言った後、あたしとあさ美ちゃんがともに過ごしたさまざまな時間と空間が、無音声映画のように断続的に頭に浮かんで、そして消えた。
謝ったり、気持ちを打ち明けても、なんら意味がないと理解してるのに、あたしの裏側に潜む貪欲な手が、惨めなくらいあさ美ちゃんの愛を求めていた。
「あさ美ちゃんが好きだから。だから、これ以上は…。オカシイよね、あたし。はじめたのは自分なのに」
同時に、この告白は、あさ美ちゃんの優しさにつけこんでいることも理解していた。
そうだよ。あさ美ちゃんの言う通り。
あたしは、ずるいんだ。
リビングは静寂に包まれた。
時折、道路を走る車の音が入ってくるが、それらの他には何も聞こえない。
会話する声も、テレビの音もなかった。
ふたりの間を、延々と時が流れていった。
未練たらしくがむしゃらに暴れた両手は結局なにも掴めず、あたしの意識は暗い海底に沈む。
あさ美ちゃんは、手を差しのべてはくれなかった。
「……なんて、ウソ。冗談だよ。本気にしないで」
真実を言ったにもかかわらず、それを嘘だと言う。偽る。
それは、プライドを守るとかそんなご立派なものじゃなくて、自分の傷を拡げない為だけの醜いウソ。
あさ美ちゃんはまだ何も言ってくれない。
彼女が驚いているのか、呆れているのか、怒っているのか、表情から読み取る余裕はあたしにはない。
あたしはひたすら喋り続けた。
「好きだけど、でも、恋愛でとかじゃないよ」
「選んだ理由とかもない。あの日、あさ美ちゃんがたまたま傍にいた。それだけだよ」
「で、あさ美ちゃんの背中が綺麗だったから…ついね。イタズラしたくなっちゃって」
喋れば喋るほど、より無様に思えた。
真っ逆さまに堕ちていくのを感じた。
「じゃあ、泣いてるワケは?」
ここでやっとあさ美ちゃんは沈黙を破り、真剣な声で尋ねる。
その目は深く、澄んでいた。ふたりが出会ったときの初夏の陽射しのように。
「それは…」
言えない。
あさ美ちゃんに好かれたくて、愛されたくて、でも、そんなこと不可能だって分かってて。
好きすぎて泣いてしまったなんて、言えない。
言ったって本気にとられないだろう。
この思いだけは、冗談めかして伝えたくない。
「それは、どーでもよくない?」
「よくないから訊いてるんでしょ」
「知ったってしょうがないと思うけど」
「しょうがないって、なにそれ……。わかった。もういいよ。結局は部外者だもんね、私」
「そうゆうわけじゃなくて」
「いいよ、別に。まこっちゃんにはまこっちゃんの、私には私の世界があるんだから」
あぁ…、そうだね、そうだったね。
こんなに近くにいても、あたしたちは別の場所に立って違う景色を見てるんだったね。
思い出させてくれてアリガトウ。
目が覚めたよ。
ふたりの関係を中途半端に修復させる必要はない。
跡形もなく壊してしまえばいいんだ、後悔する間も与えずに。
今のあたしなら拳銃を手にしたってなんの躊躇いもなく引き金に指をかけられる。引くことができる。
でも、弾丸を打ち込まれたのは、あたし。
引き金を引いたのは、あさ美ちゃん。
『いいよ、別に。まこっちゃんにはまこっちゃんの、私には私の世界があるんだから』
めっちゃきいたよ、その弾。
あたしの唇はあさ美ちゃんの首筋をなぞった。密にしまった肌からは、湿った汗の匂いがした。
あたしは口にたまった唾液を呑み込んだ。
「ねえ」とあさ美ちゃんは言った。
「私を解放してくれるって言ったのも、嘘なの?」
「そうだよ」
「私を汚したくないって言ったことも」
「ウソ」
「そっか…」
あさ美ちゃんはそこで言葉を切って、呼吸を整えた。話そうかどうか迷っているみたいに。でも話を続けた。