72 :
透明に:
外に出て、矢口は更に驚いた。
コレだけ大勢の人がいるのに、矢口にほとんどカスりさえしないのだ。
皆、矢口を見ることもなく、ただ前を見て歩いている。
にも関わらず、器用に矢口をよけて歩くのである。
──いったい何が起こっているの?
脳の処理能力を超えていると言わんばかりに、
目の前の光景は矢口にクラクラとした感覚を与えた。
頭をふるふると振ると、矢口は人の波を見渡した。
──とにかく、この中からさっきの男を見つけなきゃ。
矢口は人ごみをかき分け、
いや、かき分けることを要せず歩き出した。
モーゼの十戒──。
もしこの光景を見ることが出来たのならば、
誰もがこの言葉がを思い浮かべただろう。
「はぁ、はぁ……。いない。」
いくらよけてくれるとはいえ、いかんせん人が多すぎる。
そう簡単に一人を特定することができるわけはなかった。
「……だよね。見つかるわけないよね。
何かもうみんな同じ人に見えてきちゃったよ。」
矢口の顔には諦めの色が浮かんだ。
73 :
透明に:03/02/19 23:13 ID:FJa6tKsV
ちゃちゃちゃちゃちゃー。
そのときだった。
前の方から矢口の耳に聞きなれたメロディが飛び込んだ。
「『捨てないでよ』だっ!
こんな着メロ、マネージャーしかいないっ!」
いきなりの着信に驚いたのか、矢口の目の先数メートルで
小太りの男が慌てふためいていた。
「みぃっけ!!」
にやりと笑うと、矢口は思いっきり駆け出した。
そして、
ズシュッ──。
助走をつけて放った矢口のカンチョーは、見事に男を捕らえた。
男はガックリと膝を着くと、携帯を手からこぼした。
「あのねー、人のものを勝手に持ってったらダメでしょー!」
「す、すみません。テレビ局見学してたら置いてあって…。
あの、つい魔が差したんです……、あれ?」
男が振り向いたときには、矢口の姿は無かった。
とは言っても、矢口はれっきとしてそこに立っていたのだが。
「まったく。二度とこんな事しちゃダメですよ。」
「……誰だ。うっ、痛ってぇ。あっ、携帯がねぇ。ちくしょ。」
男は矢口の言葉を無視するようにその場を立ち去った。
「あ、コラ。ちょっと。」
反省した様子の無い男に矢口は憤慨したが、
いまだ携帯が鳴っていることに気付き画面を見た。
74 :
透明に:03/02/19 23:16 ID:FJa6tKsV
加護亜依──。
画面にはそう表示されている。
「もしもし。加護、よくやった!」
『もしもし?──あれ、矢口さん?何で矢口さんが出るんですか?』
「お前なぁ……。まぁいいわ。
ナイスタイミングで電話かけてくれてアリガト。」
『いや、どっかに落ちてたら着メロで見つかるかなって……。
ナイスタイミングてなんですか?てゆーか、今どこですか?』
「あぁ、今な。外よ外……」
──くぅ、ふっふっふっ。
『えぇー、何で外にいるんですか?』
──ま、まさか、浣腸するなんて。ふふっ。
矢口の耳に、加護以外にもう一人の声が聞こえてくる。
「………。」
『あれ?矢口さん……?どうしたんですか?』
──あぁー、もうダメ。だぁはははは。か、カンチョーて。
「……や、山田。何してんの、こんなトコで。」
そう、矢口の目の前に現れたのは紛れも無く赤いコートの男だった。
75 :
透明に:03/02/19 23:19 ID:FJa6tKsV
「ひさしぶり、ヤグっちゃん。」
「ひ、ひさしぶりじゃないでしょ。何してんすか!」
「いやぁ。口で説明するより実際に使ってもらった方が
何が起こってるか分かってもらえるだろうと思って……。
ずっと見てたのよ。すぐに男湯でも行くかなって思ってたのに、
なかなか行ってくれないし、やっと使ったと思ったら、か、浣腸……。」
山田はそこでプッと噴き出した。
「………。」
「それにしても、そのビキニ。良く似合ってるよ。」
「あっ!!」
矢口はとっさに山田に背を向けた。
「ところで。どうだった…、『透明に』なった感覚は?」
「どうって…。面白くも何ともないよっ!
これは辻と加護に頼まれて仕方なしに着て……」
「それは、分かってるよ。そうじゃなくて変な感じしなかった?
