第4回『雲路の果て』
視界を覆うほど鬱蒼と茂る木々。
葉の間を縫って射す光。
どうやら自分が森の中にいることだけはわかる。
けれど……
(どうなってんの……?)
彼女、吉澤ひとみは、自分の置かれている状況を全くの見込めなかった。
茫然自失。
あまりにもおかしな風景は、彼女から思考力を奪い取る。
前後の記憶が全くない。
周囲を見回しても、あるのは視界を邪魔するようにそびえる木々ばかりだ。
「なんなの……?」
呟いてみても、返ってくる答えはない。
聞こえるのは自分の声と、不安で荒くなった呼吸だけ。
耳鳴りがするほどの静寂が、森の中に満ちている。
……
いや、何か聞こえた。
耳を澄ましてみる。
……ぁ……のぉ……
確かに聞こえた。
人の声、しかも、聞き覚えがある人物の声。
普段は耳障りにさえ思うこともある、少し高すぎる感のある声。
その人物は──
「梨華ちゃんっ!?」
ひとみは彼女の名を力いっぱい叫んだ。
……よっすぃーっ……
応えた!
間違いない。
同じモーニング娘。のメンバー、石川梨華だ。
「梨華ちゃん、どこーっ!?」
……よっすぃーこそ、どこ……
声のした方に足を向ける。
よく考えれば、目印もない場所でどこにいるのか聞いたところで無意味なこと。
声のした方に、したと思う方に歩いていくしかない。
それで間違っていたら、なんてこと、この時のひとみは全く考えていなかった。考える余裕がなかったというのが、正確なところだが。
「梨華ちゃ〜ん!」
声を上げる。
返事を待つ。
……よっすぃー!
さっきより近くなった気がする。近くなっている。
「梨華ちゃ〜んっ!」
もう一度、彼女の名を呼ぶ。
向こうが見つけてくれるかもしれない。
「……よっすぃー……」
さっきよりも、はっきりと聞き取れた。
かなり近いはず。
もう一度、声を出そうとして、空気を肺に吸い込む。
「梨……」
「よっすぃー!」
「……華、はぁっ!?」
背中に衝突してくる柔らかな物体。
肺に溜め込んだ空気が一気に吐き出される。
完全な不意打ち。その衝撃に耐え切れず、前のめりに倒れる。
「いったぁ……」
「よっすぃー!」
倒れてもなお、抱きついているのは、捜し求めていた人だった。
だが、ようやく出会えたことに喜ぶよりも、
「梨華ちゃん……痛いし重い」
不満の方が先に出て、喜びなんてものは奥に引っ込んでしまった。
「だってだってぇ……」
「だってじゃなくって、とにかくどいて!」
甘えた声でまとまりつく梨華を、払いのけるようにして立ち上がる。
渋々、といった感じで、梨華は体を離す。
心細かったのはひとみも同じだが、だからと言って背中にタックルを食らわすのは
どうかと思う。
「よっすぃー、ごめんね……」
「……うん、いいよ」
背中はまだ、痛いけれど。
ともかく、知らない場所で、知っている顔を見られるというのは、心強いものだ。
「ここ、どこ……?」
梨華が問い掛ける。彼女も、どうして自分がここにいるのか、わかっていない様子だ。
これでは、事態の解決には至らない。
「あたしだってわかんないよ」
力なく、答える。
「どうしよう……」
「……」
ひとみは、梨華の問いに対する答えなんて持っていなかった。
どうしていいか分からない。どうするのがいいのか、わからない。
一人でなくなっただけまし、とも考えられるが、梨華の表情を見ていると、不安が2倍
になった、とも感じられてしまう。
見上げても見回しても、見えるのは木と木漏れ日。
どこへ向かうべきなのか分からない。
いったんは立ち上がったひとみだが、すぐにまた腰をおろす。下は土だけど、そんなこ
と気にならなかった。
立っていることさえ不安だった。
そんなひとみに、梨華が不安そうな顔を向ける。
その表情と同じく、不安を訴えようと開かれた梨華の口はしかし、別の言葉を出すこと
になる。
(……)
「今、何か聞こえなかった?」
「え?」
梨華が不思議そうな顔であたりをうかがう。
それに倣ってひとみも耳を澄ます。
(……)
「ほんとだ……声、だよね?」
ひとみの言葉に、頷く梨華。
たしかに、誰かの声が聞こえた。
誰か、いや、この声は聞き覚えがある。
よく知っている、あの人の声。
「飯田さん、だよね……?」
梨華がその名を口にする。
「うん、そうだった」
モーニング娘。のリーダー、飯田圭織。彼女の声だった。少なくとも、二人にはそう聞
こえた。
「こっちだって……」
「うん、言ってた」
一瞬しか聞こえなかった声。
ぼんやりとしか聞こえなかったが、二人にはその意思がはっきりと感じ取れた。
「行こう、梨華ちゃん」
「うん!」
立ち上がり、梨華の手を取るひとみ。
さっきまでの不安は、嘘のように消えてなくなっている。
それを不思議と感じることもなく、二人は歩き出す。
それが森の奥か外かは分からないけれど、進む方向には確信を抱いていた。
リーダーの言葉だから。
おそらくはそれだけではないのだが、二人がそれを気に留める様子はない。
はあはあと荒い息を吐きながら、愛は森の中を歩いていた。
「まるっきし、世話の焼けるんだからの」
思わず故郷の言葉が出た彼女のその背には、同期の小川麻琴が眠っている。気を失って
いる、という表現がより正確だ。
いかに小川がスレンダーな体型とは言え、同年代の女の子一人を背負って、しかも足場
の悪い森の中を歩くのは、運動に慣れている愛でもかなりの重労働だ。
けれど、それももうすぐ終わる。
愛の向かう先に、ドアが立っていた。
森の中に、突然立っているドア。
お伽話に出てくるように、大木にドアがついているわけじゃあなく、ドアだけがそこに
ある。
愛はドアの前で麻琴を背負い直し、ドアに向かって、
「保田さぁん! 戻りました〜!」
声をかける。
しばらくすると、ドアが中から開いた。
それに応え、中から出てきたのは、モーニング娘。サブリーダー、保田圭だった。
「おかえり。あ、小川が見付かったんだ」
「はい。寝とるけど」
「そっか。ま、とにかく入んな」
圭はドアを抑えながら愛を促す。ども、と礼を言って中に入る愛。
森の中にはドアしかないのだが、しかし、ドアの向こう側は森ではなく、青い部屋だっ
た。青空の青で塗られた部屋。
部屋の中央には、ベッドが置かれている。
そこには──
規則正しく胸を上下させている、飯田圭織が、眠っていた。
( `.∀´) 「あんたの福井訛りはあってんの?」
川’ー’川 「福井弁のサイトで調べたらしいです」
( `.∀´) 「方言は書けてもアクセントが表現できないのが辛いとこよね」
川’ー’川 「でも、訛りは抜けとるよ」
(;`.∀´) 「いいわね、そういうキャラが出来てて」
∬;´◇`;∬ 「セリフ、ヒトコトモナカッタヨ・・・・・・」
(;`.∀´)川;’ー’川「・・・・・・」
次回『樹海の糸』