Yeah!めーーーーーーーーーっちゃ

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127名無し33 ◆v0B8Gi4XY6

      第12回『カウントダウン』
128名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 15:57 ID:f7Qx7Jjg

「今は圭ちゃんに変わってもらってるから、少しだけ出てこられたの」
「え?」

 真里を安心させるように微笑む圭織。
 しかし、その言葉の意味を理解するほどには、真里は冷静ではいられなかった。

「どういう……?」

 真里の戸惑いに、圭織は少し困ったように眉を寄せる。

「私たちはね──」

「こんな時間に、何をしているのかな?」
129名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 15:57 ID:f7Qx7Jjg

 闇の中に半ば溶け込むような声は、圭織の言葉を遮って光の下に現れた。
 圭織はとっさに、真里を背中に庇うようにして、一歩踏み出す。真里はと言うと、いまだに現状へ適応できず、ただただ混乱するばかりだ。
 コツコツ、と硬い靴音が匣庭に響き、声の主が月明かりの下に現れる。

「こんなことは初めてだ」

 硬質の笑顔を貼り付けたその男は、白衣をまとい、手を後ろで組んでいる。
 真里は初めて見る顔だった。
 圭織の中の記憶では、この人物は確か……

「私は気がおかしくなりそうなほどに嬉しいよ」

 この施設の、そして、この実験の責任者。
 圭織達の『敵』──
130名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:01 ID:f7Qx7Jjg

 金属のような冷たい笑顔のまま、
「初めまして、と言うべきなのかは判らないが、私はカガ。一応、教授と、呼ばれている
がね」
 男はカガと名乗った。

 親しみを微塵も含まれない、しかし、何処か満足そうな笑顔を二人に向ける。
 その表情は笑っているのではなく、そういう形の覆面でもつけているような印象を受け
る。
 真里は、カガの出すこの世ならざる気配に怯え、圭織の服を掴む。掌に滲んだ汗が染み
込んでいくが、それに気づくほどの余裕もない。
131名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:11 ID:f7Qx7Jjg

「君達の行動と言うものの意味するところが、私の望んでいる通りのものだとしたら、私は
真実、気が狂ってしまうかもしれない」

 何処か楽しげに、誰にともなく、まるで自分以外に誰もいないかのような喋り方。爬虫
類的な獰猛さを感じさせるカガの声は、真里の心臓を弄ぶようだ。

「あんたたちの思い通りにはならない!」

 真里を背中に隠すようにしながら、圭織がカガを睨みつける。
 しかし、その声は震えていて、鋭さを感じさせない。
132名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:12 ID:f7Qx7Jjg

「『君』が『誰』なのかはこの際どうでもいいことだが、表層安定率はそう高くないね?
もう、限界なのではないかな? 顔色が悪いよ」

 カガの指摘した通り、圭織の顔の白さは、月明かりのせいだけではなかった。
 イイダカオリの表層安定率はE判定で、本来、自分の意思で体を動かすことはできない
はずなのだ。辛うじて、それができるようになったのは、数度の実験を経た際の、進歩と
すら言い難い、バグのようなもの。
133名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:13 ID:f7Qx7Jjg

「矢口、私はそろそろ限界……」

 カガを睨みつけたまま、乱れはじめた呼吸を押さえつけて出した声。そんな声で、真里
に伝える。

「こいつらの言いなりになっちゃダメ……そんなの、娘。らしくないから」

 振り向いて、微笑む圭織。
 その笑顔と目が合う真里。
 ここでなければ、こんな状況でなければ、
 その笑顔を安心して見られたのに。
 笑顔を返すことができたのに。
134名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:13 ID:f7Qx7Jjg

 圭織の表情が抜け落ちる。
 同時に、体からも力が抜け、崩れ落ちる。

 反射的に、頭が指示を出すより早くその体を支え、
「圭織っ!?」
 悲鳴にも似た声で呼びかける。

 けれど、圭織はその声には応えず、しかし、代わりに、
「すみません、飯田さんじゃなくて」
 乱れた呼吸を整えて、彼女は真里の手から離れて、自身の力で、足で立つ。

 その声の持つ雰囲気は、圭織のものに近いように思える。
 けれど、もっと柔らかい……いや、いっそ緩いと言ってもいい質を持っている。
 麻琴ではない。
 なんというか、安定している感じがする。
 この感じ、彼女のこの雰囲気は、直感でしかないけれど、
「紺野……?」
 真里は何処か確信めいて、呼びかける。
135名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:20 ID:f7Qx7Jjg

