564 :
作者エリ:
ホール一杯の拍手が響き渡る。
高橋愛が歌い終えたのだ。その場の全員が惜しみない賛辞を送っている。
センターに立つことに何の不満も言えない完成度であった。
つんくも感心した様にしきりに手を叩いている。
満足気に息をひとつ吐き出し、高橋はクルリと向きを変えエリを見た。
不安で縮こまっているのだろう。高橋はそう思っていた。
ところが亀井は怯えるどころかむしろ楽しそうな顔をしている。
(どうしたのこの子?昨日までと何か違う?)
「はいはい〜!じゃあ次はエリちゃんやでぇ〜」
司会の加護が手際よく進行を進める。
エリはゆっくりと前に進み出た。みんなの眼が自分を見ている。
前奏が流れ始めた。
ちょんと軽くステップを踏む。
(モーニング娘。亀井絵里。いきます)
565 :
作者エリ:03/04/09 22:08 ID:zvfhRusV
「あいぼん」
「なんや」
「どう思う?」
「うん、まだまだやな」
「そうだよね」
「どう贔屓目に見ても愛ちゃんの方が上」
「ののもそう思うのれす……けど」
「けど?どした?」
「なんかムズムズするのれす」
「奇遇やな」
「へ?」
「実はうちもや」
けして美しいとは言い切れないエリの唄声が辺りを包む。
はっきりしている。間違いなく高橋の方が上手に歌いこなしているのである。
なのに、ナニカが体をざわつかせる。じっとしていられなくなる。
辻加護だけではなかった。その場にいた全員が体の中に変化を感じていた。
566 :
作者エリ:03/04/09 22:09 ID:zvfhRusV
(ああ、違う。そこはもっと声を抑えた方がきれいに流れるのに…)
(ううーん、じれったい。私が加わればもっとこう…)
飯田がモジモジしているのを、吉澤はおもしろそうに眺めていた。
(カオリンも思ってるのか?歌いてぇって、おんもしれえ)
(あぁ!もう我慢できねえや!)
ふいにエリの声の横に吉澤の声が並んだ。二種類の声色が新たなハーモニーを生み出す。
「ああ、ずるい。よっすぃー!」
それを見た辻と加護が同時に飛び出す。二人もエリの隣で歌いだす。
高橋と亀井の勝負である。当然ルール違反だ。
しかしなんとリーダーの飯田までもが、止めるどころか一緒になって歌いだす始末。
リーダーという仮面をかぶってもいても、本当は歌手を夢見た一人の娘である。
胸に堪えていたものを押え付けることはできなかった。
素朴なエリの声に、吉澤がビートを、加護が柔かさを、辻がリズムを、飯田が強さを…。
そしてその交わりは他のメンバーの心までもを揺さぶり動かす。
(歌いたい…私も…)
紺野が小さく、そしてだんだんと大きく声を加える。
皆が混じってもエリは微笑み続けていた。その笑みが紺野の顔にも笑みを咲かせた。
567 :
作者エリ:03/04/09 22:09 ID:zvfhRusV
「なんなのこれ?愛ちゃんと亀井の勝負じゃなかったのかよ。なぁ…」
「里沙、文句言ってる割にはさっきから足がリズム刻んでるよ」
「え?いやこれは…まこっちゃんだって!」
「変な感じ。だけどまぁいっか。楽しそうだし」
エリをいじめていた小川までが、エリの唄に乗っかった。それに新垣も加わる。
五期三人の声が加わり、音にさらに厚みが増す。楽しさが増してゆく。
(安倍さんと矢口さんがいれば…良かったのに)
輪になって楽しげに歌い続ける仲間たちを見て、石川は涙ぐみそうになった。
もうこんな光景は何年も見ていない気がする。
皆が自分の思うがままに声を張り上げ歌い合う。それが絶妙な音楽を生み出す。
そしてその中心にいるのは紛れも無く亀井絵里である。
(これじゃ無いですか?安倍さん、矢口さん)
(貴方たちが求め続けたモーニング娘。の姿はここにあるんじゃないですか?)
保田と後藤はあくまでゲストとして、遠巻きに見るに徹した。
「不思議な子だね。あの子の唄を聞いているとこっちまで声を出したくて仕方なくなる」
「なんか皆がうらやましくなってきたよ。圭ちゃん」
「うちらも歌うか、ごっつぁん」
「おう!」
568 :
作者エリ:03/04/09 22:10 ID:zvfhRusV
(み、認めるもんか、あいつなんか…あいつなんか…)
道重さゆみは悔しくて涙ぐんでいた。
先輩達がエリを囲んで歌っていることにではない。
自分の鼓動がエリの唄で昂ぶらされていることにだ。
モーニング娘を初めて聞いたときの興奮とときめき。
それと同じ感情を、同期の亀井から受けていることが許せなかった。
(私も…私だって…)
田中れいなは両手を耳に当てて下を向いていた。
これ以上この唄を聴いていたら、自分までも参加してしまいそうだった。
(それだけはヤダ。負けたくないと。あいつに…唄だけは…)
プライドがあった。唄だけは誰にも負けないというプライド。
田中の目はじっとエリを睨み続けていた。
これから幾度となく見えることとなるライバルへと…。
楽しくて楽しくてしょうがない。
(これがエリの唄なんだ。モーニング娘の唄なんだ)
(私は歌が好き。もっともっと歌いたい。いつまでもこうしていたい!)
最高の笑みを浮かべ声を出し続けるエリは、本当に輝いていた。
エリ、飛翔の刻。
569 :
作者エリ:03/04/09 22:11 ID:zvfhRusV
立ち尽くす高橋につんくが言った。
「聞こえるか高橋。モーニング娘の唄や」
「はい」
「一人ならお前の勝ちや。せやけどモーニング娘は一人やない」
「はい」
「あいつの声は魔法や。周りの声まで輝かせる力をもっとる」
「…」
「亀井をセンターに選んだ理由、わかったか?」
「はい」
「悔しいか」
「はい」
「見えへんな、お前笑っとるで」
「……!」
「とはいえまだまだ未熟なセンターや、お前が手を貸したれ」
つんくに背中を叩かれた。高橋は口元に笑みを浮かべ足を踏み出した。
娘たちの歌声はいつまでも響き続けた。