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258名無し33 ◆TU/JllqeAU

      第10回『雨ふらし』
259名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:28 ID:oHk5jUAQ

 朝から続く検査が一段落し、もうすぐカウンセリングの為にムロイが来る頃だろう。
 指の先でボタンをもてあそび、あさ美は溜息をついた。
 自分の入院着と同じボタンを手に入れ、この施設のどこかになつみがいるであろうこと
は想像できるのだが、確信に至るだけの証拠がない。
 それに、それを探そうにも、行動を怪しまれては、いったい何のために圭織を演じてい
るのか……
 圭織から聞かされた話が真実ならば(間違いなく真実だろうが)、のんびりしているひ
まはないと言うのに、何もできていない自分が歯がゆい。
 苛立ち、奥歯をかみ締める。
260名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:30 ID:oHk5jUAQ

 ──トントン、とドアをノックする音。

「あ、はい」

 ボタンをポケットに隠しつつ、あさ美はその音に応えた。

「失礼します」

 そう言って入ってきたのは、予想通り(というか時間通り)精神科医・ムロイだった。
 相変わらずの笑顔……とは言いがたい。

(あれ?)

 どこがとは答えられないが、どこか浮かない顔をしていると言うか、いつもの笑顔に陰
がかかっている。いるように思う。
 
261名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:30 ID:oHk5jUAQ

「どうかな、調子は……って、いつも聞いてるね」

 などと軽口で近づいてくる。
 それに薄く笑って答える。

「ええ、良いです」

 いつも通りの会話。
 ムロイに感じた違和感は、気のせいだったかもしれない。
 だいたい、出会って間もない間柄で、多少の変化に気づくと言うのも、不自然な話だろ
う。
 きっと気のせいだろう。
 なつみ探しが進展しないせいで、気が滅入っているのは自分の方だ。それが相手の表情
を通して見えたんだろう。きっと。
 あさ美はそう思うことにして、小さく溜息をつく。
 今日もいつも通りのカウンセリングが始まる。
 カウンセリングとは名ばかりの、データ収集が。
 今のところは付き合って置かないといけない。
 なつみを見つけるまでは。
 
262名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:31 ID:oHk5jUAQ

 ぼんやりと、しかし、しっかりと圭織としての演技をしつつ、ムロイの相手をしている
うちに、カウンセリングは終了した。
 いつも通り。
 いつも通り、終了するはずだったが……

「じゃあ今日は、これで終わり」

 ムロイがそう言ってあさ美の手を握ってくる。
 不自然だ。
 違和感がある。
 あさ美は圭織の手でそれに応えるが、その違和感に戸惑っていた。

「がんばってね」
「え?」

 そう言い残して、ムロイはあさ美に背を向ける。
 残されたのは激励の言葉と、手の中の紙片。
 いったい何を意味するのか……
 
263名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:32 ID:oHk5jUAQ



 
264名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:33 ID:oHk5jUAQ

「じゃあ、私たちは……」

 自分のいる場所、置かれている状況、そして自分たち自身のことを教えられた麻琴は、
目が眩む思いがした。
 視界が歪み、頬を濡れる。
 しかし、麻琴は自分が泣いていることにすら気づかないほど、強烈な衝撃で頭を混乱さ
せていた。

「まこっちゃん……」

 そんな麻琴の肩に手を置いて、慰める言葉を探すが、上手くまとまらない。なんと声を
かければ良いのか分からない。

 そんな二人を見て、小さく溜息をついた圭は、
「泣いてる場合じゃないでしょ」
 冷たく乾いた声で、麻琴に言い放つ。
 愛は弾かれたように顔を振り上げ、圭を睨みつける。
 
265名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:34 ID:oHk5jUAQ

「ほんな言い方しなくてもっ!」

 射抜くような視線を平然と受けつつ、圭はさらに冷めた声を投げつけた。

「いい? 私たちは、自分が望んだ生き方をしたくて娘。に入ったんでしょ? こんなの
は、こんな状況は望んだ生き方じゃない。だったら、今、私たちがすることは、泣くこと
なんかじゃないはずよ」

 そこまで言われて、愛が気づく。
 保田圭というサブリーダーは、こんな状況に置かれていようとも、自分の役割を果たそ
うとしている。
 そんな姿に打たれたのか、麻琴が顔を上げた。
 泣き顔のまま、それでも、顔を上げて圭を見つめ返した。
 それに満足したように、圭が微笑む。
 瞬間、扉が開いた。
 まるでそのタイミングを見計らったかのように。
 『外』への扉が、派手な音を立てて開いた。
 
266名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:35 ID:oHk5jUAQ

「あ、あさ美ちゃん!?」
「紺野……どうした?」

 息を切らせて飛び込んできたあさ美の後ろで、扉が閉じる。
 それを合図に、息を整え、
「安倍さんから、あ、いや、おマメから連絡がありました!」
「ど、どういうことっ!?」
 圭は語気も荒く、あさ美に問う。

 連絡があったことに驚いていると言うわけではない。いや、もちろんそれにも驚いてい
るのだが、それ以上に、どうやって連絡を取ったのか、そしてそれ以前に、どうして連絡
を取ろうと思ったのか?
 つまり、以前のことを覚えているということだろうか。
 圭織以外にも、『記憶の処理』を免れていたメンバーがいた……
267名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:35 ID:oHk5jUAQ

「えと、ムロイさんがメモを届けてくれたんです」
「ムロイ?」

 その名前を聞いて、圭の混乱していた思考が、わずかでも平静を取り戻す。
 ムロイといえば、精神に関するデータを取っているはず。
 であるならば、あさ美の演技に最も気づきやすい立場にある。

「何か企んでるってことは……?」

 何かの実験の一環。
 そう考えるのが自然ではないか?

