【T・E・N】 第101話 安倍と高橋
後味が若干悪かったものの―――モーニング娘。晩餐会はこうして幕を閉じ
た。
石川と加護は、1階の自室に戻ってしまった。
途方に暮れた矢口は、今後の段取りを副幹事の紺野に確認する。
明日の昼頃にはつんく♂邸のお手伝いさんが戻ってきて、そこで同窓会は散
開となる。仕事の関係で各自朝の生活リズムはバラバラであろうという配慮か
ら、豪華なディナーとは対照的に朝食は軽めのパン類で済ますらしい。
つまり、実質これから先は自由時間だ。
好きな場所で、好きなだけ語らい、好きなことをして、好きな時に寝てよい。
特にイベントなどは用意せず、自主性に任せるということになっている。
つんく♂も勝手にワイン庫の酒は飲んでもいいと言っていたし、遊技場も自
由に使って構わないと通達してあった。アイドルだった当時はまだ未成年だっ
たメンバーが多くを占めていたが、今日の参加者は全て成人を迎えているとい
うこともあり、常識を信じ、良識に任せるといったところなのだろう。
―――とはいっても現実問題として、夕食が終わりテーブルの上には参加者
の食器等の洗い物がどっさりと残されていた。これを片付けないことには朝食
は迎えられない。
「もう、紺野も手伝ってくれたっていいのに!」
口を尖らせながら安倍が毒づく。
「あした朝食のときは手伝いますから〜、だって! もう!」
カゴに山積みにされた食器を次々を流し場に沈ませる高橋。
厨房には、この二人が皿洗いに精をだしている姿があった。ジャンケンで負
けた二人。
「あはは、でもあのコは昔っから勉強はできたけど料理とかの家事はからっき
しだったみたいしねぇ」
洗剤を染み込ませたスポンジで次々と皿を洗う安倍。それを手渡され丹念に
泡を流す高橋。
「あと歌も結局うまくならなかったし」
「リズム感ゼロだったし」
「言うこときかないし」
「何考えているかサッパリ分かんないし」
「勝手に他の人のおやつ食べちゃうし」
「マイペースすぎるし」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・でもイイ子だよね」
「・・・うん」
つかみどころのない、それでいて憎めない紺野のことを考えるだけで、石川
の身に起こった悲劇的な話を聞いた後でもなお、どこか救われるような気分に
なったのだ。
さきほどの晩餐で沸き上がった数々の疑問。それに関しては、安倍も高橋も
それぞれ思うところがあるのだが、現役のときさほど深い交流もなかった二人
だけに、この場では波風立たない会話が続いた。
「あ・・・安倍さん・・・映画・・・みました」
「・・・そう・・・アリガト・・・」
「なんか・・・シブいってゆーか・・・素敵でした・・・」
「へへ・・・わたしも愛ちゃんの歌ずっと見てるよ・・・」
「そっそうですか・・・いやあ・・・でもCDなんも売れんでぇ・・・」
「ううん・・・売れてなくても、ずっとモーニング娘。の時よりも愛ちゃんら
しい歌で・・・うん、がんばってるなー嬉しいなーっていつも思ってた」
「えええ・・・いやあ照れるなあ」
「忙しいの? やっぱ」
「うーん、どうやろなぁ・・・最近は曲もあんまり出させてもらえんけど」
「ヒマ・・・? なの・・・?」
「うん、仕事が回って来ないときは・・・まとまってヒマ、かなぁ」
「愛ちゃん、ねぇ・・・お・・・小川・・・のお見舞いに何回行った?」
「小川・・・? マコっちゃん?」
「そう、いまだに意識が戻らない小川・・・さんの」
「・・・」
高橋にとっては予想外の展開だった。
晩餐の席でも、亡くなった後藤・辻の話題には及んだものの、新垣や植物状
態の小川についてはほとんど誰も言及しなかった。高橋ら5期メンバーは娘。
に在籍した時期が短いということもあり、深く語るべきこともないのだろうと
思った。どう頑張ったところで、先輩メンバーの思い入れの数ではかなわない。
それが何故、安倍がそれほどまでに(しかもこの状況で)小川のことを気に
かけているのか、高橋には理解できなかった。
「マコっちゃんの・・・病院には、事故の直後・・・2、3回ぐらいは行った
・・・かなぁ・・・」
「たった2、3回? 最近は・・・?」
「いえまったく」
「なんで? 同期でしょ?」
「ん〜なんでって言われても・・・『あれ』は何回もお見舞いに行っても・・」
高橋はハッと息を飲んだ。
寂しそうな目で見つめる安倍の持つ、洗いかけの包丁の刃先が高橋に向けら
れていたからだ。
偶然かもしれない。
たまたまその時、安倍は包丁を洗っていただけかもしれない。だが、高橋は
蛇に睨まれた蛙のように身体全体が硬直してしまった。
安倍は再び流し台に向き直って、無言で仕事をこなす。
「いや、ええ、あの」
「・・・この同窓会が終わったら・・・一度は小川のお見舞いに行ってやって」
「はい・・・」
「・・・」
「・・・」
そして二人がそれ以降、会話を交わすことは無かった。
【101-安倍と高橋】END
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