Yeah!めーーーーーーーーーっちゃ

このエントリーをはてなブックマークに追加
19733 ◆v0B8Gi4XY6

 ビルの壁面に設置された大型ビジョンに、モーニング娘。たちが映し出されている。
 私は思わず足を止め、それを見上げた。どうやら新曲のPVらしい。
 駅前の広場は人で溢れており、足早に歩くサラリーマンたちや、待ち合わせをしている
らしい女の子、タイルを敷かれた広場に座り込んで笑っている男の子たち、そして、私み
たいに画面を見上げる人たち。
 別行動を取っている彼女が来るまでの間、私は画面をぼんやりと見ていた。
 切ない詞と曲は、娘。っぽくないと言えるかもしれないけれど、昔の娘。をちょっとだ
け思い出す。ほんの少しだけ。
 私は泣きそうになった。
 あそこにいる私たちは、ここにいる私たちのことなんて知らないだろう、と考えると、
悲しくて、寂しくて、胸が苦しくなった。
 それまで繋いでいた手が離れて、親とはぐれてしまった子供みたいに、世界中の誰から
も忘れ去られたような気になる。
 
19833 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 19:53 ID:GwHNnpyF

「お待たせ、矢口」

「圭織……」

 誰が忘れても、彼女だけは、私のことを忘れないだろう。
 私はそれでいいと思う。
 彼女さえ、私を忘れなければ。

「遅いぞぉ。何やってたんだよー」

 湿っぽくなった気持ちを振り払って、私はそんなふうにおどける。
 約束の時間にはなっていないが、早く着いてしまった私としては、ずいぶんと待たされ
た気になっている。

 私が責めると彼女は、特徴的な唇を尖らせて、
「しかたないでしょ。飯田さんですよねー、とか言って絡まれたんだから」
 子供っぽく言った。

 それは仕方ない。
 なにしろ、少なくとも生物学上というか遺伝子的には、私たちは本人なんだから。
 そう言われると文句は言えない。
 というか、はじめから約束の時間には遅れていないんだから、私に文句を言う筋合いは
無い。圭織はそれに気づいてないみたいだけど。
 
19933 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 19:57 ID:GwHNnpyF

「あー、そっかー」

 圭織が不意に呟いた。
 画面を見上げている。

「新曲、出たんだね」

 画面に流される新曲のPVを発見して、圭織は何処か寂しそうだった。
 私と同じ気持ちになったのかもしれない。

「ねえ、圭織……」

「ん?」

 画面も見ずに、私は足元に目線を落とした。
 とてもじゃないけれど、見ていられない。

「うちらって、誰なんだろ……」

 たぶんそれは、
 言ってはいけない言葉。
 聞いてはいけない現実。
 抱いてはいけない疑問。
 自分が誰なのか、画面に映る彼女らに問うても、答えは返ってこないかもしれない。
 けれど、同じ『答えられない』でも、彼女らと私たちとでは違うものだ。
 はじめから『自分』として生まれた彼女ら。
 はじめから『偽者』として生まれた私たち。
 私たちは、
 いったい、
 ダレナノ──
20033 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 19:58 ID:GwHNnpyF

「うちらはうちらだよ」

 圭織が、笑う。
 でも、その笑顔は、圭ちゃんのようでもあり、よっすぃーや梨華ちゃんにも似ていて、
高橋と小川、紺野の笑顔にも見えた。
 圭織は多分、『そういう個人』になったんだろう。
 圭織の中にいるみんなが、初めから一つの人格だったような、そんな一個の人格を得た
のかもしれない。
 だけど、私は──
 涙が零れそうになって、空を見上げる。
 夜空には、星が浮かんでいた。
 都会には星が無い、なんて言葉を良く聞くけれど、そんなのは、見ようとしない人の都
合だ。
 星は、ちゃんと見えている。

「死んだ人は星になるって、聞いたことない?」
 
20133 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:00 ID:GwHNnpyF

 私は街の光に負けまいと輝く、夜空の星たちを見上げたまま、言った。
 圭織も空を見上げて、頷く。

「うん。空から生きてる私たちを見守ってくれてるって」

「ねえ、圭織。オイラには、星になれる『魂』があるのかな……」

 あの星に、私はなれるんだろうか。
 圭織たちを見守っていけるんだろうか。
 不意に、手に感じるぬくもり。
 太陽に当てたみたいに、暖かい。
 圭織の手が、私の手を包んでいた。
 微笑む。
 圭織が。
 私が。
 この手のぬくもりだけが、
 この手のぬくもりさえあれば、
 それだけで、いい。
 もう、いいよ。
 私はもう、大丈夫だから。
 意識の底から、白い光が広がってくる。
 大丈夫、もう、大丈夫。
 私はきっと。
 あの星になれるから。
 あの星になっても、私はみんなと一緒にいられるから──
 
20233 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:01 ID:GwHNnpyF






 
20333 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:13 ID:GwHNnpyF

 ゆらゆら。
 ゆらゆら。
 揺れている。
 揺れてる?

「矢口……」

 誰かが呼んでる。
 聞き覚えがある声。誰だっけ?

「矢口ってば!」

 うるさいなぁ……

「矢口、起きろっ!」

「うわっ!」

 耳元で叫ばれて、ついにオイラは目を覚ました。
 
20433 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:14 ID:GwHNnpyF

 目の前には、なっちの顔がある。
 ほっぺたをつついてやりたい。

「やっと起きた。ほら、着いたよ」

「え? 何が?」

 はあ、と盛大に溜息をつかれた。
 周囲を見回すと、どうやらバスの中らしかった。

「何が、じゃないでしょ、会場に着いたって言ってんの!」

 そう言われても、オイラの頭の中には、薄い幕でも張っているように、いまいち状況を
把握できていない。

「会場……って、なんの?」

「はあっ!?」
 
20533 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:14 ID:GwHNnpyF

 はあって、そんな驚かなくても良いじゃん。

「圭ちゃん、聞いてー」

 なっちは振り返って、降りる準備をしていたらしい圭ちゃんを呼んだ。
 なんで圭ちゃんに話振るんだ?