『透明』っていうより……?」
「……『避けられてる』感じ…だった?」
しばらく矢口の目を見て、うん。と山田は首を縦に揺らした。
「じゃあ、今日の収録後にでもマントの秘密、見にくる?」
「えっ……。」
『おーい、矢口さん。聞こえてますかー?矢口さーん。』
矢口は、小さく頷いた──。
〜第3話・透明に〜終わり
76 :
書くよ:03/02/19 23:25 ID:FJa6tKsV
>>70>>71 アリガトウございます。時々、読んでる人いるのかなって不安になりまふ。
そんな時は、1レスにすんげぇ励まされます。がんがります。
77 :
:03/02/19 23:30 ID:QB5I8g+N
読んでるよ
毎日何回も更新チェックしてるよ
| | | | | | | | | 透 明 ヤ グ チ | | | | | | | | |
∨ ∧
∨ プ ロ ロ ー グ
>>21 (02.12) ∧
∨ 第 1 話 「ONE STOP」
>>22 (02.12) ∧
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>>26-29 .(02.13) ∧
∨ 第 2 話 「ユデタマゴ」
>>36-39 (02.15) ∧
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>>61-64 (02.18) ∧
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今日初めて読んだ
オモロイからがんがれ>作者さん
書くよ氏の作品はいいね。
いつも楽しく読まさせてもらってますよ!
がんがって下さい!!!
それからもうスレ違いになるのかもしれないが、
2001年度東京工科大の国語では、安倍、後藤が堂々と出ていますた。
芥川氏の物語だったが。芥川龍之介=モーヲタなのか?とその時思ったよ(w
かなり面白くなっていきそうです。
頑張ってください。
それと、なんだか既に悲しい予感がします。
そこら辺も楽しみです。
83 :
書くよ:03/02/20 23:44 ID:eq2L7dMo
なんかレスせがむようなカキコしてしまってスンマセン。
>>77マジ嬉しいです。更新は基本的にこの時間帯だと思います。
>>78いつもアリガトウございます。
>>79サンクサです。短いお話ですが、しばらくお付き合いください。
>>80マイナーなのにそう言って頂けると嬉しいです。
>>81どうもです。試験に全て娘。が絡めばヲタ合格率上がりまくりスか。
>>82アリガトウございます。面白くなるようがんがります。
透明ヤグチ〜第4話・What's You Gonna Do?〜
「で、ココはどこなのよ?」
「いやー、ココが一番良かったのよ。角度とか。」
「だから、今から何しようって言うのよ?こんな所で?」
「飛ぶんだよ?あっちに向かってね。」
山田は崖の向こうを指差した。
矢口の顔に崖の下から風が吹き付ける。
「飛ぶって…、この夢半ばで諦めた鳥人間コンテストで?」
「人はそれをハンググライダーと呼ぶんだけどね。」
ガンッ──。
矢口はグライダーを蹴りつけた。
「どうせこれも、山田が作ったんでしょ。ほんとに飛ぶんかぁ?」
矢口は一層高く足を振り上げた。
「飛ばそうと思ったら、あまり蹴らないこったな。」
そう言うと、山田はグライダーを広げ始めた。
「詳しいことは、その時々で話すから。
とりあえず、今からあのお屋敷に忍び込むよ。」
崖を降りたずっと先にはポツンと屋敷らしきものが見える。
この距離から見えるのだ、わりと大きな屋敷なのだろう。
「じゃ、行くよ。ヤグッちゃん、ちゃんとつかまってなよ。」
言いながら山田はリストバンドを操作して、コートを赤く変えた。
矢口も続いてマントを赤く変える。
矢口はしぶしぶ山田の腰に腕を回した。
二人が走り出すと、グライダーは風を集める。
ボバッ──。
白昼の太陽の下、赤いグライダーが崖を飛び立った。
「おわぁー、ホントに飛んだー!!」
矢口の頬を風が強く叩く。
「当たり前だよ。飛ばない布にしがみつくほどバカじゃない。
これ作るのに何日かかったコトか。」
「ふぅん。……つか、ちょっとこれ早や過ぎない?」
あっという間に崖下の森の上を、グライダーの影がかけ抜けた。
そうこうしているうちに、眼下にグングン屋敷が近づいてくる。
グライダーは高い塀をらくらくと越えると、敷地に侵入した。
屋敷内の日本庭園の上をグライダーは滑空する。
「……あれ?」
庭を見下ろす矢口の目に、たくさんの黒いスーツが映った。
「……今なんか、怖そうな人たちがいっぱい見えたんだけど。」
「まぁ、僕が予告状だしておいたからね。」
「予告状!?……あ、ちょ、ちょっと!前、前!!」
グシャァ──。
グライダーはスピードを落とさず障子を破って、派手に屋敷内に忍び込んだ。
「イテテテ。……で、これが予告状ね。」
