「飯田さんは、眠ったままですか?」
愛は小川を下ろしながら、圭に問うた。
ベッドは圭織が占領しているので、部屋の隅にあるソファに寝かせている。
「ん〜、さっき一回起きてなんかやってたみたいだけど、やっぱり圭織じゃないとダメだ
からね」
ドアを閉めた圭が、愛の問いに答えた。
愛はソファの、麻琴のそばに腰を下ろして、ふう、と溜息をつく。落胆の溜息。
「でも、いい知らせもあるのよ」
「なんですか?」
圭の微笑みに、期待で顔が綻ぶ。
「紺野が見付かったの」
「ほんとですか!?」
「うん。ただし、あっち側、だけどね」
圭はそう言って、困ったような表情で腕を組み、顎をしゃくる。
その先に目をやる愛。
愛が入ってきたドアと向かい合うように、それがまるで当然だと主張しているような雰
囲気さえ感じさせる、木製のドア。
青い部屋に、対になるように、向かい合うドアの片割れ。
圭はその先を指している。それが何を意味するものか、愛は理解できているつもりだ。
「事情は圭織が説明しておいたらしいから、あっち側のことは、当分、紺野に任せるしか
ないね」
「大丈夫やろか、あさ美ちゃん……」
不安そうに呟く愛。
同期の中では、一番おっとりしていて、テンポも遅くって、ちょっと、いや、かなりズ
レてて……そんな紺野に任せて大丈夫だろうか、という不安と、彼女自身の事を心配して
の思いが込められている。
そんな愛に、
「ぼーっとして見えても、頭のいい子だから、何とかしてくれるでしょ」
圭は励ますように、声をかけた。それは、愛のためだけでなく、自分に言い聞かすため
でもあったのだが。
圭の言葉を聞いても、愛はまるで、その向こう側を見るような目で、ドアを見つめたま
まだった。
「私たちは、待ってるしかないんですね」
「……そうね。信じて、待つしかないのね」
できることなら、今すぐ変わってやりたい。
圭の声にはそんな意思が感じられる。
何も出来ない自分に対しての憤り。
それは、暴風雨のように、圭の心の中を荒れ狂う。
それでも圭は、部屋の中で待つしかなかった。
ここにいることが、自分の役目と信じて。
思いつめるような圭には、愛の小さな呟きは耳に入らなかったようだった。
「あさ美ちゃん、安倍さんたちを見つけられるかな……」
「今、先生を呼びますね」
それが、目覚めた彼女が初めて聞いた声だった。
白衣を着込んだ女性看護師。少し前なら看護婦と呼んでいたはすだ。
看護師が出て行くと、彼女は体を起こし、室内を見回した。
清潔感はあるけれど、無個性な部屋。
看護師がいた事を考えれば、ここが病室であることは容易に想像がつく。
室内の確認が済んだら、今度は体をぺたぺた触りだす。
顔の形、髪の長さ、胸を大きさ、腕の太さ、腰の細さ、脚の長さ。
やがて、小さく溜息をついて、ベッドに倒れこむ。
見知らぬ天井は、限りなく無個性、無機質で、彼女の不安を掻き立てている。
「目が醒めたようですね」
ボーっとしていたせいか、気がついたらベッドの脇に白衣の男性が立っていた。その後
ろにさきほどの看護師が立っている。
白衣のボタンをきっちりと留めた彼は、どこか作り物めいた印象を受ける顔を、どうや
ら笑顔に崩しているらしい。表情が読みにくい顔だ、というのが、彼に対する彼女の第一
印象だった。
白衣の胸につけられた名札には『クサナギ』と書いてある。
クサナギは彼女の手首を取り、脈を計りながら、
「自分の生年月日と名前を言えますか?」
と、尋ねてくる。
彼女はその作り物めいた表情を見たまま、
「1981年8月8日生まれ。飯田圭織です」
と、答える。
その答えに、クサナギの表情が、一瞬、こわばるのを感じ取る。
彼女の顔を奇妙な目でちらりと見、しかし、表情をすぐに笑顔に戻し、
「脈も安定してますし、大丈夫でしょう。一応、検査結果が出るまで、入院していただく
ことになりますけど」
「みんなは、どうしたんですか? 私たち、事故にあった、と思うんですけど……」
クサナギは看護師と顔を見合わせ、
「別の病院に運ばれました」
やはり、作り物のような笑顔で答えた。
「そうですか……」
「今日はゆっくり休んでください。一日も早く快復して、皆さんに会いに行きましょう」
その声はあくまでも優しく、計算されたように、優しい声だった。
彼女はその声に答えず、目を閉じる。
その彼女を、自分の言葉を素直に聞き入れたと判断したクサナギは、看護師とともに、
部屋を後にした。
二人分の足音が部屋を出たのを確認すると、彼女は目をあける。
その目には、鋭い光が宿っている。
決意。
その光に名をつけるなら、それが最も相応しい。
「安倍さんを、捜さないと……」
彼女の呟きは、世界から切り離された部屋の中で、確かに存在の主張していた。
強い感情がこめられたその声は、彼女自身の心にも響く。
彼女、紺野あさ美の心にも。
川`〜`) 「・・・・・・」
川o・-・) 「・・・・・・」
川゜皿゜) 「・・・・・・」
川o・∀・) 「・・・・・・」
川゜〜゜) 「じゃ、まかせたよ、紺野」
川o・-・) 「はい。ちゃんと言われた通りに」
(;〜^◇^) 「オ、オチ! オチはどこ!?」
次回『水鏡』