「なに?」

「会場に着いたよーって起こしてあげたら、何の会場? だって」

「ええーっ」

 圭ちゃんまで、ナニヨ。

「あんた、私の卒業コンサートでしょうが! 忘れんなよ」

「え? あ……あー、えぇと。あ、うん、そうそう。知ってる知ってる」

「知ってるとか言うなよ、他人事みたいに」
 
20633 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:18 ID:GwHNnpyF

 圭ちゃんは頬を膨らました。
 全然、かわいくない。
 けれど、オイラはようやく頭がすっきりしてきた。
 そうだった。
 埼玉スーパーアリーナだ。
 圭ちゃん卒業の日だった。

「ごめん、ちょっと変な夢見てた」

「変な夢? どんな?」

 なっちが興味津々って感じで聞いてきた。

「ん〜とね……忘れちゃった」

「なんだよっ! 忘れんなよっ!」

「そんなこと言ったってさぁ……まあ、いいじゃん」

 夢を見ていた感覚はあるんだけど、内容がさっぱり思い出せない。

 なっちは圭ちゃんと一緒に、ぶつぶつと文句を言いながら降りていった。
 てゆうか、なんで人が見てた夢のこと、そんなに気にしてんだよ。
 オイラは立ち上がって、体を伸ばす。
 座ったまま寝てたせいか、あちこちが痛い。
 荷物を肩にかけてバスを降りる。
 ああ、ここで──
「圭ちゃん、卒業しちゃうんだね」
 オイラは一人、呟いた。
 
20733 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:42 ID:GwHNnpyF






 
20833 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:43 ID:GwHNnpyF

 圭ちゃん圭ちゃん──
 終わってしまえば、あっという間だった。
 うん。あっという間だった。
 けれど、会場はまだ、終わった気にはなっていないらしく、いまだに圭ちゃんの名を呼
び続けている。
 花束を持った圭ちゃんを、みんなが囲んでいて、オイラは少し離れたところから、それ
を見ていた。
 今の、こんなぐちゃぐちゃの顔は見せられない。見せたくない。
 何か言ってあげたいけど、何も思いつかない。
 ただ、涙が溢れて、溢れて、止まらない。
 タオルに顔を押し付けたオイラの肩に、ぽんと手を置いた圭織。
 何も言わないけれど、泣きはらして赤くなった目で、笑ってくれた。
 オイラを安心させてくれるような笑顔。
 そんな顔をされたら、余計に泣いてしまう。
 後輩やスタッフのいる前で、情けないくらい、恥ずかしいくらい、泣いた。
 涙は止まらない。

「矢口」

 圭ちゃんがオイラを呼んだ。
 けど、顔を上げることもできない。
 泣いたまま、タオルで顔を隠したまま、オイラは圭ちゃんの腕に抱かれた。
 圭ちゃん、
 がんばろう、なんて言ったけど、
 おめでとう、なんて言ったけど、
 やっぱり、一緒にいたいよ──
 ずっと一緒に、
 ずっと、ずうっと……
 
20933 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:49 ID:GwHNnpyF






 
21033 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:51 ID:GwHNnpyF

「卒業しちゃったね、圭ちゃん」

「そうだね……」

 街角のショーウィンドウに映されたワイドショーで、圭ちゃんの卒業が流れていた。
 私と圭織はそれを見て、溜息をつく。
 私たちの記憶の中にも、圭ちゃんの卒業はあったけれど、それどころじゃなくて、現実
感がないというか、たぶんもう、私たちにとっては他人事なんだろう。

「じゃ、行こっか、圭織」

「そうだね」

 私が手を差し出すと、圭織は一瞬、きょとん、とした顔でそれを見る。それから微笑ん
で、握り返した。

「私たちだけになっちゃったね……」

「うん、でも、みんな、ちゃんと見ててくれてるよ」

「そうだね。ずっと一緒だしね」

 少し寂しく、切なく、微笑む。
 圭織の手のぬくもりが、優しく伝わってくる。

「どこう行こうか」

「どこでもいいよ……」
 
21133 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:52 ID:GwHNnpyF

 私が笑うと、圭織も笑う。
 笑顔を返してくれる人がいるから、私はまた笑える。
 どんなに深い森の中で迷っても、何もない草原に立たされても。

 子供みたいに繋いだ手を振っていると、楽しくなってきて走り出す。

「ちょ、ちょっと」

 いきなり走り出したものだから、圭織は躓きながら、文句を言う。
 あの日、研究所から逃げ出す時にフクヤマが言っていたことを、私は思い出す。
 私は一つになって、私たちは2人になって、この世界で、たった2人の私たちは、それ
でも生きてる。
 私は他の誰でもない私だし、圭織も圭織以外の誰かじゃない。
 もう、彼女らのコピーじゃない。
 私たちは、私たちになった。
 笑いながら、私は、私たちは街の人ごみの中にまぎれていった。
 
21233 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:56 ID:GwHNnpyF


「そうだ、君たちはたぶん、元々の体の持ち主の人格に統合されてるだろうよ。それも、
そんなに遠いことじゃない」

 
21333 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:56 ID:GwHNnpyF


「待ってよ、なっちー!」 

「待たなーい!」

21433 ◆v0B8Gi4XY6 :03/05/13 20:58 ID:GwHNnpyF


  ああ きのうを 許せるように
  
  ああ あしたを 愛せるように


                cocco『星の生まれる日。』より