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203名無し33 ◆TU/JllqeAU

      第7回 『晴れすぎた空』

      
204名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:49 ID:/srIiZe9

 朝の日差しが、天使像の白い肌を輝かせ、真里は目を細める。
 まるで本物の天使のように、それは光を反射していた。
 噴水脇に設置されたベンチに腰を下ろし、光る天使を見つめる。
 どこからか小鳥のさえずりが流れてくる。
 都会の喧騒の中では決して味わえなかった安らぎと穏やかさが、呼吸するたびに肺に染
み渡り、体に溶け込んでいく。それを実感できる。
 それを思えば、ここでの生活も、そう悪くない。
 かさり、と草を踏む音で、真里は思考を中断させた。
 音のしたほうへ顔を向けると、

「ムロイ先生……」
 愛嬌のある笑顔で、ムロイがそこに立っていた。
「なぁ〜んだ、驚かそうと思ったのに、見つかっちゃった。鋭いね、真里ちゃん」

 子供みたいな、いたずらっぽい笑みを唇に乗せ、ムロイはベンチに座った。
 ここ数日、二人はずいぶんと親しくなっていた。
 カウンセリング以外でも顔を合わせ、他愛もない話をするうち、ムロイは真里のことを
名前で(ちゃん付けで)呼ぶようになった。
205名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:51 ID:/srIiZe9
「先生、ひとつ、聞いていいですか?」
「なに?」
「オイラ、ここに来てまだ他の患者さんにあったことないんですけど……」
「ああ、そのこと」
 天使像にまぶしげな目を向けながら、ムロイは笑う。

「ここはね、特別病棟なのよ」
「特別、病棟?」
 鸚鵡返しに真里が呟くと、ムロイは頷き、
「あなたのような有名人が、他の患者さんと一緒だと、いろいろと、ね、騒がれるでしょ
う? だから、一般の患者さんとは違う病棟にしてあるの。今は他に特別な患者さんがい
ないから、この病棟はあなたの貸切ね」

 できそこないのウィンクをしながら、ムロイが微笑む。
 見る人間を落ち着かせるような、安心感を与える笑顔だ。
 そういえば、
(そういえば、なっちの笑顔もこんな感じだったかなぁ)
 なつみの、この体の本来の持ち主のことを思い、真里の表情が翳る。
 体から力が抜け、俯く。
「どうした?」
 その表情に気づいたムロイが、気遣わしげに、真里に囁く。

206名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:52 ID:/srIiZe9

「先生……」
「ん?」
「オイラ……退院できるのかな?」
 空気が、止まる感覚がした。
 ムロイの顔から、それまであった優しげな笑みも、気遣わしげな笑顔も抜け落ちた。
 そこには、暗い影が寄生していた。
 責め苦を負う罪人の顔。俯く真里に、その表情は見えていない。
 ムロイの手が真里の肩に伸びる。しかし、置かれる寸前、何かに怯えるように引っ込め
られ、拳を作ってひざの上に置かれた。きつく結ばれた拳は、痛々しい。
 それから決意したように顔を引き締め、深刻さを感じさせないように気をつけながら、
「正直に言えば、難しいでしょうね。あなたの場合、矢口さんとしても、安倍さんとして
も、今まで通りの日常生活を送ることは……」

 それが、いつか、告げられるであろうことは、分かっていた。
 けれど、実際にそれを聞いた、今の衝撃は、想像していた以上。
 工事現場で使われる掘削機を直接脳に突っ込まれたような、重い上に激しい振動が、頭
蓋骨の内側に響いている。
 それでも、
 それでも真里は薄く笑う。
 余裕があったわけじゃあない。
 押しつぶされた感情が、出口を探している。それが、笑みという形で漏れ出しただけ。
207名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:53 ID:/srIiZe9

「そうですよね。どっちの家に帰ったらいいのか分からないし」
 冗談とも、本気とも取れないように、でもできるだけ冗談にして、空気を解きほぐそう
と、笑い混じりに真里は言う。しかしその笑いは、ずいぶんと湿度が高かったが。
 湿っぽい冗談を聞いたムロイは、悲しげに眉を寄せる。
 罪状を読み上げられる被告人。
 彼女は間違いなく、罪を負っている。
 しかも、真里に対して、深い罪悪感を感じている。
 そして、それでも、罪を犯しつづけねばならない苦悩に、心を傷つけている。

