴの隠れ場所だった。
誰もが立ててあるロッカーを疑うだろう。しかし手をかけてみてもロッカーは開かない。
倒したロッカーが蓋をしているから。オニは鍵がかかっていると思い込み、去っていく。
例え蓋をしてるロッカーに気がついても、それまで開けてみようとは決して思わない。
扉が上を向いていないからだ。
うつぶせのロッカーには入れないから。
実際は、扉は床ではなく、ソファを向いている。そうして僅かな隙間から、開け閉めも、
ちいさい体ならば、出入りもすることは可能だ。わかっていれば、誰でも気づくだろう。
わかってなければ、気づかない。そう、あの日のあたしのように。
45 :
35:03/03/08 10:01 ID:Anq6M/9U
電気が消され、バタンという音がしてドアが閉まった。遠ざかっていく足音を聞きながら、
あたしは安心といっしょに、すこしだけ物足りなさを感じた。あの日のカゴの気持ちが、
ちょっとだけわかったような気分になって、でもそれは決して悪い気分じゃなかった。
あたしは静かに扉を開けて、上半身だけ這い出した。真っ暗な部屋であえぐように
深呼吸をした。それから、タバコを取り出した。
これを一本吸ったら帰ろう。明日か、明後日でいい、電話で。カゴが死んだことを
みんなに伝えよう…
胸の中でそう呟いて、あたしはライターを点けた。
46 :
36:03/03/08 10:02 ID:Anq6M/9U
暗やみの中で、飛び散る火花が一瞬、なにかを照らした気がした。
確かに感じた違和感。
あたしはもう一度火をつけた。
照らされたのはロッカーの、開いている扉の裏、スチールのつめたい灰色。
それに殴り書きされたような文字は──
「モーニング娘。だいすきで」
そう読めた。あかい文字は口紅。血のようにあかい口紅。何年間も消えずにかくれて、
今になってようやくみつかった、その言葉。
47 :
37:03/03/08 10:03 ID:Anq6M/9U
咥えたままのタバコは、いつのまにか落ちていた。あたしはどれくらい、放心していたんだろう。
遠くであたしを呼ぶ声がする。あたしは慌ててロッカーに隠れた。
ほとんど同時くらいに、がちゃりとドアが開く。
「ヤグチ、もう終わったから出ておいで…」
その声は何度も、何度も響いた。あの日のように。
やがてドアが閉まった。遠くからの声も、じきに止んだ。
遠ざかる足音。消えていく気配。
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38:03/03/08 10:04 ID:Anq6M/9U
あたりはもうしぃんと静まり返って、もう微かな物音すらも聞こえない。
皆はもうとっくに帰ってしまった。あの日のように。あたしはそれでも隠れ続けた。
「モーニング娘。だいすきでした さよなら」
もう一度ライターを灯して、最後の文字を確認した。真っ暗な部屋の、狭いロッカーに
横たわって、あたしは泣いた。
あの日、見つけてやれなかった自分を責めるように。
そして、一人さよならを告げた、あの日のカゴのように。