山田はポケットから紙切れを取り出した。
──本日、名刀シメサバをいただきに参ります。怪盗ヤマダ
「はぁ!?何これ!って言うか何?この着地の仕方は!!」
「しーーー。」
山田は人指し指を立てながら、目で合図した。
視線を移すと矢口達を取り巻くようにして
明らかに『その筋』の方々と思しき輩達が立っていた。
「いやぁ、無名の怪盗相手にこんなに人数集めるとは。
正直、予想外だったよ。よっぽど大切なんだね、その刀。」
「て言うかどーすんのよ!囲まれちゃってるし!!」
できるだけ声を押し殺して、怒鳴りつける。
「大丈夫、僕たちは見えてない。」
山田の声は呑気ではあったが、その言葉の通り怖そうなおじさん達は
突然破れた障子を不思議そうに見ているのみである。
「いい?ヤグっちゃん。君は今から、この刀を持って
あの怖いおじさん達と同じ方向に走る。後は分かるね。」
山田は懐から刀を取り出し、矢口に渡す。
「刀!?怖いおじさんと一緒に走る?」
「大丈夫、スイッチをオンにしてたら誰も気付かない。」
そこまで言うと、山田は立ち上がり矢口を置いて庭へ出た。
そしておもむろにリストバンドのスイッチを操作する。
応じてすぐに、コートは紺色に変わった。
「ちょ、何スイッチ切ってんのよ!」
すうううぅ──。
山田は、大きく息を吸い込んだ。
「バーカ、バーカ!!もう刀は盗んじゃったもんねー!!」
その言葉は、一瞬にして全ての視線を山田に集中させた。
「何だオメーはよぉ!!」
すぐに怖いお兄さんのうち何人かは、山田に向かって庭へ出て行った。
「ごー。」
矢口と視線がぶつかると、山田はアゴで合図した。
「おい、お前ぇーら。」
部屋に残っていた男たちは、廊下の方へ向かおうとしている。
「まったく、何してんのよ。山田のヤツ。
えーーと、とりあえずこの人たちに着いていくのよね。」
矢口はマントの中に刀を隠ししっかり握り締めると、
訳も分からないまま男に着いていくことにした。
「なっ、消えやがったぞ。どこ行った!!」
背中に怒号が圧し掛かる。
きっと山田がコートのスイッチを入れたのだろう。
「はぁ、はぁ。案外重い……この刀。」
半ば引きずる形で刀を持ち、廊下を歩く。
怖いおじさんの背中をひたすらつけていくと、
おじさんたちは小さな床の間に入っていった。
「ふぅう。あそこがゴールか。……げ!!」
なんと、床の間へ入ったと思ったおじさんたちが
踵を返して出てくるではないか。
「おめーら、ウソだウソ!!刀はやっぱり盗まれてねぇぞ!!」
「ふざけやがって、ひっつかまえんぞ!!」
怒りの形相を示したおじさん達は、その数も五、六人に増えていた。
「うわぁあ、こっち来るー!」
廊下いっぱいに広がってやってくるおじさん達と、
矢口の衝突は避けられそうにもなかった。
「う…。ま、まさか。」
矢口は、自分の手に握られている刀に目を落とした。
「山田が言ってた、後は分かるねってのは……。」
これで、この人たちをヤっちゃえってこと!?
そ、そんな。こんな可愛い乙女に血生臭いことをなすりつけて、
自分は悠々と刀を盗み出すって……。
「で、できない。そんなこと……。」
そんな矢口の悩みなどお構いなしに、おじさん達は迫ってくる。
そうだ!鞘に入れたまま殴っちゃえば。
……ダメか。相手は大人だし、こっちは女の子。勝ち目ないよね。
いや、向こうは私が見えない。それに多分、この刀も……。
矢口はマントから刀を出して鞘に収めたまま構えた。
おじさん達は刀に構わず、矢口の目の前まで迫ってくる。
イケるっ!!
矢口は左手で柄を、右手で鞘を握ると、刀が鞘から抜けないよう力を込めた。
そして刀を相手の顎めがけ、目いっぱい振り上げた。
矢口も、山田も、刀も誰にも見えていない。
矢口は刹那の間あの時のことを思い出した。
山田にコートの秘密を教えてもらった時のことを──。
〜第4話・What's You Gonna Do?〜終わり
89 :
書くよ:03/02/21 00:23 ID:YaGPOwfs
ここまでです。もしかすると明日は更新できないかもしれません、申し訳。
| | | | | | | | | | | | | 透 明 ヤ グ チ | | | | | | | | | | | | |
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∨ プ ロ ロ ー グ
>>21 (02.12) ∧
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∨ 第 4 話 「What's You Gonna Do?」
>>84-88 (02.21) ∧
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更新キター
もしや第4話は知念の曲?実にタイムリー。
>>91センチメンタル南向きじゃないのか?
