「その人誰だべ? 真里」
「帝国僧兵団の団長を務めさせて頂いている、紺野あさ美と申します。
初めまして」
なつみの問いに真里が答える前に、振り向いた紺野が一礼する。
そのまま視線を石川に戻し、再び構える。
「矢口さん、安倍さん。こいつは私に任せて、早く儀式の間へ。宰相は
すでに儀式を完成させてしまっています」
「「なっ!?」」
真里となつみの驚愕の声が重なる。
「後は魔神の降臨を待つのみです。もう時間がせまっています。残された
道は降臨の前に依り代である後藤皇帝の肉体を破壊するしかありません」
淡々とした紺野の言葉に、真里の顔から血の気が引く。
「っ!! まさか……皇帝の身体を媒介に……!? ていうか、紺野、
あんたなんでそんな事まで知って……」
「後で話します」
真里の言葉を遮り、紺野が跳んだ。
「!」
「っぃああぁっ!!」
ガシイィッッ!!
「くっ!」
一足飛びに間合いを詰め繰り出した紺野の蹴りが、辛うじてガードした
石川の両腕に食い込む。
「こっ、こいつっ!! 人間の癖にこのスピードとパワー……ば、化物かっ!?」
「矢口さん! 急いでっ!!」
反撃する間を与えず石川を攻撃しながら叫ぶ紺野に、真里はハッと我に帰り
頷いた。
「わかった! いくよ、なっち!」
「あ……う、うん!」
「ちっ! 行かせるかっ!!」
奥の通路に向かって走り出す二人に、石川が魔力を開放しようと腕を伸ばす。
だが、瞬時に紺野がその腕を極める。
「あなたの相手は私だと言った」
ビキィィッッ!!
「っっ!!!」
遠慮無く極めた肘間接を折る。
そのまま投げ飛ばされた石川の身体が地面に叩きつけられ、鈍い音を響かせる。
(く……つ、強いよこいつ……。何でこんな人間が……よっすぃー……助け……)
自分より強い存在。
自分の本来居るべき魔界ならばそれは存在した。
だが、今自分がいるのは脆弱な、石川自身から見れば虫けらのような存在でしか
ない人間の住む世界。
カオリが呼び出そうとしている魔神を別にすれば、一緒に召喚された吉澤以外に、
自分より強い者など存在しえない。
その根底を覆すモノ、紺野あさ美という「人間」に、石川は恐怖を覚えていた。
(そうよ……わたしは魔人……人間なんて……こいつは誰?……ワタシハ……怖ィ……
やダ……何が?……虫けラ……)
錯乱する頭の中を処理できないまま、石川は震える身体を起こそうと力を込める。
視界がゆがむ。
焦点の合わない視線を敵に向けながら首だけを起こした石川の眼前に、何かが
迫っていた。
「終わりです」
誰かが呟いた気がした。
視界を遮る物。
敵はどこ?
わたしは――。
ゴキィッッッ!!!
衝撃が襲った。
痛みは無かった。
ただ、自分というモノが失われた事だけをなんとなく理解しながら、石川の意識は
闇に消えた――。
ヒュッ!
空を裂く音と共に、見えない何かが市井を襲う。
それを気配のみでかわしながら、市井は吉澤の隙をうかがっていた。
「どうしたのかな? 攻めなきゃこの状況は変わらないよ。君達には時間がないんじゃ
なかったかな?」
笑みを崩さず挑発してくる吉澤に、市井は心の中で舌打ちした。
全く隙を見せず、こちらが攻めこもうとするとあの見えない何かが空を切り裂く。
(くっそ! これじゃぁ埒があかねぇ。でも相手の攻撃手段が見きれないまま
飛び込んでも玉砕するだけだし……)
焦る市井の頬を一筋の血が流れ落ちた。
先程の攻撃をかわし損ねたのか。
それを鬱陶しげに手の甲で拭きながら、市井はちらりと視界の隅にあった大樹を見た。
(……よし、こうなったらアレで……)
剣をしっかりと握りなおし、深呼吸すると市井は大樹に向かって走り出した。
「……? おいおい、まさかあの樹に飛び移って逃げようってのかい? 距離にして
5,6メートル、届かなければ地面にまっさかさまだよ」
「うるせーバーカ! てめぇみたいな奴とまともにやってられっか!」
捨て台詞を吐き大樹に向かって一直線に走る市井に、吉澤は軽くため息をついた。
「……やれやれ、しょうがないな」
市井が飛ぶ! その瞬間、吉澤のかざした腕から空気を切り裂く何かが放たれた。
「へっ! かかったな!」
「何!?」
大樹に向かって飛ぶ。そう思わせておいて、瞬時に市井は体を沈めて勢いを殺し、
真後ろに跳んでいた。
ズシャアッ!
大樹に向かって市井が飛んでいたならそこにいたであろう空間を、見えない何かが
切り裂いた。
大樹から突き出た枝葉が切り刻まれ、破片となって宙に散らばる。
(見えた!)
吉澤の放った「何か」が枝葉を切り裂く様を真横から目撃し、市井は確信の
笑みを浮かべた。
「なるほどね。予想はしてたけど、これではっきりしたよ」
後方に着地し、ニッと笑う市井。
「あんたの武器は鋭い切れ味を持った極細の鉄線のような物だ。標的を四方から
包み込み、一気に切り裂く。真正面からだと見えない位置から襲ってくるから、
かわすのは困難だけど、そうと解れば対策はある」
「……やるね。まさか逃げると見せかけてこっちの武器を見極めようとしていたとは
思わなかったよ。でも、はたしてその対策とやらがあたしに通用するかな?」
ひゅっと腕を振るい鉄線を手元に戻した吉澤が、市井に向き直る。
「通用するさ。お前みたいな戦いを舐めた甘ちゃんにならな」
市井が腰を沈め、剣を水平に構える。
「いくぜっ!!」
気合いと共に地を蹴り、吉澤に向かって鋭い突きを放つ。
「ふっ! なるほど、剣を振るうよりも突く方がスピードも速く、しかも本体を
絡めとろうとしても剣を投げれば相討ちにはできるか! だがっ!!」
ギャッ!
空を裂き、吉澤の腕から鉄線が放たれる。
「ならばその剣と腕を絡め取るまでよっ!!」
鉄線が凄まじい勢いで近づいてくる市井の剣と右腕に襲いかかる。
瞬間――、
「だからお前は甘ちゃんだっつったんだよ」
市井の右手が握っていた剣を離し、体を沈める。
「っ!?」
鉄線が市井の右腕のみを絡め取る。
「馬鹿なっ!? 右腕を犠牲にっ!?」
「はっ! てめぇの隙をつく為だ! 右腕くらいくれてやらあっっ!」
ブチイッッ!!
鉄線が市井の右腕を引き裂いた――と同時に、落ちた剣を左手で掴み、
下から切り上げる。
「がら空きだぜっ!!」
「ちいいいぃっっ!!」
ズバアアァッッッ!!
確かな手応えと共に、逆袈裟に切り上げた市井の剣が、吉澤のわき腹から
胸にかけ切り裂いた――。