 彼女は少し驚いたように振り返って、頷いた。

「なんで、分かったんですか?」
「なんとなく、だけど。そんな感じがしたから……」

 上手く答えられないけれど、そうとしか言いようがない。

「表層安定率判定の順から言えば、オガワマコトの方かと思ったが、そうか。コンノアサミが優先して現れるとは……どうやら、意思の疎通ができているようだね」

 突然の再会、それに対する感動も感慨も、カガの平坦な声によって断ち切られた。
 向き合わせていた顔をカガに向け、表情を引き締める。
136名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:22 ID:f7Qx7Jjg
 カガは、クククと声を出して笑い、
「まったく、思い通りにはならないものだ。だからこそ面白いんだが、ね」
 後ろで組んでいた手を解き、右手を二人に向けて伸ばした。

 二人はそれを見て息を飲む。
 右手ではなく、右手に握られているものを見て、身を強張らせる。

「まあ、出来れば、こんなものは向けたくはなかったんだけどね。この状況は、そうも言
ってられない」

 月明かりを反射して凶暴に光る拳銃。
 見るのは初めてだったが、とても偽物とは思えない威圧感がある。
137名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:30 ID:f7Qx7Jjg

「なんで……」

 恐怖と不安と、再開の喜びと、いろんな要素が入り混じり、奇妙な色の感情が、真里の
張りすぎた緊張の糸を断ち切った。
 感情の暴発。

「なんなの!? あんたたち、いったいなんなのよっ!! うちらが何したっての!? なに、
なんなの?」
「矢口さん……落ち着いてください」
「わかんない、なに、どうなってんのよっ!」
「矢口さん! 落ち着いてください! 私の話を聞いてください!!」
「なんなのよ……」
 
138名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:31 ID:f7Qx7Jjg

 あさ美の声が届いたのか、吐き出した感情が尽きたのか、真里の声は弱々しく消えてい
く。

「矢口さん。私たちは人格を移植させたんです。安倍さんと飯田さんの体に、それぞれ分
割されて」
「……いしょく?」
「事故に遭ったって聞かされたと思いますけど、そんなの嘘です。私たちは彼の、彼らの
実験に使われているんです」
「じっけん……」

 あさ美の言っている意味を、真里は理解できない。理解しようとすら出来なかった。
 暴発した感情のせいで、思考そのものが損傷したようだ。あさ美の顔を、ぼんやりと見
つめ返すだけだった。

「複数の人格を移植した場合の、反応を調べるために、私たちを使っていたんです」
「それだけでは、ないがね」
 
139名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:32 ID:f7Qx7Jjg

 自分の存在を忘れられていることに抗議するように、カガが会話に割って入る。

「さて、そろそろ二人に真実を教えてあげよう」

 手品の種明かしをする子供のような口調で、カガは笑う。
 二人に向けて微動だにさせなかった拳銃を、下ろす。
 その行動に困惑し、とっさに行動できなかったが、その答えはすぐに明らかになった。
 カガが拳銃を向けるまでもなく、いつの間にかカガの背後に立っていた二つの人影が、
彼に代わって拳銃を構えていた。
 拳銃を構える二人とも、よく知っている人物。

「タナベ先生……」

 真里の担当医であるタナベ。青白い光を反射する銃口を、真里に向けている。
 そしてもう一人。
 
140名無し33 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:34 ID:f7Qx7Jjg

「……ムロイ、先生……」

 二人の担当カウンセラー、精神科医ムロイが、やはり銃口を向けている。

「なんで……」
「今夜の事を教えてくれたのは彼女でね。忠実な部下を持つ上司は安心できる、というも
のだね」

 真里を嘲笑うカガの声はしかし、呆然と。この光景を理解できない真里の耳には届いて
いなかった。
 あさ美はムロイを睨みつける。
 ただムロイに対してだけでなく、警戒を怠った、肝心なところで役に立てなかった自分
に対しての怒りが、留まることなく溢れてくる。
 忠実な部下にして二人を裏切ったムロイは、その表情は、罪悪感や後悔など浮かんでお
らず、それどころか愉悦や嘲笑すらもない。まったくの無表情。
 