更新乙カレーでつ。
93 :
書くよ:03/02/22 23:34 ID:GH3LUdqN
>>90アリガトウございます。もう10日経ったのか。
>>91>>92 サンクサです。残念ながら知念は知りません。
>>92さんの言うとおり、一応センチメンタル南向きを意識しました。
94 :
赤い記憶:03/02/22 23:36 ID:GH3LUdqN
透明ヤグチ〜第5話・赤い記憶〜
『この名刀シメサバは我が家に代々伝わるものでねぇ。』
『さぁ、このお宝のお値段はいくらっ!!』
山田は不愉快そうにテレビを一瞥すると、矢口に手招きした。
「ほら、こっち来て。」
「でも…。」
「大丈夫、誰も気付きはしないよ。」
矢口は、辺りをきょろきょろ見回した。
二人は大学病院の待合室にいた。
病院の中を赤いコートとマントがひらりひらりと舞う。
──五分程歩いただろうか。
いつの間にか外来棟を離れ、大学の研究棟に入ったことを雰囲気が伝えた。
「ちょうど今日は彼女が来ているはずなんだ。」
山田はいくつもある部屋のうちの一室の前で立ち止まると、ドアノブに手をかけた。
ガチャリ──。
静かにドアが開く。
楽しげに笑う女性の笑顔が、目に飛び込んできた。
女性に向き合って座る男性の背中も見える。
この光景が何を意味するのか。
それを考えることもなく、矢口はただ立ち尽くしていた。
「無視って分かる?」
山田は急に矢口に耳打ちした。
「えっと……?」
「多分、今君が想像したものとは少し違う。」
95 :
赤い記憶:03/02/22 23:38 ID:GH3LUdqN
山田は静かに部屋に入ると、おもむろに女性の左側に立った。
山田が頷くのを確認して、矢口がそれに続く。
「いい?今からせーのでスイッチを切るよ。よーく見てて。」
矢口が隣についた瞬間、山田は言った。
「え!?」
有無を言わさず、山田はリストバンドに手をやる。
「せーの。」
矢口達はほぼ同時に、二人の前に『現れた』。
「な、何だ君たちは!ど、どこから入ってきた!!」
突然目の前に現れた不審者に、男は仰け反った。
「え、えーとですね…オイラたちは、その……。」
矢口は山田に目配せする。山田はにやりと笑い、言った。
「……スイッチィ、オン。」
再び矢口達の着衣が赤く色を変える。
「なっ!?消えた?ど、どこに行ったんだ。」
「どうしたんです、先生。」
「い、今ここに!……いや、何だったんだ今のは。」
疲れているのか。先生と呼ばれた男はそう言って頭を振った。
未だ顔色のすぐれない男を横目に、矢口達は部屋を出た。
廊下に出ると山田は矢口の顔を覗き込む。
「どう、分かった?」
「どうって、凄く慌ててたけど……。
突然人が現れたら、普通びっくりするでしょ。」
「そこじゃないんだな…。ポイントは女の人の方。
ずぅっと僕たちが見えていなかったでしょ。」
「え……。」
「僕たちが『現れて』も、その存在に気付いてなかった。」
確かに、女性は慌てた様子を見せなかった気がする。
96 :
書くよ:03/02/22 23:39 ID:GH3LUdqN
今日はここまでです。
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>>21 (02.12) ∧
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>>22 (02.12) ∧
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>>36-39 (02.15) ∧
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>>48-49 .(02.16) ∧
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∨ 第 3 話 「透 明 に」
>>61-64 (02.18) ∧
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>>67-68 .(02.18) ∧
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>>72-75 .(02.19) ∧
∨ 第 4 話 「What's You Gonna Do?」
>>84-88 (02.21) ∧
∨ 第 5 話 「赤い記憶」
>>94-95 (02.22) ∧
∨ ∧
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(〜´◇`)<カリスマアイドル!
