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214名無し33 ◆TU/JllqeAU

      第8回『ポロメリア』
215名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 02:49 ID:2eMx2Xht

(ここも違う……)
 病棟内を歩き回っていたあさ美が、頭の中で呟いた。
 目を覚ましてから数日間、午前中は検査に潰され、病棟内を歩き回れるのは午後からだ
けだった。
 窓から傾いた太陽の光が差し込む。
 どうもここはおかしいことになっている。
 どれだけ歩いても、病棟の外への出入り口がない。あるのは中庭に出るものだけだ。
 中庭は四方を病棟に囲まれている。であるのに、どれだけ歩いても中庭を囲む病棟の2
面、L字型の部分だけしか歩くことができない。
 あちら側に行くにはどうすれば良いんだろう?
 こちらの病棟には、なつみどころか、他の患者が一人もいない……
216名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 02:50 ID:2eMx2Xht

(飯田さんの言った通りだ……)
 だが、圭織に言われたのはこの状況までで、安倍さんがいるところがどこなのかとか、
この病棟の構造自体は分からないようだった。
 だから、あさ美には病棟内を歩き回ることくらいしかできなかった。
 何度目かの行き止まりに着いて、ふう、とため息をつくと、背後から声がかかる。

「どうしました?」
 振り向くと、そこにはあさ美が目覚めた時、病室にいた看護士がいた。
 不審な目を、あさ美に向けている。

「あ、えと、中庭に出ようと思ったんですけど、道に迷っちゃって」
 と、照れ笑いを浮かべながら、言った。
 自分にしてはうまく演じられた、と思う。
 看護士は、ふ、と笑い、

「こちらですよ」
 と言って歩き出した。
 あさ美はそれに続く。
 言ってしまった以上、結構です、とも言いづらい。
 どうせなら、中庭のことを調べておこう。
 先を行く看護士の背中を見つつ、そんな考えを巡らせていた。
217名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 02:52 ID:2eMx2Xht

 中庭の出入り口で看護士と別れ、あさ美はそれまで作っていた柔和な笑みを消した。
 我ながら役者になったものだ、と思う。
 それを生かす機会は、おそらく永遠に訪れないことを少し、寂しく思いながら、あさ美
は夕日に照らされた中庭の歩道を歩いた。
 まだ一度しか来た事はないけれど、手入れの行き届いた、不自然な緑に包まれている。
 しかし、自然であろうと人の手によるものであろうと、緑は良い、とあさ美は思う。
 ちょっとした森林浴気分だ。
 中庭の空気を、肺いっぱい、体いっぱいに吸い込む。
 圭織から頼まれていた、なつみ捜しの緊張が、少しほぐれた気がする。
 思えば、目を覚まして以来、気を張りっぱなしだった。
 少しだけ気分が良くなったあさ美は、中庭の調査などではなく、単純に散歩がしたくな
った。
 石造りの歩道を歩きながら、くるくると辺りを見回す。
 病棟の窓から見た通り、中庭の四方は白い壁の病棟に囲まれているため、夕日を反射し
て、まるで赤い光を閉じ込めたような、幻想的な光景が広がっていた。
218名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 02:53 ID:2eMx2Xht

(この石造りの歩道、病棟の窓からは見えなかったなぁ)
 石の堅い踏み心地が、気分を弾ませる。そういうことも計算されているんだろうか?
 そういえば、中庭から見る病棟の方も、壁は見えるけれど、窓は見えづらい。
 何か、胸騒ぎのようなものが、あさ美の胸をよぎる。
 緊張を忘れて散歩していたつもりが、結局、中庭の観察をしている。良くも悪くも真面
目な彼女らしい、といえばそれまでだが。
 まるで隠されているような、計算され尽くした中庭の配置。
 そんな暗い予感が、あさ美の思考を支配する。
 やがて、水音が耳に届く。
 中庭の中央にある噴水。それの音。

「わぁ……」
 それは、あさ美の思考を中断させるのに、充分すぎる光景。
 夕日に照らされ、白い肌の天使像が、赤く染まっていた。
 まるで、もとからそうであったように、赤い天使が、そこに立っていた。
 きらきらと光る水も、夕日の赤を掬い上げ、天使を称えている。
 あさ美は幻想的な中庭の光景の中でも、とびっきりのファンタジーに、しばし、考える
ことを忘れて、感動していた。
 導かれるように、誘われるように、天使像に近づいた。
 噴水脇のベンチに腰を下ろす。
219名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 02:55 ID:2eMx2Xht

(ん?)
 あさ美の感動は、ベンチに下ろしたお尻の違和感によって遮られた。
 立ち上がり、ベンチを確認すると、そこにあった物を手に取った。

「飯田さん」
 とっさに、手にしたそれを握った手の中に隠し、弾かれたように声の主に顔を向けた。
 そこに立っていたのは、クサナギだった。
 彼の着ている白衣まで、赤く染まっているのには、感動を通り越えて笑えてしまう。

「そろそろ、病室に戻る時間ですよ」
 優しい声で、クサナギは促す。
「はい」
 できるだけ感情を含めずに、答えた。

 あさ美が自分の前まで歩いてくるのを待って、クサナギは歩き出した。
 2、3歩先を行くクサナギの背中に向かって、あさ美は、
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんです?」
 立ち止まり、回れ右をしてあさ美に向き直ったクサナギが、不思議そうな表情を浮かべ
る。
220名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 03:00 ID:2eMx2Xht

「あの、他に患者さんはいないんですか?」
「ああ、そのことですか」
 当然のような顔をして、クサナギが答える。

「ここは特別病棟なんです。政治家や、大企業の幹部、それから、騒がれたくない芸能人
の方の為の病棟なんですが、今はあなただけしかいないので、他の患者さんに会わないの
は当然です」
「そうなんですか、他に誰も……」

 その言葉を、あさ美は頭の中でよく吟味する必要があった。

「さ、そろそろ、冷えてきますから。病室に戻りましょう」
「あ、はい」

 クサナギに促され、あさ美は歩みを進める。
 しかし、頭の中は彼の言葉の意味を考えるのでいっぱいだった。
 自分の他には、患者はいない。
 では、あさ美の手に握られている、これはなんなのだろう。
 それは、彼女自身よく見るものだった。
 クサナギに見えないように、そっと手を開く。
 それは、ひとつのボタン。
 あさ美が着ている、病院から与えられた簡素な入院着のボタンと、同じ物だった──
221名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/11 03:01 ID:2eMx2Xht

( ^▽^)「今回は紺野が大活躍だね」
 (0^〜^)「今回はうちらの出番なしだね」
( ^▽^)「なんか、探偵物っぽくってわくわくしない?」
 (0^〜^)「なんか、最終回まで森でさまよってそうでハラハラしない?」
(;^▽^)「もう! なんでそうやってチャチャいれるの!?」
(;0^〜^)「放置されてるのに、なんでそうやってはしゃいでいられるの?」
 ∬´◇`)(二人の放置され方なんて、まだまだだよね)
(;・e・)(私なんて、名前だけしか出てない……)

      次回『焼け野が原』