第9回『焼け野が原』
気が付いたら見覚えのない場所に立っているのも、いいかげん慣れてきた気がする。
真里はぼんやりとそんなことを考えていた。
どうやら、トンネルのようだ。
それも、植物でできたトンネル。
奥へ行けばトトロでもいそうだな、と思いついて小さく笑う。
「矢口さん」
不意にかけられる声に、真里は飛び上がるほど驚いて、振り返る。
しかし、すぐにその声の持ち主に思い当たる。
「おマメ!?」
行方の知れなかった後輩、新垣里沙だ。
真里は里沙に駆け寄り、その肩を掴む。
「あんた、どこに行ってたの? 心配してたんだよ!」
「私なら、ずっとここにいましたよ」
「え?」
あまりにも当然のこと、といった風に、里沙は答える。
その答えに、気の抜けた返事を返してしまう真里。
「この前だって一生懸命呼んだのに、矢口さんぜんぜん気づいてくれないんですもん」
そう言って、小さな唇を尖らす。
そんな姿を、もう何年も見ていないような感覚で見ていると、里沙がふっと真剣な眼差
しを送ってきた。
突然の変化に戸惑いつつも、
「どうした?」
真里は問い掛ける。
「矢口さん、『外』のこと憶えてます?」
真剣そのものの表情でそう問う里沙だったが、真里にはその意味するところが分かりか
ね、眉を寄せる。
その表情で察したのか、里沙は軽くため息をついて、
「じゃあ、『前』のことは?」
「何言ってるの? 外とか前とか……」
さっぱりわけがわからない。
そんな言葉を返すと、里沙は俯いて、何か呟いている。
真里にはそれが聞き取れず、耳を傾けようとした途端、里沙が顔を上げ、
「じゃあ、ここで待っててもらえますか? 私が行ってきますから」
何か重大なことを決意した顔。
とても真里よりも年下とは思えないようなしっかりした声で、表情で、そう告げた。
「ちょ、どこ行くつもり?」
「『外』ですよ。それから、みんなを探して、外へ出るんです」
彼女の言っていることがさっぱり分からない。
けれど、みんなを探すという言葉には、なにか引っかかるものがある。
自分もそれを目的としていたはずだが……
「早くしないと……」
里沙が呟く。
追い込まれているような、切羽詰った人間が浮かべる表情で、彼女が歩き出した。
真里はそれを追いかけることができず、立ち尽くす。
引きとめようとするのだが、どういうわけかそれはしてはいけないような気がしてなら
ない。
里沙に任せるしか、それしか方法がない。
理屈ではなく直感、いや、それほど明確ではない漠然とした感覚で、察する。
「気をつけるんだよ」
遠くなっていく里沙の背中にかける、頼りない言葉。
振り返って、里沙が笑う。
年相応の少女の笑顔で、
「大丈夫ですよ! みんなも一緒ですから」
年不相応の力強い声で。
彼女は、トンネルの出口へと向かっていった。
そう、
そちら側が『外』であると、真里には分かっていた。
屋上にいる真里を見つけたのは、もうすぐ検査が始まろうとする時間だった。彼らはア
ベナツミと呼ぶのだが、どうしてもそんな気にはなれないムロイは、彼女を真里として認
識している。
フェンスを前にして立ち、中庭ではなく外を見つめているようだった。
ムロイは背後から驚かそうと言う、子供っぽいいたずら心を持って背後から忍び寄る。
しかし、
「ムロイ先生」
その思惑はあっさりと打ち破られた。
「真里ちゃん、ほんとに勘が鋭いねぇ。かくれんぼの鬼とか強くなかった」
軽口で近づくムロイだったが、振り返った彼女の表情を見て、浮かべていた笑顔が奥の
方にに引っ込んでいく。
「真里ちゃん……?」
それがまるで別人のように見え、ムロイは一瞬ひるむ。
しかし彼女は、ムロイの呼びかけにまるで反応せず、口を開いた。
「ムロイ先生、飯田さんはどこですか?」
それは、あってはならないはずの、ありえないはずの言葉。
驚愕と同時に恐怖が湧きあがる。
肌が粟立つ。
呼吸が乱れる。
「何、言ってるの? 彼女は……」
「ここに、この研究所のどこかにいることは分かってるんです」
病院ではなく、研究所。
そう、たしかにここは病院などではない。
けれど。
けれど、それを彼女が知るわけがない。
「あなた、真里ちゃんじゃないの?」
データでは統合適正は低いが、表層安定率が高かったのは、ヤグチマリと、もう一人。
「……新垣、さん?」
ムロイの言葉に、彼女はゆっくりと、頷いた。
しかし、だからと言って、そんなことはありえない。
記憶の処理は完全なはず。
だから、彼女が憶えているわけがない。
ないはずなのに……
「あなたなら、協力してくれますよね」
「まさか、あなた……」
そんなはずない。
そんなわけない。
そんなこと、あってはならない。
けれど、そう思いつつも、それがありえている現実を理解してしまっていた。
そして、それを肯定するように、彼女は、頷く。
「憶えてます。『前』の実験のこと、あなたたちが何をしようとしているかも、あなたが
間違いに気づきながら、あの人たちに協力してることも」
それは、死刑宣告と似ていた。
ムロイは、自分に残されている道は、ひとつしかないと悟った──
( ・e・)「やりました矢口さん、センターです!」
(〜^◇^)「やったな、おマメ!」
( ・e・)「はい! この調子でもっと活躍したいです!」
(〜^◇^)「おお、その意気だ! けど、オイラの出番も残しとけよ!」
( ・e・)「一緒にがんばりましょう!」
(〜^◇^)「ところで、おマメのAAって、まゆげないよね」
(;・e・)「そういえば、トレードマークなのに!」
∬´◇`)(おマメはいじりどころ満載でいいなぁ……)
次回『雨ふらし』