99 :
赤い記憶:03/02/23 23:23 ID:63JOM9xn
「彼女は半側無視の患者なんだ。」
「反則……?」
「見てる物の半分っ側が見えない。左半分だけがね。」
そう言うと、山田は自分の右手で頭をつついた。
「右の頭頂葉に梗塞が起きると、時々こういった症状が出る。
実際には見えないわけじゃないんだが、左側で起こる出来事に
関心を示さなくなるんだ。」
「関心を示さない……。」
「そう。目や、脳のほかの部分は正常だから『見えては』いる。
ただ、見た映像の空間を認識する部分が上手く働かず、
結果、彼女は左に『かなり』無関心になるんだ。」
矢口は山田の言っている意味を理解できずにいたが、
それ以上になぜ山田がそんな説明を始めたのか見当も付かなかった。
お構いなしに山田は続ける。
「彼女は、顔の左側にメークをすることはないし、
花の絵を描いてもらえば、花びらは全て右側につく。
左から声をかければ、グルリと右を向いて振り返るだろう。
なぜって、彼女に『左は存在しない』のだから。」
「でもそれが……。あっ!……それが、私達が消える理由?」
「そういうこと。君も一度、頭を打つとかしてるんじゃないかな。」
「ちょ、ちょっと待って。理由は良くわかんないけどさ、
もしそうだとして、何で私達のことが見えなくなるの。
私達の脳に異常があるんなら、私達『が』誰か『を』
見えなくならなきゃおかしいじゃない。」
じゃないとすると、みんなの頭がおかしくて私達が見えない……?
どちらも筋が通っているようでどこか変だ。矢口は混乱した。
100 :
赤い記憶:03/02/23 23:26 ID:63JOM9xn
「そう、そこなんだ。鋭い所をつくね。さすがヤグっちゃん。
ただ、実際僕達が消えるわけじゃない。消えるのはマントだ。
……じゃあ、今度は発想を逆転させてみようか。」
山田は嬉しそうな顔を作ると、矢口に掌を見せひらひら裏返した。
「…そう。脳に影響が出たせいで見えないはずの色が見えてしまった。
本来人間は見ることの出来ない色が。」
「あっ!!」
その言葉にパズルがピッタリはまるように合点がいったが、
矢口の頭には既に次の疑問が浮かんでいた。
「……でも、私、病院での検査じゃ脳に異常はないって。」
「視覚経路に関しては……でしょ。問題は『記憶領域』なんだ。」
そう言うと山田は、頭の横っちょをとんとんと叩いた。
「記…憶。」
「前に焼肉屋さんでいったと思うけど、
強烈なショックの後、その人の記憶はどうなるか。
──正解。その記憶を封印してしまいます。」
「記憶を封印……。赤い色が、その記憶?」
「ずぅっと昔のね。まだ人間が人間まで進化してなかった頃。
人類は太古の昔、絶滅の縁まで追いやられていたんだろう。
おそらく、この色素を持った微生物か何かにね。」
山田は、赤い色を呈するコートの端をつまんだ。
101 :
赤い記憶:03/02/23 23:30 ID:63JOM9xn
「そして、激しい戦いの末、人類はその微生物に対する
カウンターアタックとしての抗体を手に入れた。
無論、微生物のほうもヤラレっぱなしじゃないから
進化していく中で、その形を変えていっただろうけどね。」
山田は続けた。
「やがて、微生物はその色素を持つものと持たないものに分かれた。
人類は色素を持つものに完全に打ち勝ち、
その微生物は人間に関与せずに生存していく道を作り出した。
危機を回避した人類は、その記憶を恐怖とともに脳の中にしまいこんだ。
まぁ、僕は学者じゃないからあくまで憶測だけどね。」
そこまで言うと、山田はおもむろにリストバンドを操作した。
赤だったコートはたちまちの内に紺色に変わる。
いつの間にか矢口達は、病院の出口まで来ていた。
話に夢中になっていたため気付かなかったが、
会話をしながらかなり歩いていたのだった。
「今でも人間は、ものを見るときに
反射的に映像とその記憶を照会するんだ。
そして、赤い色を無視してしまう。
僕達の様にある記憶領域に障害を持つ者以外はね。
まぁ、開発によってバタフライ自体は田舎に追いやられたみたいだけど。」
山田は付け足した。
「それと、僕にはバタフライやコートは赤く見えない。
まだ少し記憶が邪魔をするのか、ひどく気持ちの悪い色に見えるよ。
君が赤いチョウチョといった時は、ホントに興味深かったね。」
人ごみの中、姿を現した二人を特別気に留めるものはいなかった──。
〜第5話・赤い記憶〜終わり
102 :
書くよ:03/02/23 23:39 ID:63JOM9xn
>>97>>98どうもです。カリスマアイドル!!
一応注釈すると、半側無視は実際にある症例で
その表現型はさまざまらしいです。
一方、特定色無視(勝手につけた)は漏れの想像の産物であり、
半側無視との間に何の関係もありません。