亀井絵里はどうよ

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379作者エリ
満月の月明かりが川の水面を照らしている。
そのおかげで、そこに映る自分の顔も輝いて見えた。
この瞬間だけ自分はスポットライトに照らされたアイドルになれる。

「現実は…ちがうよ…」

ため息と一緒にそう呟く。
小さな川沿いの電車の通る橋の下に、絵里はいた。
草むらに腰を下ろし両膝を腕で抱え込む様にして、じっと座っている。
少し体を動かすだけで、全身に針を突き付けた様に痛む。
(あの中に入って、みんなと一緒に歌いたい。だから、モーニング娘。になりたいんです)
(アハッ、馬鹿だな、私…。本当に自分はなれるって…信じてた)
(私なんか邪魔者でしかないんだ…。私なんかいない方がきっとうまくいくんだよ…)
(絵里はいらない子なんだ…)
(絵里は誰にも必要とされていない…)
(絵里が死んでも誰も悲しまない)
(全てを捨ててモーニング娘になった私に、もう居場所なんてない…)
(死んだら…絵里なんか死んじゃえば…)
(…楽に……なれる?)
380作者エリ:03/03/21 23:19 ID:TcVjtT5I
自問を終えたエリは立ち上がって川岸まで歩を進めた。
靴を脱いで揃えておいた。靴下も脱いで、靴の中に丸めて入れた。
裸足になってそっと川に足を踏み入れた。
夏場といえど夜になれば水温も下がる。気持ちの良い冷たさだった。
(息…どれくらい止めていられるだろう)
(流されたら海に行くのかなあ…死体見つかんないかなぁ?)
エリがいる橋の下は真っ暗で、人が入る場所ではない。
誰にも見つからず死ねる場所をエリは無意識で選んでいたのだ。
少しずつ奥へと進む。水面が膝上にまで到達しスカートの先が濡れ始めた。
(モーニング娘。合格祝いで買ったスカート…)
(あのときは…家族も友達も私もみんな…笑ってた。嬉しくて嬉しくて…)
(どうして…こうなっちゃったんだろ…)
(まだ…やりたいこといっぱいあるのに…私…)
エリは涙でクシャクシャになった顔を両手で覆った。

「私…私…やだよ…嫌だよ……死にたくないよぉ…」
「死に…たくない…死に…グスッ…らく…ないぃ…ウッウッ…ない…よおぉぉぉ…」
「グスッ…エッエッ…死にらく…ない…やらぁ…アァやらぁ…アゥウゥアアアアァァ…」
381作者エリ:03/03/21 23:20 ID:TcVjtT5I
「じゃあ、死ななきゃいいじゃん」

背後からの突然の声。びっくりし過ぎて心臓が止まりかけた。
辺りに人がいるはずはなかったのに…。こんな場所、誰にも見つかるはずないのに…。
鳴咽を堪えてエリはそっと振り返った。最初は涙でぼやけて誰かよく分からなかった。
暗いせいもあった。目をこすって段々慣れてきてようやくわかった。

「後藤さん…どうして?」
「ごめんね。実は後を付けてた。様子が変だったし…」
「ずっと…見ていたんですか?」
「午後は仕事休みだったしね。レッスンさぼって何するのかなーって気になってさ」
「そ、そんな…」
「まさか自殺するとは思わなかったよ。驚いた」
「止めないで下さい!私なんかいらない子なんです!」
「何だ。やっぱり止めて欲しいんだ。そうならそう言ってよ。もぅ…」
「言ってないです!私は…!」
「本当に死ぬ気の奴は誰かに、止めないでなんて言わないよ。亀井」
「……!」
「それにさっき大声で叫んでたし…死にたくないって」