910 :
作者エリ:
カーラジオから歌が聞こえてきた。
何時か何処かで聞いた様な…でも今まで聞いたことのない…そんな歌。
「なんやねんこれ!」
中澤さんが車体を叩く。その勢いで車が右に傾く。
石黒さんは黙ってハンドルを元に戻した。
「あいつら、何考えとんのや!何が勝負や!仲間やろ!?」
それでも中澤さんはまだ叫んでいた。
後部座席に座る私も紺野さんも怯えて何も言えない。
車は病院へと走っている。
新生モーニング娘事件は、ラジオでも緊急生放送されていた。
私達は車の中で偶然それを耳にした。
しばしの沈黙。中澤さんの怒りが圧力となり伝わる。
やがて石黒さんが、そっと沈黙を破った。
「私は少し分かるかもしれない。なつみ達の気持ち」
911 :
作者エリ:03/05/05 17:00 ID:vpe/HdId
中澤さんが石黒さんを睨みつける。それでも石黒さんは言葉を続ける。
「不安で怖くて仕方ないんだよ。何かしないと押し潰れそうで…」
「せやかて、こない真似することないやろ!これじゃ残された子等が可哀想や!」
「…姐さんは私より知ってるだろ。そういう世界だってこと」
「知らんわボケッ!あんたもあいつらもボケや!…なんでうちに一言相談せえへんねん」
「一番できない相手だろ…」
「…せぇへんねん…ボケェ…」
「ほら…いい歌だよ」
罵倒の間その歌声は絶えず流れ続けた。
後藤さんの声が。笑顔の大好きな声が。
福田さんの声が。夢を諦めない想いが。一度折れた花が再び咲き誇る様に。
矢口さんの声が。いつまでもいつまでも元気でいられる気がする、その声が。
石川さんの声が。泥石が磨かれた宝石の様に輝く。成長の証と幸せを乗せた声が。
安倍さんの声が。人に生きる意志を与える歌、そんな歌の素晴らしさを。
気がつくと私は震えていた。足がガクガクとしていた。
その歌声たちに感動していた。人を感動させる歌の力に感動していた。
たまらなくなった。
歌いたくて歌いたくてたまらなくなった。
912 :
作者エリ:03/05/05 17:01 ID:vpe/HdId
「Uターンして下さい」
え?今の声は私が発したのか?
中澤さんと石黒さんに向けて今聞こえた言葉は私の口から出たのか?
私?モーニング娘の新メンバー、14歳、亀井絵里が?
いじめられっこのエリが?男達に襲われて泣き続けているエリが?
あの大先輩である中澤さんと石黒さんに向かって、意見を言ったのか?
紺野さん?違う、目を丸くしてこっちを見ている。紺野さんじゃない。
「あそこへ行きます!」
まただ。また聞こえた。やっぱり私なのか?私の口が言っているのか?
ほら、中澤さんも石黒さんも驚いた顔しているじゃないか、
私なんか震えてうずくまって泣き続けている方がお似合いなんだ。(違う)
不似合いなこと言うもんじゃないんだ。(違うぞ、エリ)
いじめれてい…(違うんだ!私は行きたいんだ!唄いたいんだ!)
(さぁ!もう一度言え!エリ!おっきい声で!ここで卒業だ!)
(いじめられっこの卒業だ!)
「私もあの人たちの場所へ!行きます!!」