「やっぱり、オイラはいない方がいいのかな。そうすれば、なっちは自分の家に帰れるし
……あ、でも、おマメもいるから、そう簡単じゃないか」
 はは、と乾いた音が、真里の口から漏れた。それは声にすらなっていない。
 ムロイの拳が、解けた。
 ゆっくりと持ち上げられ、真里の肩を、力強く、掴む。
 はっと、顔を挙げる真里。
 その目には、強い意志の光を宿した、ムロイの顔が映った。

「それは、自殺するってことと同じだよ」
 ムロイの鋭い意志が、真里の目から入って視神経を通り、脳髄を射抜いた頃には、ムロ
イは次の言葉を紡いでいた。
208名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:53 ID:/srIiZe9

「あなたはね、安倍さんが救われたいと思って生み出された存在なの。だから、あなたは
あなた自身を救わないといけないわ! だって、それが安倍さんが救われるってことだも
の」
 ムロイの目に浮かんだ光は、天使像がそうするように、朝の日差しを反射してキラキラ
していた。
 真里はそれをぼんやりと見て、我知らず囁いた。

「オイラが、オイラを救う……?」
 ムロイはわざとらしいほど大きく頷く。
「そうよ! そのために、そうなるための答えを探しましょう! どうすればあなたが、
安倍さんが救われるのか、考えましょう!」
 力強いその声は、贖罪を求めているようにも聞こえる。
 しかし、脳内をムロイの意志が駆け巡っている真里には、その響きに気づくことなく、
ただ、感情だけが加速されてゆく。
 心臓がつかまれたように苦しい。
 呼吸が、乱れる。
 表情が、崩れていく。
 瞳から、涙が、零れ落ちた。
 頬を濡らす涙が、どこか心地よく感じられ、真里はそれを拭おうともせず、泣いた。
 何かが、弾けたように、泣き続けた。
209名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 03:59 ID:/srIiZe9

 ようやく泣き止んだ真里の肩を抱いて、ムロイは病室まで付き添った。
 真里の部屋は当然個室で、高級そうなベッドが部屋の中央に置かれている。
 そのベッドの端に座り、真里は薄く笑う。ムロイはそれに笑顔を返す。
 そんな言葉のないやり取りだけでも、真里の心は安らぐ。
 しかし、ふっとムロイの表情が変わった。
 なんともいえない奇妙な表情で、真里の胸の辺りを、じぃっと見ているのだ。
 その視線を追って、自分の胸を見る。

「真里ちゃん、ボタン取れてるよ」
「ほんとだ……」
 たしかに、入院着のボタンがひとつ、なくなっていた。外れているのかと思って触って
みたが、どうやら本当に取れているらしい。

「いつの間に取れたんだろ?」
 病院から借りているものなので、少し、罪悪感が沸く。
「あとでウエハラさんに言っとくわ。新しいボタンを持ってきてくれるでしょ。うちの病
院のやつだから、替えはいくらでもあるから」

(替えのボタンだけ持ってこられても、オイラ、お裁縫苦手なんだけど……)
 なんていう心の独白を聞き取ったように、
「ああ、大丈夫よ。ウエハラさん、裁縫得意だから」
 ムロイは笑って言う。
 真里としては、
「あ、そうですか」

 なんて照れ笑いするしかなかった。
 この時の真里は、自分が消えるかもしれないという事、周囲から拒絶されるかもしれな
いという事、そんないろんな事を考えなかった。考えられなかった。
 たぶん、こんな生活もありだ。
 おそらく待っているであろう、外での生活に比べれば。
210名無し33 ◆TU/JllqeAU :03/03/08 04:00 ID:/srIiZe9

 (●´ー`)「なんか、前回の謎のシーンが一切、生かされてないね」
 (〜^◇^)「うん、オイラの社会復帰への第一歩、て感じだよね」
(;●´ー`)「え? でも、体はなっちでしょ?」
(;〜^◇^)「でも、心はオイラだよ?」
(;●´ー`)「演じてるのはなっちだべ?」
(;〜^◇^)「なっちはオイラを演じてるんだから、オイラの社会復帰じゃん」
 ∬;´◇`;)(私もどっちが主役かなんて事を言い争ってみたい……)
 川;o・-・)(まこっちゃん……このコーナーには結構出てる……)

       次回『ポロメリア』