真里となつみの足音が、闇へと続く階段に反響する。
そのまま飲み込まれてしまいそうな漆黒の先から感じる邪な波動に、
二人の顔が緊張に強張る。
「……紺野さん、大丈夫だべか?」
駆けながらなつみが心配そうに後ろを振り返る。
「……あいつなら大丈夫。帝国内であいつと近接戦闘で渡り合えるのは、
元騎士団長の高橋くらいなもんだから」
先を行く真里が振り返らずに呟く。
だがその声が震えている事になつみは気付いていた。
「……それに、オイラ達にはやんなきゃならない事がある。あいつがわざわざ
石川を引きうけてくれたんだ。絶対魔神の召喚を阻止しなくちゃ」
「……そうだね。絶対!」
闇の中、なつみは小さく頷き、拳を握り締めた。
ズンッッ!!
「「!!」」
その時、城内が大きく揺れた。
「な……!?」
二人の足が止まる。
瞬間――
ゴオオォッッ!!
「っ!!」
地響きのように断続的に地が揺れ動く中、闇をどす黒い瘴気が吹き抜けた――。
グッ!
「!」
吉澤を切り裂いた剣の切先が、その胸の中央で固定される。
「くっ!」
市井が剣を抜こうと力を込めるが、まるで吉澤と剣が一体化したかのように
それは微塵も動じない。
「フ……フフフフッ……やっぱりキミ、なかなかやるよ。この私に手傷を負わせた
人間は、キミが初めてだ」
胸から剣を生やしたまま、吉澤が楽しげに笑う。
「馬鹿なっ!! 致命傷のはずだっ!」
剣は確実に心臓を切り裂いたはず。
呆然と見上げる市井に、吉澤が笑みを貼りつけたまま朗々と語り出す。
「剣の腕はそこそこだが、我々魔族に対する知識には乏しかったようだね。我等は
人間と違い、心臓という物が無い。魔の生命エネルギーを作り出す核を潰さぬ限り、
我等を倒す事は不可能なんだよ」
ズルリと剣を引きぬき、立ちすくむ市井に近寄る。
ゴキィィッ!
「!」
吉澤に殴り飛ばされ、市井の体が地を転がる。
「っかはっっ!」
うずくまり血を吐く市井。
(くっ! 右腕まで犠牲にしたってのに、このザマかよ。ったく、わりに
あわねえなぁ)
左手の甲で血を拭い、立ち上がろうと足に力を込める。
「ククク……まだやる気かい。いいねぇ。もう少し楽しませてもらおうか」
吉澤が右手を振るい、再び鉄線を閃かせようと動かし――、
不意にその手が止まる。
「?」
眉をしかめた市井を無視し、暗雲の渦巻く空を見上げた吉澤の口が
今まで以上に楽しげに歪む。
「……来たか……」
「……何?」
吉澤がそう言った瞬間、縦揺れの衝撃が襲い、立ち上がった市井の体が
再び地に転がる。
総毛立つような瘴気に、市井の全身から冷たい汗が噴き出した。
「……ま、まさか……」
世界が揺れ動く中、市井の最悪の予感を裏付けるように吉澤が
満足げに微笑み、囁く。
「魔神の、降臨だ――」
「っあああぁぁぁあぁっっ――!!」
「のの!? のの!! しっかりしいやっ!」
地鳴りの中必死で辻の体を押さえつける加護の声を遠く感じながら、辻は身体中を
駆けぬける不快感に絶叫した。
(何これっ!? やだっ! やだよぉっっ!)
先ほどまでうずいていた傷口から、邪な何かが入り込み、身体中を侵食していく
ような感覚。
自分を蝕む黒い熱が、魂を食い千切って行くような絶望感。
(気持ち悪いっ! いやっ! ののを消さないでっっ!!)
闇に飲まれる。
自分が失われる。
目の前に居る愛しい人が、記憶から薄れてゆく――。
意識も無く嘔吐を続ける辻の双眸から、絶え間無く涙が流れ続けた――。
―― 五章 帝国潜入 ―― 完
次回【六章 魔神降臨】
――「うざいと思う人は飛ばして下さい」な前半のあとがき――
……長かった……。やっと五章終了です。
更新間隔が開いていたというのもありますが、それ以上にこの章は
予定外の方向に走り続け、気がつけば枚数が他の章よりぜんぜん
多くなってしまったという間抜けっぷり。
ちなみに前半のあとがきと称してますが、後半がこれまでの分と同じくらいか
どうかは解りません(長くなるか、短くまとめて終わるかは未定
ともあれ、いつも保全して下さっている皆さんに感謝しつつ、引き続き
頑張って書きますのでどうかよろしくお願いします。