「けど、たしかにおマメの字でしたし、こんなことをして、特別に得られるデータがある
とも思えません」

 あさ美の言葉に、顎をつまんで考え込む圭。
 たしかに、あさ美の演技に気づいたと言うのなら、わざわざそんな手の込んだことをす
る必要はないように思える。
 娘。達が何かに気づいたと言うことを知れば、全員の記憶を処理してもう一度はじめか
ら実験をやり直せば言いだけの話だ。
 だったら、これは。
 けれど、確信を得ることができない。
 情報が少なすぎる。
 
268名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:36 ID:oHk5jUAQ

「で、そのメモにはなんて書いてあったの?」

 思考を練っている圭の邪魔にならないように小声で、愛が聞いた。
 けれど、その声は圭の耳にも届き、あさ美の顔を見つめ、言葉を待っている。

「『今夜0時、天使像の前』って書いてあった」

 圭が見ていることに気づかなかったのか、同輩に語る口調で、あさ美は答えた。
 時間感覚のないこの部屋では、0時までにどれだけの時間があるか分からない。
 だったら──

「虎穴に入らずんば、ってヤツね」

 意を決した圭が言うと、
「そうですね。行くしかないと思います」
 あさ美が頷く。

「じゃあ」と口に出そうとしたところで、それはかき消された。

「あさ美ちゃん!?」
 
269名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:37 ID:oHk5jUAQ

 頷いたそのままの姿勢で、あさ美が前のめりに倒れこんだ。
 麻琴と愛が、肩を抱き、体を起こすが、目を開ける様子はない。
 それどころか、規則正しく胸を上下させている。

「寝、てる……?」
「疲れたんでしょ。休ませてあげよ」

 落ち着いているように見えて、まだ子供なのだから、一瞬でも隙を見せられないような
状況では、神経をすり減らしても当然だろう。
 しかし、このままでは。

「どうするんですか? 今夜0時って……」

 愛の不安そうな声に、圭は考え込んだ。麻琴はどうしていいのか分からず、二人の顔を
交互に見ている。
 
270名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:38 ID:oHk5jUAQ

「小川」
「は、はいっ」

 愛に向けようとした顔を、慌てて圭に向ける。

「あんた、あのドアが開けられるか試してみて」

 圭の言った意味を理解するのに、たっぷり10秒ほどかかって、

「そ、そんなっ! 私には無理です!」
「私にも高橋にも開けられなかった。あとは、あんたしかいないんだよ」
「で、でも……」

 やっと止まった涙が、再び滲んできた。
 そんなことが自分にできるはずがない。
 意味や理由があるわけじゃない。
 直感や予感なんて感覚でもない。
 漠然とした不安と、それが引き連れてくる恐怖が、麻琴の心を萎縮させる。
 圭から視線を外し、俯く。

「このチャンスを逃したら、次はないかもしれない。だから──」
 麻琴に歩み寄り、震える肩を掴む。
「あんたがやるしかないんだ」

 力強い言葉。
 責めているわけではない、その言葉に含まれているのは、信頼。
 それを感じ取り、麻琴は濡れた頬のまま顔を上げた。
 
271名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:38 ID:oHk5jUAQ

「でも、ドアが開かなかったら?」
「そん時はそん時よ」

 泣き顔の麻琴に、笑顔でウィンクを投げる圭。
 ただでさえ濡れていた袖口に、さらに水分を含ませると、(かなり無理矢理だけど)笑
顔を返す。

「がんばってね」
 麻琴の手を握り締めて、愛が少し心配そうに、けれど笑顔で応援する。
 同期の応援に、元気を取り戻しつつある笑顔で頷き、立ち上がる。
 『外』への扉の前に立ち、ノブをゆっくりと、少し、ほんの少し躊躇いがちに回す。

(回っちゃった……)

 思うのも束の間、麻琴を青い光が包み込んだ。
 まるで波打つように広がるそれは、懐かしいような新しいような、不思議な感情を呼び
覚ます。
 そして──
 
272名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/04/06 04:39 ID:oHk5jUAQ

∬;´◇`;)「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
( `.∀´)「どうした? 小川」
 ∬´◇`)「どうも作者は私の泣き顔が好きらしいので、泣いてみました」
(;`.∀´)「そ、そう。良かったわね」
 ∬´◇`)「思ったより放置されなくて嬉しいです」
川;’ー’川(その分私が……)
(;0^〜^)(;^▽^)(……)

      次回『星に願いを』