まこっちゃんの言うように、今日の私は確かにオカシイ。
始終微笑みを絶やさず、まこっちゃんの傍に居たがり、自らまこっちゃんを求めた。
石川さんだ。石川さんの不敵に歪んだ唇から伝えられた、嫌な予感を漂わせる台詞のせいだ。
『小川を【わたしのモノに】ししちゃってもいいよね』
[それは、どうゆう意味?]
自分自身に問掛けてみる。もうひとりの私は、冷静に的確に、私が目を背けていた答えを弾き出す。
[――質問するまでもなく、そのままの意味でしょ]
[――石川さんは、まこっちゃんに興味がある。まこっちゃゃんがほしい]
[――紺野あさ美より小川麻琴がほしい]
背中にソファの弾力を感じながら瞼を閉じた私に、まこっちゃんはなかなか事を進めない。
余計なことを考えさせないで、と言うようにまこっちゃんの首に両手をまわして顔を引き寄せ、口づける。そこで異変に気付いた。
「まこっちゃん?」
重ねた唇が濡れている。塩辛い味が口内に広がる。
驚いて眼を開く。
まこっちゃんは泣いていた。
瞳からは、私を追い詰める鋭い光や、理性を惑わせる艶やかな帯は失せ、誰にも言えない関係を交す以前の優しい眼をしたまこっちゃんがいた。
ぽろぽろと涙が溢れ落ちて私の頬を打つ。
名前を再度呼ぶと、まこっちゃんはギュッと固く唇を結び、くしゃくしゃの泣き顔を見られまいと私に背を向けた。
少年のような細い体が小刻に震えてる。込み上げてくる激しい感情を無理に殺そうとしてうまく泣けないようだった。
どうゆう言葉をかけたらいいのか。躊躇いがちにまこっちゃんとの距離を縮め、私は背中を撫でることしか出来ない。
「やっぱ駄目だ…」
それは、まこっちゃんのものとは思えない、低い暗い声だった。
「これ以上、あさ美ちゃんを汚すこととなんて……できない」
いまさら何言ってんだって感じだし、とりかえしつかないけど。そういつになく弱い調子で付け足す。
「もうこんなことしないから。約束する。本当にごめん…」
まこっちゃんは微笑んだ。悲しそうな苦しそうな、私への罪悪感で窒息しちゃいそうな、そんな笑顔だった。
どうしてそんな表情を浮かべるのか私には分からなかった。
酷いコトをされた私よりも、酷いコトをした彼女の方が辛そうだった。
一言謝るだけで済むようなことじゃない。 でも、まこっちゃんにされた一連の行為を思い出しても、不思議なことに怒りは沸いてはこず、代わりにひとつの疑問が浮かび上がった。
なぜ私でなければいけなかったのか。
単なる欲求不満解消のオモチャにされたのかと思っていたけれど、その相手がどうしても私である必要はないはず。
「どうして…?どうして私じゃなきゃ駄目だったの?」
まこっちゃんの顔に戸惑いの陰がかかる。 しかし、唇は結ばれ たままで開く気配はない。
ほとんど一緒にいると言ってもいいような関係なのに、私とまこっちゃんとの間にはいつも一枚、薄い透明のベールがあった。
互いが見えているようで見えてない。
私は、まこっちゃんのことを知ってるようで知らなかった。
長い夜を何度もふたりで過ごしていても、私は彼女のことを見てはいなかった。
「私なら簡単だと思ったから?私が弱いと思ったから?それとも…」
「違う…!それは絶対にないよ。あたしは、ただあさ美ちゃんのことを――」
「私を、なに?」
私の促しにまこっちゃんは口をつぐむ。
「まこっちゃんは、ずるいよ。一方的に謝るだけで、肝心なとこは教えてくれない。それって逃げるのとおんなじじゃない。教えてよ、泣いてるわけも、何もかも」
改めて考えると、きっと今自分が一番知りたいのは、涙の理由。
まこっちゃんにこんな苦しい顔をさせるモノとはなに?
まこっちゃんは天井を仰ぎ、次にまっすぐに私を見る。
落ち着きを幾分とり戻した静かな視線を肌に感じて、胸がトクンと大きく揺れる。
「知りたい?」
私はイエスと答えるしるしに、まこっちゃんを見つめ返す。
涙の乾いていない瞳をジッと見つめていると、見てはいけない他人の秘密を覗いているような気がした。
そして、まこっちゃんは、その秘密を私に
告白した。
「あたし…あたしさ、あさ美ちゃんが好きなの」