14133 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:41 ID:f7Qx7Jjg

「では、ついてきたまえ」

 そういって踵を返すカガ。
 促すように道を開ける二人の医師──いや、研究者。
 選択肢は用意されていない。
 真里達はカガに続いて歩き出すしかない。
 二人の研究者が、門番のように、儀仗兵のように真里達を通す。
 拳銃を突きつけられ、選択することを奪われ、自分たちの存在意味すらも握られ、それ
はまるで人形のようで、真里は惨めな気持ちになる。
 通り過ぎる時、ムロイを睨みつける。
 ムロイはそれに応じず、表情を固めたまま目線をそらす。
 二人の背後に回って、この場で絶対的強者の象徴たる拳銃を背中に突きつけて、歩き出
した。
 死刑台に向かう死刑囚、というよりは、祭壇に運ばれる生贄のように、真里は、すべて
を諦めていた。
  
14233 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:45 ID:f7Qx7Jjg

 カガがエレベーターの前で待っていた。塵ほども感情の込められていない笑顔で。
 エレベーターのボタンを押すと、あらかじめ呼び寄せておいたのか、重苦しい機械音を
唸らせて、扉が開いた。
 明かりの存在しない廊下に、ほっかりと切り取られたように灯る光。
 カガに促されて光の中に乗り込む。
 それを確認してから、白衣の三人が入ってくる。
 どこへ連れて行かれるのか、不安げにお互いの手を繋ぐ。
 そのぬくもりだけが、二人の安心できる唯一のものだった。
 それにすがるように、強く握り締める。
 カガが懐から鍵を取り出すと、文字盤の下にある鍵穴に差し込む。
 点検や整備のためのものだろう、とぼんやりと思い込んでいた二人は、そこから現れた
ものを、一瞬、理解できなかった。
 
14333 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:45 ID:f7Qx7Jjg

 それは単純なものだ。
 よく見ているもの。
 階層を指定するためのボタン。
 それが、薄い金属板の下から現れた。
 その反応を楽しむように、カガが二人の顔を覗き込む。
 満足したように笑い、隠されていたボタンを押す。
 エレベータの扉が閉まると、まるで世界から隔離されたように感じられる。
 いや、おそらく。
 その感覚は正しい。
 ここから先は、外の世界とは違う空気を持っている。
14433 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:47 ID:f7Qx7Jjg

 エレベーターが、目的地に到着した事を知らせるように低く唸ると、体内の異物を吐き
出すように扉を開ける。
 カガが先導し、真里達がついて歩き出し、ムロイ達がそれに続く。
 背後でエレベーターの扉が閉まると、そこはまさに別の世界に来てしまったようだ。
 薄暗い照明の廊下を、カガの先導で歩く一行は、冷たい靴音を立てるだけで一言も発す
ることはなかった。
 しばらく進むと、カガの足が止まる。
 そこには、扉が、あった。
 扉の脇にはスリットの入った機械が据え付けられている。
 カガはポケットの中からカードを取り出し、そのスリットを通した。
 カードを確認したらしく、電子音が、隣にいる人物の鼓動すらも聞こえてきそうな静寂
に響いて、消えていく。
 扉が、二人を迎え入れるように、開く。
 ゆっくりと、重厚に、荘厳ささえ感じさせるように開いた扉の向こうに、真里とあさ美
が視線を向ける。
 そして、その視線は、縛り付けられた。
14533 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:52 ID:f7Qx7Jjg

「おかえり」
 カガが不意に呟いた。
 しかし、その言葉が耳に届くより先に、二人の思考は完全にフリーズした。
 部屋の中には、円筒型の水筒がいくつも設置されていた。

 薄緑色の液体の中に、まるで眠るように浮かんでいるそれは、
「ここが、」
 最も慣れ親しみ、しかし、目にする機会は少ない、
「君達の、」
 円筒の水槽の中に浮かぶ、
「生まれ故郷だ」
 自分たちの体だった。

「君達はここで生まれ……いや、作られたんだ」


 賛美歌を歌うように澄んだ声で、
 世界の終わりを告げる天使のように微笑んで、
 二人の世界の終わりを告げた。
14633 ◆v0B8Gi4XY6 :03/04/28 16:52 ID:f7Qx7Jjg

川o・-・)「作者の予定では、もう3回くらいで完結するそうですよ」
(〜^◇^)「ホントかよ。そう言ってだらだら続けるんじゃないの?」
川o・-・)「広げた風呂敷を畳むのに失敗してですか?」
(〜^◇^)「まあ、そんなかんじで」
川o・-・)「外伝とか続篇とか」
(〜^◇^)「そうそう。書きたいこと書ききれずに」
川o・-・)「森の中をさまよい続けるイシヨシの話とか?」
;〜^◇^)「そ、それは……」
;0^〜^0);^▽^)「うちら、マジで……!?」

      次回『強く儚い者たち』