第6回『水鏡』
「それじゃ、お大事に」
室内へ笑顔を向け、ムロイが退室した。
しかし、その表情は戸が閉まると同時に、強張る。
「どうでしたか?」
声をかけたのは、クサナギだった。ムロイだ退室してくるのを、病室の前で待っていた
らしい。
病室の住人は、彼の担当、イイダカオリだ。
ムロイは彼女のカウンセリングを終えたところだった。
「それは……まだ、結論を出すには早い、としか言えないわ」
ムロイの表情は、硬く、クサナギは、自分の考えが正しかったとしか思えない。
「ともかく、今日の会議で報告します。はっきりとした結果が出るまでは、進めない方が
いいわ……」
「……分かってます」
ムロイの意見に頷きはしたものの、クサナギは悔しげに目を伏せた。
そんな彼の肩を叩き、ムロイはその場を後にする。
その表情は、深く、重い影がかかっているようだった。
それはまさに、死刑宣告を受けた罪人のものだった。
薄暗く、静かな部屋で、それは行われている。
そこに集まっている人間は、5人。
全員が清潔そうな白衣姿だ。
一人目は、アベナツミの担当、タナベ。
「以上が、アベナツミの経過報告です。予想よりやや早く、ニイガキリサが現れています
が、表層に出現したのは一度だけでした。依然、ヤグチマリが表層人格として、安定して
います」
書類を読み上げつつ、タナベは満足げに微笑んだ。
満足げに微笑んだのは彼だけではなく、指を絡ませて車椅子の背もたれに見を預けてい
る二人目、フクヤマもまた、同じ表情だった。
そして、いつも通りの他人を蔑んだような笑みで、
「クサナギ君、イイダカオリの方に問題が発生したと聞いているけど?」
三人目は、イイダカオリの担当、クサナギだった。
フクヤマに名を呼ばれると、一瞬、顔をこわばらせ、
「はい……予定では、オガワマコト、或いはコンノアサミが表層人格として安定するはず
が……」
「彼女はイイダカオリと名乗りました」
クサナギの言葉を奪ったのは、アベナツミ、イイダカオリのカウンセリングを担当
するムロイだった。
「と、いうことは、イイダカオリの方は失敗、ですか?」
フクヤマはムロイの報告に、眉を寄せる。
純粋に、失敗を憂いているようにも、報告を信用してないようにも取れる。
それにたいして、ムロイは、
「まだ、結論を出すのは早いと思います」
「と、いうと?」
ムロイの言葉に反応したのは、五人目の人物。
薄暗い部屋の中で、さらに暗い部分にいるその男は、他の四人の注目が集まると、照れ
ているのか、曖昧な笑みを浮かべる。
どこか爬虫類めいた印象を受ける。
ムロイはその表情に気圧されたように、一瞬、言葉に詰まる。
それから呼吸を整え、
「カウンセリングの結果、思考パターン、人格構造、記憶構成など、データは飯田さんで
あるという結果が出ています」
そこまで一息で言うと、ムロイは机に広げていた書類を閉じた。
それを見て、タナベは不思議そうに、言う。
「じゃあ、答えは出てるでしょう?」
ムロイの報告を聞く限り、それ以上、何を疑うべき点があるというのか、タナベには分
からなかった。
フクヤマにしても、結論はすでに出ている、といった表情だ。
「……ムロイ君の言いたいことは、つまりこういうことかな?」
口を開いたのは、五人目だ。
耳に心地よいバリトンが、部屋に響いた。
「何者かが、イイダカオリを演じている、と」
彼の言葉に、フクヤマとタナベは、ムロイに顔を向ける。
二人の表情は、驚愕に固まっていた。
それを聞いても、クサナギの表情は変わらない。いや、変わってないように見えただけ
で、心中は激しく動揺し、言葉も出ない、といったところだ。
「しかし、だとしたら、何の為に?」
タナベは硬い表情のまま、タナベが呟いた。
特に誰かに答えを求めているようではなかったが、ムロイは、重苦しい表情で、それに
答えた。
「可能性があるとしたら……この計画に気づいたから」
瞬間、空気が、止まった。
まるで、時間までも止まったかのような静寂。
しかし、それも一瞬のことで、
「ばかな! そんなことはあり得ない!」
フクヤマの声が、静寂を破る。
「だいたい、どうやってこの計画を知るというんだ? 記憶の処理は完璧だ。誰かが教え
ない限り、知りようがない!」
タナベも頷く。
それにはクサナギも同意見で、
「もちろん、僕はそんなこと教えてませんし、それに、目覚めてすぐにイイダカオリを名
乗ったんですよ? 誰かに聞くなんてこと、できるはずがない」
「それに、データは全てイイダカオリであると示しているんでしょう!?」
と、タナベがクサナギの言葉に続く。
「……ひとつだけ、彼女が飯田さんではない、という結果が出ているものがあります」
ムロイの言葉は、熱を持つ周囲に反して、冷静だった。
過ぎるほどに、冷たく、静かな声で、有無を言わせぬ鋭い目つきで、
「感情輪郭に、若干のズレがあります」
「しかし、若干では……」
あくまで否定しようというフクヤマの声を遮って、ムロイはさらに続けた。
「この結果は、飯田さんよりも、紺野さんのに近いものです」
空気が、再び硬質化する。
重苦しい空気を肺に吸い込んだ白衣の男たちが、表情を硬くする。
そんななか、ただ一人、笑みを絶やさぬ人間がいた。
「教授(プロフェッサー)・カガ、あなたのお考えは?」
笑みを絶やさぬ人間、カガと呼ばれた男は、そのままの表情で、ムロイの言葉を興味深
げに聞いていた。
ムロイに名を呼ばれ、カガはやはり笑顔のままで、立ち上がる。
「ムロイ君の考えが正しいのだとしたら、我々の計画は、次の段階に進むことが出来るか
もしれない、ですねぇ」
「では……」
どこか不安げな表情で、クサナギが呟いた。
「彼女から、目を離さぬように」
カガはそう言って、ドアへと向かう。
それを目で追う白衣の面々。
ドアの前で立ち止まり、カガはまるで祈りの言葉でも捧げるように、言葉を紡ぐ。
「我々は人類史上、最も神に近い場所にいるかもしれない」
(〜^◇^)「今回、メンバーの出番、一切なかったね」
川`〜`)「うん、そだね。でも、物語の核心っぽいじゃん?」
(〜^◇^)「核心ってゆうか……おおかた話しちゃったんじゃない?」
川`〜`)「分かってるのはうちらだけだって」
(;〜^◇^)「作者は?」
川`〜`)「書きながら考えるって」
(;〜^◇^)「ダメじゃん! そんなのダメダメじゃん!」
∬;´◇`)(;・e・)(そんなので、うちらの出番はあるのかな……」
次回『晴れすぎた空』